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最終章:生還者

 ――意識が浮上していく。

 現実に向けて深海の底から海上に泳ぎ、ついに外が見える段階で瞳は夕暮れの空を見た。

 明るかった空は穏やかな橙に染まり、今がどれくらいの時間なのかを伝えてくれる。横に倒れた身体からは今も激痛が流れ、雷を操ろうとしても剣は手元には無かった。

 強引に上体を起こすだけでもあまりにも痛みに眉を顰めるが、かといって倒れたままでは敵の状態が解らない。

 鼻は焦げ臭さを捉え、周辺が軒並み焼け野原となっていた。首を緩慢に動かすと、そこには首の無い雷真猿が力無く横たわっている。猿の頭部は近くに落下しているようで、輝きを失った瞳は静かに此方を見据えていた。

 最後の攻撃によって雷真猿は死んだ。それを認識すると、胸の底から安堵とも高揚ともつかぬ感情が湧く。

 されど、その心のままに喜びを露にするのは不可能だ。詳細な事は解らないまでも、今の自分の身体が危険な状態であることだけは理解出来る。


 見下ろすと、火傷を負っている部分があまりにも多い。

 回復薬は軒並み割れ、液体はそのまま地面に染み込んでいる。吸い出すことも出来ない身体は悲鳴をずっと上げていて、長時間そのままであれば病気にでも掛かって即あの世行きだ。

 生き残りたければ痛み止めと回復薬が必要である。最悪は痛み止めだが、それを手にするには今居る場所は少々離れ過ぎていた。

 立ち上がれないかと力を込めてみるも、我慢の域を超える痛みが走る所為で立つことは出来ない。

 腕や足に入る力は極僅かなもので、這って進もうにも一日では大した距離を稼げないだろう。ノインやネル兄様であれば大きな怪我を負わずに倒せたであろうが、俺にはそんな真似は出来なかった。

 

「……あ、……ぐ……」


 喉が焼けているのか、声も出ない。

 異常でない箇所が無いのだ。それもこれも全て、限界を超えたからこその代償だろう。

 動かない方が寧ろマシ。そう判断して、身体を倒す。服もかなりの部分が焼け落ち、上半身はほぼ服としての機能を喪失していた。

 救助が来るのを待つしかない。出来れば早い段階で助けてもらいたいが、手古摺っていればそれだけ救助が来る確率も下がる。ノイン達の性格からして、見捨てることは無いだろう。

 ただ、状況が解らないままだ。ワイズバーンはどうなったのか、あの猿達はシャーラを殺してはいないか――――全てが全て解らないままである。

 こうなるのであれば距離をなるべく取らない方が良かったかもしれない。

 そう思うも、逆にあの場で戦い続けていれば被害は想像以上になっていただろう。余波だけでも命くらいなら簡単に吹き飛ぶ戦いをして、それで守るべき人々を喪失したのであれば意味が無い。


 だからこれで良かったのだ。

 それに雷真猿との戦いで心が躍ったのも事実。あの瞬間は何もかもを忘れて殺し合いに没頭したのだから、その状態で戦い続けている自分に誰かを守る思考はきっと無かった。

 死に体になったことに後悔は無い。例え此処で死んだとしても、俺は皆に申し訳ないと思いはしても満足していた。

 死ぬ一歩手前まで追い詰められたのはこれが久し振りだ。溜め込まれていたものを全て放出したが故に、脳内も胸の内も晴れ渡っている。

 僅かに機能している耳が馬の嘶きを捉えた。

 複数の鳴き声は徐々に此方に迫り、顔を僅かに動かす。

 そこに映った兄妹達の姿に、やっぱり間に合ったなと苦笑が浮かんだ。だが、向こうはそうではない。俺の姿を見て、誰もが焦燥に駆られた顔で走り寄った。

 

「ザラ!」


「兄様!!」


 一番に辿り着いたのはネル兄様とノインだ。

 ネル兄様が上体を起こし、ノインが直ぐに回復薬を取り出す。俺達の世界に存在する瓶に入っていることから、恐らくは現代の回復薬なのだろう。

 口元に運ばれた液体を痛む喉を無視して飲む。

 随分と質の高い回復薬だったのか、即座に身体中が高温に包まれた。あまりの激痛と熱さに支配された身体に悲鳴を上げたかったが、喉がそれを拒絶する。

 だがそれで良かったのだろう。此方を見て顔面を蒼白に変えている討伐者達やシャーラを見ていれば、悲鳴を上げない方がずっと彼等の精神衛生上良い。

 暫くの間のたうち回りたい衝動に駆られ、漸く落ち着いた頃には随分と痛みは引いた。

 結局現代製の回復薬を三本も消費したが、お蔭で完全回復には遠いまでも楽だ。その代わり、回復の使用した体力の所為で歩くのも億劫になっている。


「……もう、大丈夫。 悪いな、ノイン」


「何を言うのですか。 貴方が傷付いたって情けないとは思いません。 寧ろ見事だと、尊敬しますよ」


「それは俺も一緒だ、ザラ。 あまり自分を卑下するようなら、後で拳骨を落すぞ」


「ははは……すいません」


 二人の手を借りて立ち上がり、ふらつく身体を根性で抑え込む。

 眩暈が酷いものの、死んでいないだけマシだ。相変わらずしぶといなと内心で呟き、シャーラが持ってきてくれた雷剣を受け取って腰にある鞘に戻した。

 雷剣はあれだけの雷を内包したにも関わらず、罅の一つもない。何処まで許容するのかも解らぬ剣ではあるが、この分だと無限だと思った方が良いかもしれないな。

 ネル兄様と同じ馬に乗り、力の入り辛い身体はそのままネル兄様の背中に乗せてしまった。

 重いと感じるだろうに本人は何も言わない。それが申し訳なくも嬉しくて、ついつい甘えてしまう。そんな俺の顔を横を進んでいるノインに見られてしまい、微笑ましい視線を向けられた。

 背けたかったが、それをするだけの気力はもう無い。それに兄妹なのだから隠すのも変だろうと彼女に向けて苦笑した。


「あの猿達は倒した。 ワイズバーンはよく解らんが何処かからの攻撃で死んだ」


「恐らくは勇士による攻撃でしょう。 姿を見せない理由は解りませんが、件の人物は外獣を止めるのにも協力してくれました」


「そうか。 ……謎は多いが、味方をしてくれたのは事実。 探そうとするのは無粋だな」


「そうしてください。 きっと何か理由があるのでしょうし、騒いだところであまり意味もありません」


 呟くような声でも二人には聞こえている。

 背後を進む者達には聞こえないが、その方が都合が良い。勇士の情報が外にまで拡散されれば、間違いなく騒ぐ人間が出てくるのだから。

 歴史の表舞台に出てこないのならその方が良い。下手に騒いで藪を突けば恐ろしい目に合うだろう。

 その後はこれからの対処について話し合い、体力の限界を感じた俺は意識を落す。再度目覚めた時にはベッドの上で、隣には椅子に座ったナノが手拭片手に眠っていた。

 外は明るい。一体どれだけの期間眠っていたのかも解らないが、彼女が無理をしていたのは確かだ。

 起こさないように身体を起こすも、身動ぎ一つで過敏に彼女は起きた。微睡みも無く顔を上げ、此方を見た瞬間に瞳から滂沱の涙を落す。

 そのまま俺の胸に飛び込み、嗚咽を漏らしてしまった。


「なに……やってんのよッ」


「すみません。 随分ご迷惑を掛けてしまったようで」


「三日よ、三日あんたは寝てたの。 馬に乗っていた時間も含めれば一週間は眠りっぱなしだった。 帰ってきた時から皆あんたを心配して夜も眠れなかったのよ……」


 心配を掛けてしまったと、素直にそう思う。

 俺がこの集団の柱であるのは事実だ。だからこそ彼等を不安にさせるべきではなく、されど今回不安にさせてしまった。

 夜も眠れなかったのは本当なのだろう。顔を上げた彼女の目元には濃い隈が見え、今直ぐにでも寝ないと倒れかねない。


「申し訳ございません」


「良いの。 でも、今くらいは普通に話して。 ううん、ずっと普通でいて」


「それは――いや、そうだな」


「うん、そっちの方があんたらしい」


 泣きに泣き、最後に彼女は綺麗な微笑みを向けた。その笑みには確かな愛を感じられて、胸に戦いの高揚とは違う温もりが湧き出る。

 それが愛であるのは瞭然で、自然と彼女の顔に自身の顔を近づけた。彼女も目を閉じ、俺の行いを受け入れる。

 光が差し込むベッドの上で、俺は確かな感触を唇に感じた。

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