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敗北者

「貴方様の見た人物達と此方の予想が同じであれば、その人物達は落伍者です」


「落伍者……?」


 受付嬢が重々しく話始めた内容は、些か無視出来ない。

 落伍者という言葉は実に不穏だ。俺もそうなるかもしれないだけに、その存在は非常に気になるもの。

 だが、具体的に落伍者とは一体何なのか。このギルド内の雰囲気をそのまま読み取るのであれば、彼等にとって落伍者とは即ち挑戦を諦めた者達だろうか。

 唾棄すべき存在。忌避すべき者共。全体の総評は悪いものばかりで、そんな連中に見られていたのかと背筋に冷たいものが流れていた。

 危険であるならば排除する必要があるものの、彼等の雰囲気を見るに長い間落伍者と呼ばれる存在は消えなかったのだろう。


「落伍者とは、我々ギルド内で五年以上ランク一から三を維持している者達が在籍している組織です。 彼等は常に高位冒険者を狙わず、将来有望な初心者冒険者や中堅冒険者を襲っています。 その行為によって未来ある冒険者が辞めてしまう事態が多く発生し、ギルドの人員不足の原因になっています」


「……率直に言って害悪ではないですか?」


「ええ、それはもう。 ですので、冒険者に所属している人間は総じて彼等を敵視しているのです」


 将来有望な人間を花開く前に潰す。

 ギルドが安定する為に、その行為は不要だ。新人が増えねばベテランに皺寄せが来る以上、冒険者達が敵視するのも自然と言えた。

 先のヤドカリの件もある。前途有望な人間がこの街で前から花開いていれば、もしかすれば安定的に打倒が出来たかもしれない。

 そして、そこから想像出来ることは簡単だ。俺はヤドカリを撃破した訳ではないけれど、ギルドは俺を評価した。

 それは前途有望と判断されたとしても不思議ではないだろう。まったく嬉しくないが、最近は嫌になるくらいに注目を浴びる機会もある。

 相手は俺に対して悪意を持って邪魔をしてくるのだ。それは俺の望むことではない。


「通常であれば落伍者達はギルドから追放になるのですが、そのまま野に放ってはただの人間を金品目的で襲いかねません。 なので、最小限の仕事のみさせて生活出来る程度の水準を保たせています」


「冒険者の襲撃に関してはどうしているのですか?」


「仲のよろしい者達同士であれば共に行動してもらいますし、そうでなければ了承の取れた方を対象に一時的な協力関係を構築します。 また、落伍者達が出した損害については資金のみを被害者に支払います」


 ギルドにおいて、落伍者の存在は目の上の瘤なのだろう。

 出来る限りの対策を掲げているとはいえ、幾らでも穴は伺えた。協力関係を最初から結びたくない人間が対象とされてしまえば、その人間が抱える負担は遥かに大きくなる。

 かといって殲滅も不可能だ。明確な理由があっても、人は人を殺す事に忌避を覚えるものである。

 それに、相手がそれをしている理由が簡単に解ってしまう。

 劣等感。それを刺激された人間が暴走するのも、俺は理解してしまった。

 認めるべきではないにしても、その思考は人間であれば当然。それでも人は彼等を愚かと断じなければ、世の中が乱れてしまう。

 

「ですので、なるべく貴方様は他の冒険者の方々と行動を共にしてください。 誰と組むのが最良であるか解らないがと仰るのであれば、此方でお声を掛けさせていただきますが」


「——その必要は無いよ」


 これからの俺の行動を思えば、出来る限り誰かと一緒に居た方がいい。

 そう思っての受付嬢の言葉は、しかし背後から聞こえる他の人物によって無用となった。

 身体を振り返らせてその正体を確かめれば、何という事も無い。

 此方ににこやかな視線を送るナナエは以前と変わらぬ踊り子めいた格好のままで、その姿に無数の冒険者が見惚れていた。


「一応私はランク五。 一緒に組むのに不足は無いでしょ?」


「え、ええ。 ナナエ様であれば不足はありませんが……」


 一体どうして、という受付嬢の視線に彼女は髪を掻いて苦笑で濁す。

 ヤドカリ戦の詳細は皆が知っているものの、現場の状況を正しく知っている人間は冒険者くらいなものだろう。

 よっぽどの情報通を名乗らない限り、事務は事務としての作業に徹する筈だ。

 だからそこに違和感は無く、俺もある程度は見知った人物と一緒に行動出来れば有難い。

 しかし、問題がある。俺と彼女の間に横たわるランク差だ。

 彼女が仕事を出来なくなってしまうのは、この街にとって益にはならないだろう。

 

「私としては有難い限りですが、ナナエさんはランク五です。 一緒に行動しては貴方が依頼を受けられなくなりますが……」


「気にしない、気にしない。 そう何度もランク五以上の依頼なんてこの街じゃ起きないし、未来の高位冒険者と接点を作っておくのは必要だよ!」


「あの、高位冒険者になれるかは解らないと思いますが……」


「なんだよー、なる気が無いのかい?」


 自分がランク六以上を目指すつもりがないのもあるが、実際にそこまで辿り着ける才が自分にはない。

 思わず自虐を含んだ言葉が出てくる俺に、彼女は半目で問いかけた。

 それは彼女にとって何でもない質問だったかもしれない。ただのじゃれあいで、何も問題らしい問題は無いと思っているのだろう。

 だが、俺にはその向上の意志が辛い。到達するかもしれないと期待されている事実が、ただただ胸に突き刺さった。

 自分が偉人になることはない。どれだけ鍛えても成長の余地が存在しない時点で、それは分かりきっていた。

 ランク八や九にでもなれば、それは最早伝説の人間だ。中には大貴族として活動する存在も居る中で、自分がそうなる未来はまったく想像出来なかった。


 無論、なりたくない訳ではない。

 なれるものならなりたくて、だから今も剣は手から離れないのだ。

 

「なってみたいですね。 ——なれるものなら」


「…………ふーん」


 呟いて、しまったと目を見開く。

 外套によって表情は見られていないが、言葉は隠せない。

 諦めを滲ませてしまった言葉は向上心を持つ相手に向けて良いものではない。

 現に目の前のナナエは何処か険のある眼差しを向けている。俺が決して前を向いているだけではないと知って、何かを察してしまったかもしれない。

 彼女と組むのは避けよう。直ぐに頭は結論を弾き出し、受付嬢に帰る旨を伝えた。

 仲間の件はまた何時かで良い。その間に落伍者達から妨害を受けない保証が無いものの、自分で切っ掛けを潰した以上は致し方ないだろう。

 それに丁度良い機会だ。一人になる理由付けとして、これは好都合である。

 ナノとは大分距離が近付いてしまった。女性という意味では妹のノインの次くらいには、彼女が近くに居るのが当たり前に認識している。

 

 その状態は今後ナノに悪影響を与えるだろう。

 故に、離れる必要があるのだ。仕事の時に出会う程度に抑えておけば、彼女もこれがただの拒絶ではないと理解もする筈だ。

 困惑する受付嬢を他所に、俺は足早にギルドを出る。 

 善は急げだ。その思いのまま闇夜の世界を進む。

 今頃は宿屋の明かりも落ちているだろう。流石にナノも寝ていると予想して、起こさないようにとゆっくり部屋へと戻っていった。


「……やっと帰ってきたのね。 ちょっと遅いわよ?」


「……起きていましたか」


 だが、俺の予想に反して彼女は起きていた。

 次いで、俺の無事を確認出来ないと安心して寝られないとまで言われて思わず苦笑してしまった。

 自分は信用が無いのだろう。わざわざ蝋燭を数本灯してまで待っていてくれたのは何となく嬉しさがあったが、その喜びを表に出しては変な事になりかねない。

 だから、俺は何となく告げた。話したいことがあると。



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