最終章:復興と断罪
「突然呼んで済まなかったな」
「いや、此方としても話したいことが多かった」
怪我の回復に使った体力の回復に一日を費やし、突然神住街に訪問した王弟アルバルトと顔を合わせた。
ナノ達からは難色を示されはしたものの、王弟の表情は真剣だ。ふざけた訪問ではないのは瞭然で、だからナノやシャルル王女が伴う形で現在は三対一の構図となっている。
王弟はナノとシャルル王女の顔を見るも、追い出す素振りは見せない。向こうからすれば俺を知っている人間というだけで特別に感じるであろうが、その点に今は触れるつもりはないのだろう。
話が始まる前に王弟は最初に頭を深く下げた。その意味は解っているし、遠慮をするのは彼に失礼なのでそのまま受け取る。
「君達の尽力によって此度の大侵攻は抑えられた。 最終的にベルモンド家が引き起こしたこの顛末は、既に避難していた人間を通じて国中に広まっている。 貴族達に対する批判は止まる気配を見せず、こうして神住街に向かうだけでも随分厳しい目を向けられたよ」
「ですが、それでも良い方でしょう?」
「勿論。 私が君達と接触している事実を知っている者は多い。 市井の人間ともなるべく話をする機会は設けていたからな。 一概に私を悪人とする者は殆ど居なかったさ。 ――だが、王族達はそうもいかない」
王弟の身体に殊更酷い汚れや怪我は無い。
今回の事態には貴族が関わり、主犯も貴族であると人々は認識している。本来であれば箝口令を敷くものだが、それをするだけの時間が貴族側には一切無かった。
王弟の話は続く。各領地で無法の限りを尽くしていた貴族は家族諸共に殺されているらしい。革命の流れが生まれ、何処かから武器を調達した平民達が一斉に反旗を翻した。
貴族側の被害は増すばかりで、されど王城に居る貴族達は一切彼等を助けない。それをしている理由は簡単なもので、今この瞬間に手足となって動いてくれる人間が居ないからだ。
最早誰一人として王城に引き篭もっていた者達が負け馬であることを疑わない。感情的にも打算的にも排除すべしという意見で多くが占められ、騎士もほぼ全員が離反した。
残った騎士達は総じて身内であったり、脅迫を受けたりなど様々。中にはこれで好きに悪事を働けると豪語する者まで居て、村で略奪を行う騎士達も存在している。
しかし、そのような騎士達の命運は長続きしない。一人一人の力は弱くとも平民達が一致団結すればその力は絶大だ。
略奪を行おうとしていた騎士達は平民の波に呑み込まれ、最後には死体となって大地に打ち捨てられたそうだ。その死体を外獣が自身の住処に運ぶ光景も見られたそうなので、討伐者達が定期的に頼られることも多い。
「私を王にと賛成する貴族は大分増えた。 最初期から付いてくれていた貴族とは違って打算的な賛成ではあるが、今は利用しない手は無い。 ナルセ侯爵も協力の姿勢は取ってくれているしな」
「では、近日中に排除する流れで?」
「そのつもりだ。 如何様な理由があったとて、王族はその責務を果たさなかった。 地の底にまで評価が落ちた王など、必要ではないだろう」
歯を剥き出しにして肉食獣が如くに笑みを形作る。
その顔は初めて見るもので、それだけ現状に対する鬱憤を溜めていたのだろう。今回の出来事を利用して玉座を手にし、彼は彼が求める世を作り上げる。
その過程で様々な障害があるであろうが、それに対する盾はナルセが行う。
正式に王の盾としてシャーラを起用し、ナルセ家を特別な家として優遇する予定だ。その決定に誰からも反対意見は出ず、寧ろそうでなければ困ると首肯した。
これで現代までの流れは出来た。残るは原因であるベルモンド家だけだ。
「ベルモンド家はどうしますか?」
「一族郎党打ち首とする――のは早計だな。 ワイズバーンが主犯であるだけであの家そのものは残念ながら何の関係も無かった。 それにベルモンド家が持つ繋がりは貴重だ。 むざむざと殺すには惜しい部分もある」
「では」
「うむ。 厳重な監視を付け、彼等が王城に支払う税を引き上げる。 無論領地の民からの搾取は禁止だ」
ベルモンド家はこれで存続を許された。
厳しい状況が長く続くが、あの老人の行動を見抜けなかった時点である意味こうなるのは自然の道理。抗うのではなく潔く受け入れていれば、何百年かの後に赦されるのではないだろうか。
実際、俺が知る限りにおいて現代のベルモンド家は世界有数の貴族として名を馳せている。訪れる時が何時かは解らないが、ナノの為にも是非頑張ってほしいところだ。
そこで互いに紅茶を飲み、話題を打ち切る。部屋の空気は依然として緩くはならないものの、極端に張り詰めていない時点で重大な問題が起こっている訳ではないと此方も察することが出来る。
「次に被害状況ではあるが、そちらのナノ殿とシャルル殿のお蔭で首都に関しては全て把握出来ている。 他の街にも討伐者達を派遣してくれたお蔭で詳細な情報が集まった。 御二方には感謝する」
「いえ、私達はただ待っていただけですから。 出来る分野で全力を出すだけですわ」
「肝心なザラ様が死んだように眠っていましたので、不安を紛らわせる為に没頭していたとも言いますが」
シャルル王女の追加の言葉にナノが横目で睨むが、彼女は朗らかに笑みを浮かべるだけで訂正はしない。
そうかと王弟も口を綻ばせ、多少なりとて空気は緩和された。
「被害は甚大だ。 一度完全に滅んだ街も合わせ、完全に復興するのには数十年の時が必要だろう。 とてもではないが私の代で終わる気配は無いな」
「もっと我々が迅速に動ければ良かったんだが……面目ない」
「そもそも勝てたこと自体が奇跡的だ。 それは民達も解っている。 だからあまり気を落とすな」
「……解りました」
死んだ者は戻ってこない。壊れた物を元に戻すには長い時間が掛かる。
他国への対応も今後は考えねばならないだろう。王弟にはやることが多く、こうして話していられる時間も長くはない。もしかすれば、俺が生きている限り一生会わない可能性もある。
だから彼が余計な気を回してもらわないよう、俺は努めて平静に頷いた。それが有効だったかどうかは定かではないが、王弟は柔らかい顔を悪戯気なものへと変える。
「ところで、私は此度の戦の功労者に対して褒賞を払わねばならない。 討伐者達は金で満足していたが、流石にザラ殿に対して金だけで終わりにするつもりはない」
「褒賞……か」
「何を望む? 今なら何をするにも黙認するが」
何を望むのか。
それを言われた時、直ぐには頭に浮かばなかった。平民達の為に出来ることを考えると山程に案は浮かぶものの、自分の為にとなると即座には出てこない。
ナノもシャルル王女もこの点について意見を言いはしなかった。決める権利を持っているのは俺だけだと言われているようで、きっとこの場にネル兄様やノインが居ても同様だったろう。
暫く腕を組みながら悩ませ、そういえばと思い付く。
今後、外獣対策は急務となる。普通の人でも外獣を倒せるのは討伐者達の存在によって周知されたので、これからますます討伐者のような存在は増えていく。
その中には貴族達から離反した騎士も含まれていて、放置しては賊にでもなりかねない。
離反した騎士は悪くはないのだ。自身が生きる為に従うことを決め、嫌々ながらも仕事をしていたのだから。されど、普通の者達はそうは思わない。
貴族の下に付いていたというだけで迫害はされるだろう。
今は兎に角貴族排除の流れが出来ており、それを止めるにはやはり貴族が結果を残さなくてはならない。騎士を救済する余裕は無く、彼等は独自に生活基盤を一から構築する必要がある。
ならば、その地盤を俺達が用意するのはどうだろうか。時代の先取りではあるものの、使えるものは何でも使う。
「一つしたいことがある。 それを認可してもらいたい」