最終章:慈悲を乞う者、慈悲を奪う者
王城前は多くの人間が集まっていた。
今日この日だけは首都の復興作業は止まり、他がしていないからと店の営業を一時的に停止している者も居る。
王城前には噴水のある広場があるのだが、今は噴水から水は流れていない。広場自体も破損が多く見られ、完全に修復されるまでは水が流れることもないだろう。
円形に囲んだ人の波の中には俺達も居る。顔や新しい服を外套で隠し、付き添いで来ていたノインや精鋭も別種の外套で身を隠していた。
王弟の方針により、正式に国中に俺達の存在は周知されている。そのお蔭で何処かで穏やかな生活をすることは不可能となったが、これからの予定を考えれば俺達について広く知れ渡っていた方が都合が良い。
ただ、それによって完全に英雄扱いだ。一早く外獣対策を施し、大侵攻から人々を守り、その大元である貴族達を打倒した。
英雄譚として吟遊詩人は街路で歌い、小説家は流行に乗る為に本を書く。その本はノイン達が知っている素材と一致していたようで、つまりはこの時点であの雷神降臨は作られていたことになる。
広場の中央。本来であれば簡素な来のベンチが置かれていた場所は、今では特製の高台が設置されている。
横幅の広い木製の台の上には襤褸の衣服を纏った男女が並び、その姿は正に死に掛けも同然。顔面は蒼白で、頬も痩せ落ち、腕や足も極端に肉が削げ落されていた。
死体が動いているかの如く。その様子に、しかし民衆が恐れ戦くことはない。
寧ろ逆だ。彼等は口々に台の上に居る人間に罵倒を吐き、更にはその辺に転がっている石を投げ付けていた。石は殆ど命中しなかったが、一部は顔に命中して乾燥した肌を切る。
「あれが王城に籠っていた王族と貴族達ですか。 ……何と言いますか、損な真似をしたものですね」
隣に居るノインの声は平坦だ。別段興味らしい興味も無く、ただ淡々と結論を口にしただけに過ぎない。
それは俺も一緒だ。今回彼等が此処に居るのは、単純に民の怒りを収める為の見せしめである。己の欲を満たすことだけを優先し、いざ危機が迫れば自分達だけが助かろうとした。
そんな王族がのうのうと日々を過ごせる訳がない。故に、王弟の手によって全員が捕縛されて報いを受けることとなった。
俺がこの場に居るのは、歴史的出来事を目に収めておこうと思っただけである。
あの中で話した者は王と王妃だけであるが、両方共常識的判断を下せない精神異常者だった。王としての器があるか以前に人としての道理すらも捨てた彼等は、だからこそ自由に振る舞っても罪悪感を覚えることはない。
或いは、数々の行為は一種の現実逃避だったのかもしれない。外獣に対する策が何一つとして思い付かず、だからこそ最後の瞬間まで贅に溺れる選択をしたのではないか。
結論は解らないが、それでも選択をしたのは事実。彼等は選んで、それでこの結末を引き寄せた。
「これより、重罪を犯した者達の刑を執行する!!」
数名の騎士が現れ、台の前に絞首台が置かれていく。
怒号響く中で騎士と代わるように王弟が姿を現し、人々に対して声を荒らげる。その言葉で民衆は静まり、新たな王を真剣な眼差しで見つめていた。
王弟は告げる。此度の顛末と、神の介入を。
神が現れたからこそこの国は救われ、今も世を治めることを許されている。そうでなければこの国は外獣によって荒らされ、国としての形を保てなかったかもしれない。
実状は異なるとはいえ、民衆の危機感を煽れればそれで十分。彼等の敵意が余計に高まるのを感じつつ、その段階で神の出現を詳しく伝えた。
ただし、実際に口にしたのは新たに現れた教会の人間だ。紺の神父服に身を包み、その生地の質は高い。
一般的な地位よりも遥かに高い地位に就いているのだろうと推測しつつ、初老の神父は少々過剰に神に対する感謝を捧げていた。
「兄様が評価されて私も嬉しい限りです。 もっと言ってくれても良いのですが」
「止めてくれ。 誇張表現は首を絞めるだけだぞ」
「もう遅いと思いますけど。 既に国内どころか他国にも私達の情報は流れているみたいですよ」
「ああ。 その所為で王弟殿から正式に最上位の勲章を貰うことになっている。 解っているとは思うが、二人も一緒だぞ」
「解っていますよ。 ……教会側も守護神としての地位を用意しているみたいですし、これからの生活もきっと大変ですね?」
「――いっそ貴族のままの方が良かったかもしれない」
王弟からは最上位の勲章――神話に出てくる騎士王が彫られた王剣騎士勲章を。
教会からは国家を守護する守護神の地位を。
共に手にする機会は俺達のような特殊な事例が無い限りは有り得ないだろうが、その所為で純粋な権力だけで言えば王にも並んでしまっている。
今後、俺達の動きの一つ一つに責任が伴うことになるのだ。その責任感は尋常なものではなく、胃を引き絞られる感覚はあまり心地良いものではない。
だが逆に、その権力を行使すれば俺が成したいことを成せるようになる。ノインとネル兄様も貰うことになるので、三人一組で大事の中枢を担うことも出来るのだ。
ナノも参加はしてくれるだろうし、特に社交等に関してはシャルル王女の方が詳しいだろう。彼女は女性ではなく男性としての社交を学んでいるので、その点は此方が学ぶことが出来る。
「罪人よ、前に!」
王弟の声に意識を現実に戻す。
足を止めている罪人達を背後で控えていた騎士が無理矢理前に出し、縄を首に巻き付ける。罪人達は総じて泣くか救済を乞うも、王弟は一切口を出すことはない。
やがて準備が整い、罪人達の恐怖を煽る為に順番に処刑は執行された。
罪人の中でも位が低い者の背を騎士が押し、それに合わせて一つ分の高台が外される。足場の無くなった身体はそのまま宙吊りとなり、全体重が首に襲い掛かった。
目を見開いて藻掻くも、縄の巻き付く力は強い。何度も何度も縄を引っ掻き、最後には顔を青白いものに変えて力を失った。
隣でその様を見た貴族は手が縛られた状態で身体を捻る。何とか逃げようとする様は哀れで、民衆には滑稽に見えていることだろう。
騎士が身体を抑え付け、先程よりも乱暴に押し出される。
やはり罪人は苦しみながらその命を一気に消していく。それが何度も何度も続き、最後に残されたのは王と王妃のみ。
沢山の怒りの眼差しと悲鳴を聞いた二人に明るい顔など出来る筈も無く、特に王妃に関しては滂沱の涙を流していた。
通常の処刑であれば、最後に罪人の言葉を聞くものだ。それが懺悔の言葉であれ、呪いの言葉であれ、家族に渡されるのだから。
しかし、王族である二人の家族は全員が見放した。
絶縁を告げ、関係など無いと告げ――王弟の味方に付くことを選んだ。それが打算的なものであるのは瞭然であるが、しかし二人にとっては関係無い。
最早味方の無い世で足掻いて何になる。
王は憎々し気に王弟を睨むも、その口から恨み節が出てくることはなかった。それは王なりの最後の抵抗だったのだろうが、それで王弟が怯むことはない。
王弟は静かに王を見つめ、そのまま手を挙げる。
騎士は合図と共に二人を一斉に押し出し、最後の処刑を執行した。晴れた日の下で行うには似合わぬ状況に強烈な違和感を覚えながらも俺はそれを見て――――不意に王妃と視線が合う。
彼女は必死になって手を伸ばし、俺に対して救いを求める。ノインも彼女が俺を見ているのに気づいたが、特に手を出すことはしなかった。
「悪いが、ここでお前は死ね」
俺の静かな言葉は彼女に届くことはない。
彼女は王が死んでも手を伸ばし続け、されど絶望の底に進んで最後には意識を喪失した。




