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現代:騎士の選択の正否

「ネグル殿が何故ザラ殿を否定したのか。 その理由は解りました」


 ネグルの席に水が運ばれる。

 その水に口を付け、喉を潤す様を見ながらハヌマーンは胸に湧く言葉をそのまま吐き出す。

 理由そのものは解った。実際にハヌマーンも世界の残酷さは理解しているし、弱者が淘汰されるだけの現状を良いとは思えない。

 弱者だからこそ出来ることもある。戦いだけで世の中を回せないことは執務をしていれば嫌でも解るものだ。

 それでも、最終的に全てを決めるのは力となってしまう。純粋な力でも、国力でも、強ければ我を通すことは可能だ。それが是となっているのがこの世界の道理で、外獣が居る限り純粋な力は求められる。

 技術水準を高めることは出来るだろう。利便性を高めることも出来るだろう。人間は進歩する生物なのだから、その進歩が止まり続けているのは有り得ない。

 歴史が進めば、手紙のやり取りがより速くなるだろう。外獣を効率良く倒す手段も手に出来るだろう。

 出来ないなどとは思わない。信じ続ける限り、夢は何時か形になるとハヌマーンは信じているのだから。――だから、力だけで全てが決まるような現状も何時かは覆ると信じている。


「その上で言うのであれば、あまりにも貴殿の考え方は振り切っている」


「ほう。 是非にその理由をお聞きしたいですな」


 王子の断言に僅かにネグルは剣気を視線に込める。

 喉元に刃を向けられたような感覚をハヌマーンは抱くも、そこで引いてしまうようではギルドの決まりを変えることは出来ない。彼もまた覇気と呼ばれているようなものを出して威圧し、二つの気は間で激突する。

 

「百戦錬磨、常勝無敗。 そのような英雄が多く居れば確かに我々は安泰でしょう。 外獣の脅威に怯えずに居られるなど、幸福以外のなにものでもありません」


 例えば英雄が百人居たとする。

 その百人が国中に広がって外獣を滅ぼせば、街だけでなく辺鄙な場所にある村々も安心出来る。人は彼等を讃え、何時までも守ってほしいと期待する筈だ。

 称賛される英雄達も悪い気持ちにはなるまい。根っからの悪人でもない限り、彼等は己に出来る範囲で守るべき場所を守り通してくれる。

 その渦中で恋人が出来ることもあるだろうし、更に進んで夫婦となっても不思議ではない。

 英雄の子供達が総じて能力の高い人間になる訳ではないが、確率の話であれば凡人同士の家庭よりも強くはなれる。――――では、あまりにも英雄の子供が増えれば何が起こるのか。

 争いとは外獣同士だけではない。貴族同士でも争いは起きるもので、大きくなれば国同士でも争いは起きる。結局争いは避けられないもので、故に成長した英雄の子供が戦場に出ることも十分に有り得た。


「ですが、そのような人物ばかりが国内に溢れれば何が起きると思いますか? ……答えは単純に、差別主義が横行するだけです」


 子供達が目覚しい活躍をすればする程に強者だけに特権が与えられる。

 財が、土地が、地位が、好きなように手に出来てしまう。本来ならばその席に座っていた人物が排除され、ただの貴族は英雄の系譜に塗り替えられる。

 全てとはいかないまでも、民は己の味方をしてくれる者を支持するのだ。それが貴族から英雄に変われば、貴族の必要性が問われることとなる。貴族達は自然と英雄達と婚姻を結ぶか、別の方法で繋がりを作る道を模索させられるのだ。

 最終的に待ち受けているのは、英雄の子孫であることが絶対条件とされる差別主義の世界である。

 力だけを至高と思う人間の末路だ。それは絶対に叶ってはいけないもので、一度なれば止めるのも難しくなる。ただの差別主義であれば覆せる方法はあるものの、力を第一とした所為で中々簡単には変わらない。

 

「差別が進めば暴力が世界を支配するでしょう。 それ即ち、強者のみが生を掴める過酷な環境だ。 とてもではないが並の人間が生き残ることは出来ません」


「致し方ないでしょう。 何かしら強くなければ生きていくのは難しいものです。 道半ばで倒れる者は、所詮はその程度の力しか持ち得ていなかったのでしょう。 ザラもその点は一緒です。 彼も恐らく途中で死ぬと私は思っています」


「それは私を煽っているのか?」


「まさかでしょう。 私はただ現実を伝えているだけで御座います」


 ザラが道半ばで死ぬ。

 その言葉で一瞬だけハヌマーンの視界は真紅に染め上げられた。直ぐに理性が働いたことで元に戻ったものの、一度剥き出しとなった殺意を下げることは難しい。

 この二人の道が交わることは無い。どちらも妥協せず、どちらも己の道が正しいと信じているのだから。

 正しいことを言っていても、ネグルの言葉の根底にあるのは強さを求めることだ。ハヌマーンが今後生きていく為にも、早々に過去の弱者を忘れて研鑽を重ねろと暗に言っている訳である。

 それはハヌマーン自身も理解していて、故に余計に怒りが募った。この人物はどれだけ家が追い込まれたとしても己の考えを変えず、最後までその思考のまま死んでいく。

 明瞭な確信を抱いたことで、ハヌマーンにとってこの時間が如何に無駄なものであるかが解った。

 これ以上話をしても何も変わらない。譲り合いの精神が双方に存在しないのだから、話をしているよりも別の案件に手を伸ばしていた方がよっぽど有意義である。

 

「……どうやら、貴殿と私の意見が一致することは無いようだ」


「然様ですな。 ですが、これが私です。 そして妻もまた、私の意見には賛成でございます」


「――お前達のような人間の元で育てられれば誰であっても憎しみを抱く。 あの兄妹がザラ殿に殊更に拘るのも納得だ。 私は今更になって、本当に潰さねばならない者を理解したよ」


 ザラ達が過去に行ったことをハヌマーンは寧ろ僥倖だと考えた。

 この親達が干渉してくるようであれば、三人の生活は安泰にならない。何度も何度も不必要な問答を繰り広げ、その度に無駄な衝突を行うだけだ。

 この手の輩に付ける薬はありはしない。不治の病を持ってしまったが故に、このままネグル達は腐敗する。

 それがどのような腐敗であるかは解らない。王族に刃を向けるか、ただ発狂して己の信ずる道を進むのか。前者であればハヌマーンは彼を殺さねばならないが、彼の実力は噂だけでも随分と高い。

 下手に兵を差し向けたとして、兵達が無残な死体となるだけだ。それでは目的を果たすことが出来ずに騒ぎが大きくなる。

 

「ナルセ家はお前達の代で終わりにする。 例え新たに子供が生まれたとしても、その者をナルセの人間とは認めない。 これは王子としての判断だ」


「……では私も一つ言いましょう」


 王子としてのハヌマーンの判断に、ネグルは一度頷いてから冷静なまま言葉を漏らす。


「一週間後に、私と妻は貴族としての地位を捨てます。 王には既に御報告を済ませておりますので、どうか何時までも我等のことは忘れてくだされ」


 それは、彼自身が全てを捨てる報告だった。

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