最終章:過去の強さ・未来の強さ
光が爆ぜる。
殺人的な衝撃を間近で炸裂させ、俺の身体は容易く吹き飛ばされた。咄嗟に地面を蹴って距離を取っていたものの、細かく砕けた鋭い岩が身体中に突き刺さる。
内部に走った雷で強引に引き抜くが、纏めて抜いた所為で一瞬意識を失う程の激痛が襲ってきた。
だが、止まっている時間は無い。感覚が死の気配を拾い、無意識で剣を横に構える。戻った視界で捉えたのは稲妻の拳であり、全力の一撃で俺の剣ごと吹き飛ばす。
態と飛ばされるつもりで受けたが、腕の感覚が痺れて上手く握れない。剣を持つ手が震えているのを自覚しつつ、雷で血が流れる傷口を焼いた。
傷みがぶり返すものの、止血しなければ失血死だ。相手の速度が尋常ではないので回復薬を飲む余裕も無く、既に雷真猿は目前にまで迫ろうとしている。
「かなりぶっ飛ばされたんだけどな……ッ」
速度を乗せた拳を掠らせながら避け、相手の雷が俺の頬に火傷を生み出す。
全身が傷だらけになることは承知の上。最初から無傷だなんて有り得ないと思ってはいたが、やはりこの外獣は一等他とは違う。速度も攻撃力も、現代で戦ったベルモンド家の巨人よりも強い。
能力数だけなら巨人の方が上であるが、数だけ多くても十全に使いこなせなければ意味が無い。その点、この雷真猿は自分に出来ることを確り理解している。
遠距離攻撃はほぼ無し。あるのは雷球であるが、間近で使ったあたり中距離までしか当たらないと本能で理解している。
どれだけの敵とあの猿は戦ったのだろう。恐らく戦った者の中には猿よりも筋力が上の者が居て、猿よりも技術で勝っている者も居た筈だ。
少しの疑問を覚え、だがそんな疑問を吹き飛ばすように猿は地面に拳を叩き付けた。
大地が揺れ、地面が割ける。隆起する地面は猿の視界を遮り、俺の姿を完全に隠す。
反対に猿の方は巨体の所為で見え見えだ。明らかに自分にとって不利であろうに、それでも猿は地形を変えることを選んだ。
そこにどんな理由があるかは解らない。解らないが――本能以外で動いているのは確かだ。
猿の目を思い出す。あの目には怒りと、そして僅かに宿る知性の輝きがあった。その知性が自身の状況を鑑みれる程であれば、厄介なことこの上無い。
地面を蹴り上げ、外獣は飛び跳ねながら此方に足を向ける。その蹴りを走って回避するも、俺が立っていた場所は猿の攻撃によって見事に抉れてしまう。
それはさながら災害の爪痕のように。遺跡の守護者らしい強さを見せつけ、しかしそこで怖気付くつもりはない。
飛び込み、右側を意識して剣を振るう。水のように、光のように、捉えどころがないように動き、相手の右拳が放たれるのを待つ。
猿の大きさはかなりのものだが、その腕は標準的だ。
人に近いと言うべきか。故に片側に過剰に寄ると、反対の腕では攻撃するのに若干の間が起きる。選択肢は右拳か足払いであり、猿が選択したのは右拳。
真っ直ぐに放たれた瞬間に前に出て、突きの形で胸に刃を刺す。
狙うは胸骨の隙間。分厚い胸板を避け、下側から上に一気に突き上げる。どれだけ鍛えたとて、基本能力に優れていたとて、それでも柔らかい部分は存在するもの。
背後で爆発音が聞こえたが、そんなことはお構いなしに半ば無理矢理に刀身を柄まで沈めた。
「――ッ、――――ッ!!」
猿の手が俺を掴み、投げ飛ばす。
剣は引き抜け、身体を空中で立て直す。眼下に居た猿の胸からは赤い血が流れ、その量は決して無視出来るものではない。
それに内臓を傷付けた。人に近い存在は猿という説を信じて同じ箇所を攻撃したが、その賭けは成功だ。
出来れば心臓を破壊したかったものの、猿そのものはまだ倒れない。ただし苦しそうにしているあたり、肺には致命的な損傷が与えられているのだろう。
見開かれた目も今は片方が閉ざされ、荒い呼吸を繰り返している。遠からず雷真猿は死ぬであろうが、だからといって此処で逃がしてくれるとは思わない。
剣を振って血を払い、猿は武人のようにそこで初めて構えてみせた。
稚拙ではあれど、右腕を前に出して左腕を腰に留めた様は外獣に出来ることではない。
片足を引いたその姿は隙の方が多かった。誰かの真似をしているのは瞭然で、けれどあのワイズバーンが教え込んだとは到底思えない。
ならばこれは、守護者の主が使っていた技法なのか。
遺産を使用してもなお、人は剣や拳を使わないことはなかった。俺の持っている剣とて遺産で、ならば間違いなく使い手は居た筈なのだ。
だから拳を使った戦技を持っていても不思議ではない。不思議ではないが、その技術はきっと外獣を魅了する程に素晴らしかったのではないだろうか。
思わず真似をしてしまう程に。あれほどの速度や雷を持ってしても敵わない程に。
「――良いな、それ」
全身に震えが走る。口角が限界まで釣り上がる。
怖気による恐怖ではない。胸にあるのは、それだけの技術を修めていた者に対する惜しみない尊敬だ。その技術がもしも誰かに継承されていたのであれば、俺は死ぬ気で継承者を探そう。
誰かを憧憬の奴隷にさせる技術。飲み込むのにこれほど最適なモノは他に無い。
「お前の主人はきっと素晴らしい御仁だったんだろうな! 本当、心底羨ましい!!」
羨ましい、羨ましい――だから貰うぞ、お前のその技術を。
本当にその技術が守護者の主の技術かは解らない。敵の技術かもしれないし、ただやってみようと考えただけかもしれない。
ただ、この瞬間。生と死の境にあるこの瞬間にソレを選択した意味を、俺は間違いたくない。
果たして、雷真猿は半分まで閉じていた目を限界まで見開いた。充血させた眼に怒りはあったが、それ以上に何か大切なものも宿っていた。
二本の足が爆発し、気付けば俺の眼前に攻撃が来る。
意識を沈めて集中しても過程が見えなかった。何がどうやってそこまでの速度を出せたのかも、一切解らなかった。
お前にこの技術をやらせるつもりはない。猿の目は雄弁に語り、その目を睨みながら歯を噛み締めた。
回避?防御?……どれも悉く間に合わない。
拙い様だから使えないと誰が決めた。隙だらけだと誰が決めた。あの猿が大切にしていたモノは、そんな人が勝手に決めたことを容易く覆す。
「ぐッ、つぉぉぉぉぉ!!」
だから、俺も人の条理など気にしない。
身体が燃える気がした。内にある黄金が人生で一番輝き、才能が前へ進むことを強制させる。
左から来る攻撃を筋肉が引き千切れる音を聞きながら剣が受け流す。流れる雷が俺を焼くが、それすらも内側に仕舞いこんで逃がさない。
許容限界など知ったことか。大切なものを使ってでも勝利を取ろうとする相手に、守りの思考など愚の骨頂。
意識の大地が砕けた。更なる深海へと沈み、これまでを超えて世界が静止する。
視界は暗闇だ。感覚と音だけが支配する空間で、雷の流れと相手の呼吸を頼りに再度胸元に飛び込む。
だが、これは二度目の手だ。相手もその手は解っていて、物理的なものが迫ってくるのを空気の圧迫で気付く。受ければ必殺となると解るが故に、命を優先するのであれば一度引くのが常套だろう。
――知ったことか。
迫る何かが当たる前に跳ね、爆発する直前の攻撃を足場に一気に首に迫る。空気の巡る音から首の位置を突き止め、殺意を漲らせた。
「そうだよなァ!? それで止まる訳がないって解ってたさ!!」
顔面に強大な熱を感じた。
触れた瞬間に致命となる熱量の正体はきっと、あの猿が発生させていた雷球だろう。全てを吸収出来れば良いのだが、雷球を操作しているのは猿の方だ。
放出されたものではない以上、奪い取ることは出来ない。ならばこれで終わりか。――いいや、違う。
まだだと、内側で唱える。それが所詮何の効果も無い呪いであると解っていても、最後に奮起出来る手段はこの言葉だけだった。
まだだ、まだだとも。そうさ、俺はまだまだ先に行ける。
身体中に流していた分と猿から奪った分の雷を全て剣に流す。莫大な雷を一気に流し込まれたことで今頃剣は黄金が如くに光を発しているだろう。
「雷式・終極」
過去の力と、未来の力。
二つを揃えて共に歩む。本の中で出てくる黄金の龍を想像しながら、これが最後だと剣を振るった。




