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西暦××××年×月×日:勇士

 無人の道を歩む複数の音がする。

 その全身を捉えた者は何人居ただろうか。人も、外獣も、ただの動物ですらも、彼等を本当の意味で視認することは出来ていない。

 それでも見えた者が居たとすれば、彼等の外見は黒い影としか映らなかっただろう。

 身長の差異はあったとしても、一分も肌を見せない完全な黒に染まった人型は動物を使わずに長い道を歩く。最初は二人だった影も、途中から現れた二人分の影が合わさり、合計で四人分となって何処かを目指した。

 無言だ。何も発さず、呼吸すらもしているか解らない。

 本当に生きているかどうかすら見ていた者には解らなかっただろう。新種の外獣と見なされる方が余程自然である。

 

『良かったのですか?』


 影の一人が隣の影に言葉を投げ掛けた。

 声音は高く、向けた相手に対して尊敬と愛を込めているのは瞭然。何処か甘い雰囲気も漂わせた声に、しかし隣に居た人物は浮かれる気配を見せない。

 

『時間軸が異なるとはいえ、彼等はこの世界の人間だ。 ならば、多少流れを変えたとしても問題は無いだろうさ』


 今度は低い声が漏れ、内容に女性と思われる人物は頷いた。

 

『俺達は異物だ。 異なる世界の人間であり、本当なら介入は極力避けねばならない。 特にお前は流れを全て把握出来るしな?』


 男の確認の声に再度女性は頷く。

 同軸時間内であれば同じ世界の者が歴史を弄ることは多少なりとて許される。しかし、異なる世界の住人が弄れば異物による強制操作として世界は修正を始めてしまう。

 その修正がどの範囲にまで及ぶのかは影達も知り得ない。世界全体になるかもしれないし、極一部に留まるかもしれない。狂いに狂った世界が進む先は、往々にして混沌だ。

 苦しみながら人が生きれる世であればマシであるが、混沌とした世においては基本的に人は生きれない。

 混沌を生きれるのは混沌に身を浸した生物だけ。形も思想も変わった者を人間とは呼ばないであろうし、影達も変わり果てた人間を人とは認識しない。

 故に、介入するのは僅かだけ。――既に死んでしまった本当の勇士達の役目を、彼等は果たしているのだ。

 

『どうする?』


『ん、これで俺達の役目は終わりだ。 従来の仕事に戻るとしよう』


 別の影から幼い声が聞こえ、男は優し気に答える。

 勇士達は本来、この世界に居るこの国の人々を守った。超常的な力を用いて殲滅し、長く続く繁栄の土台を築いたのである。それがこれまでの歴史の流れであり、しかし時として偶然と呼ばれる現象は容易く生命を脅かす。

 誰の所為である訳でもない。彼等は己が超常を見つける前に、その生命を喪失しただけに過ぎない。事故で死に、己の不手際で死に、既に超常を行使出来るだけの人間は居なくなってしまった。

 だから彼等は此処で、彼等の本来の責務を肩代わりしている。――――どうしてそんな真似をしているのかは、きっと誰もが聞いたところで理解は得られないだろう。

 世界は非情で、どうしたって理不尽はそこにある。何処の世界に居ようともそれは変わらないのを男はよく解っていた。

 

『この世界に居るアレがどれだけ成長しているのか。 アレを排除したとして、別の俺達の道は恒久的に変わるのか。 ……所詮、自己満足だとしてもやってみる価値はある』


『それをすれば別の世界線の私達は出会わなかったことになります。 ……それは何だか、悲しくも感じますね』


『君と会えなかった俺がどうなるのかは解らないよ。 けれど、出会わなければ出会わないなりの幸福もきっとある。 平和であるのならそれに越したことはないんだからな』


 男の言葉に女は納得の声を出した。

 二人の出会いは決して平和的なものではない。唐突で、突然で、言ってしまえば空からヒロインが落ちたが如く。

 突発的に始まった危機的状況を脱しつつ二人は仲間を集め、成さねばならない事を成した。嘗ての蓄積された全てを成し遂げ、しかし男は考えたのである。

 もしも、大元が存在しなければ世界が危険に脅かされることはなかったのではないか。

 男と女が出会えぬ不幸はあれど、世界全体から見れば幸福的な結果を招くのではないかと。既に男と女の世界は何も変わらないが、別世界の男が危機に陥らないのであれば試す価値はある。

 最初にそれを提言したのは女の方だ。己の過去を全て振り返り、様々な可能性の海を彷徨い歩いた結論として、彼女はやはり大元は排除した方が良いと決めた。


 とはいえ、男と女の世界線に居る大元とはもう接触出来ない。

 接触すべき場所を新たに設けることは出来るが、その結果再度世界を地獄に叩き込むことは出来ないのだから。まだまだ弱いであろうアレを排除し、別の世界線を生きる男を幸せにする。

 間接的に男を助け――世界線の中に一つの解を生み出す。それ即ち、残る無限の世界線に新たな救いを用意することに他ならない。

 可能性が一つ生まれれば、それは新たな選択肢を産むことになる。

 絶望の世界が生まれるか、最初からそのような世界は存在しないか。二択になるだけでも平和な世界は多くなるだろう。

 彼にとって別世界線の事情は他人事ではない。どの世界線にも干渉出来る存在が居るだけに、何時助けを求められるかがまるで予想出来ない。

 故に、救助が要らない状況を作り上げる。女に相談されて考えた彼の最終的な目的はそれであり、だからこそわざわざ異なる世界に足を運び入れていた。

 

『ねぇねぇ! 干渉するのが駄目なら、海そのものを事前に倒しちゃうのも干渉になるんじゃないの?』


 明るい別の幼い声に、男はそうだなと答える。


『アレの排除をすればやっぱり干渉扱いになるだろうさ。 だけど、アレの排除に関しては無視してくれる筈だ。 あちらも困っているのは知っているからな』


 男のあちらという意味を幼い少女は解らない。

 首を傾げる様に男は苦笑して撫で、大丈夫だとだけ教えた。異なる世界の住人が不必要に歴史を歪めればその世界そのものに咎められるが、世界がアレを嫌っている。

 未だ力は彼等の知る程ではないものの、相当なものとなっているのは確かだ。このまま放置したとして、決して平和的な結果にはならないだろうと世界も予想していた。

 排除しなければならないと考えるのは当然の事。そして、その排除を容認されているからこそ彼等は此処で力を行使することが出来ている。

 でなければ今頃は強制的に力を封じられているか、元の世界に戻されていただろう。全力を出せば世界の施した縛鎖を破壊するのは女にとって容易ではあるが、だからといって敢えて敵対するつもりは無かった。

 

 世界に対して不誠実を貫けばどうなるか。

 それが解らない程女は常識が無い訳でもなく、男も幼い影達もそれは一緒だ。四人は連れ添いながら人が居る方向とは異なる場所に向けて足を動かした。

 この旅はある意味において急ぐものではあるだろう。成長し切る前に、彼等は大元を犠牲を無くして倒したいのだから。

 されど、大きな問題にもならないと男は漠然とした確信を持っている。完全な成長を果たした個体を知っているが故に、それを上回ることはないと何処かで想像しているのかもしれない。

 或いはと、男は女の横顔を見る。

 黒く艶やかな髪に蒼く透き通った瞳。何年経とうとも変わらぬその姿は、男の視線を感じてそっと彼に微笑んだ。

 その微笑みが嘗てよりも柔らかくなったのは、より人間味を獲得したが為。夫婦として過ごした日々があるからこそ、今の幸福な彼女がある。

 

『また、お前に頼るな』


『もう。 そういうことは言わないでください、■■さん』


 最強が居るが故に負けはない。信頼と情愛が籠った目を女は受け、何度目かも解らぬ照れを覚えた。

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