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最終章:ポラリス

 走らせた馬が辿り着いたのは、一部が焼け野原となった平原だった。

 外獣の死体は無く、あるのは人間の死体のみ。その全てが炎の龍によって燃やされた後のようで、全身が黒くなった死体が無数に転がっている。

 されど、攻撃はもう行われていない。龍はネル兄様の背後に佇み、兵だった者達は離れた位置で膝を折って頭を地面に擦り付けている。大人数が一斉に行うその様は一種異様で、とてもではないが戦場に似つかわしくない。

 ネル兄様は俺達の接近に気付き、柔和な笑みを浮かべて軽く手を振った。此方もそれに応え、ネル兄様の前で馬を停止させて降りる。

 伏兵の気配は無かった。この瞬間であれば襲撃をするのに最適であるが、兵の誰もが弓を引く様子が無い。総じてネル兄様を畏れ、命だけでも助かることを願っている。

 

「この様子は?」


「何、少し揺さぶってやっただけだ。 ついでに例の女騎士を殺したぞ。 他に将が確認出来ない以上、まともに戦える将兵は彼女だけだったようだな」


「そうですか……。 では、このままポラリスに向かいましょう」


「そうだな。 ノインも良いか?」


「はい。 なるべく早めにこの事態は収めておきたいので」


 三人の意見が統一されれば、それはそのまま全体の意見となる。

 他の人間もポラリスの状態は看過出来ない。放置すれば再度外獣が現れると考え、誰もが外獣を操る存在を捕縛しなければならないと確信していた。

 最悪は殺害だ。出来れば遺産の使い方を全て吐いてもらいたいが、本人が素直に吐くとは思えない。

 それに、俺の予想が正しいのであれば外獣を操っている人物は俺達のように未来から過去に来た人間ではない。本当に来たのであれば、俺達の行動に対してもっと有効な手段を取っていた筈だ。

 後手に回ることは無いし、俺達が神であることを大々的に否定するであろう。なるべく自分達に都合が良くなるよう、俺達と王宮の間で火花を散らしたままにするくらいは当然行う。

 それが無いのであれば、やはり使っているのはこの時代の人間だ。嘗て王弟の護衛をしていた人物が付けていた物と同じく、何処かで手にした遺産を使っていると見るべきである。

 

 先頭をネル兄様が進み、その一つ後ろを俺とノインが並んで進む。

 更にその背後からシャーラと精鋭が付き、最後に討伐者達が周りを睨みながら馬を操る。兵達の間を通り過ぎる際、彼等は露骨に身体を震えさせていた。

 逆らってはならぬ相手に一度だけとはいえ刃を向けたのだ。現代でも場合によっては即座に首を落される。

 仮に許されたとしても、ポラリスの兵をしていた者は今後後ろ指を差されるだろう。俺達が口を噤んでいたとして、ポラリスに避難していた者達は彼等を知っているのだから。

 兵に声も掛けずに手綱を操作し、ポラリスの外壁が視界に入る。

 距離はあったが、道中で敵は皆無だった。流石にほぼ全てが殺されていることを敵側は知っているであろうし、何かしら対策は用意してある筈だ。


「一度討伐者達を向かわせましょう。 何があるか解りません」


「そうだな。 ナルセ嬢、貴殿と数名の討伐者を連れて近付いてもらっても構わないか。 何かあれば即座に帰ってもらって構わない」


「解りました。 では、雷神様の精鋭をお借りしてもよろしいでしょうか」


「構いません。 ……皆、彼女の言う通りに」


『ハッ!』


 使者としてシャーラを選抜し、罠が発動しても逃れられるように精鋭だけで固める。

 人数を多くしても彼等には威嚇にならないだろう。追い詰められていることを既に理解しているだろうから、今頃は逃げる算段でも立てているかもしれない。 

 予想に反し、兵は多く死んではいなかった。ネル兄様が手加減をしたのは直ぐに解ったが、それ以上に彼等の心が早期に折れて敗北を喫したのだ。

 だから実際の戦闘時間も多くはあるまい。一刻か、それを僅かに超える程度。それ以上戦い続けていれば、兵の数は現在の三分の一にまでは減っていた。そして恐怖は余計に高まり、最後には発狂して病んでいたかもしれない。

 神を信じている者程、その傷は深くなる。この時代であればまだまだ神を信じる人間も多く存在しているので、だからこそ先程の惨状となっていた。

 それだけ兵が生きていれば、まだポラリス内に居るであろう貴族達には詳しい情報は届いてはいまい。

 門番も居ない鉄製の門は確りと閉ざされ、まるで避難民を逃さない檻にも思える。その壁の周囲をシャーラ達が確かめつつ、暫くすると無事に帰還した。


「罠らしい罠はありません。 強いて言えば門が鉄製なので開けるのに苦労することでしょうか」


「金属なら任せろ。 罠が無いならこのまま前進するぞ」


 その声で全員が進み、正門の前に立つ。

 ネル兄様は自身の手を正門に付け、そのまま掌から炎を発生させる。熱は徐々に温度を上げていき、やがて限界を超えた鉄製の門は溶けて穴を作り始めた。最終的な大きさは大人三人分となり、重厚な扉の先には槍を構えている予備の兵と思われる者達が居た。

 馬を悠然と動かし、内部に入り込んでいく。槍兵は侵入を許すべきではないが、迂闊に攻撃することを避けたようだ。

 いや、と彼等の一挙一動に注目する。

 見た目は平静を装っているが、彼等の腕や足は小刻みに震えていた。今にも逃げ出したいのを抑えながら槍を構え、何とか追い出そうと考えている。

 

「大人しく貴族共を出すのであれば、俺はお前達に何もしない。 お前達が成した悪事も全て、この瞬間は目を瞑ろう」


「う、嘘を言うんじゃねぇ! 俺はお前達が神じゃねぇのを知っているんだぞ!!」


「――神であるかどうか。 そんなことが今必要なのか?」


 背中から首の長い龍の首が一体分這い出てくる。その龍は口から溶岩のような粘性の物体を零し、垂れた物が地面を溶かした。

 煙を噴出させながら龍がゆっくりと迫る様は中々に恐ろしい。彼等もその気持ちは一緒のようで、虚勢は一瞬で剥がれ落ちる。それでも槍を持つ手は緩まず、最後の一歩前で何とか持ちこたえているのが見て取れた。

 俺も雷で編んだ大鳥を数体出現させ、空中を浮遊させる。時折小さな雷を地面に落とし、彼等から反抗の意思を奪う。

 如何に俺達を神と思わなくとも、人知を超えた力を持っているのは事実。今この瞬間において、神であるかどうかよりも彼等は己の生存に命を賭けるべきであった。

 逃げないのはそれだけ、ポラリスの言葉が魅力的だったからだろう。現状を変えられるのは彼等しかいないと思い込み、如何な恐怖を前にしても勇気を奮い立たせているのだ。

 加え、この街には普通の人間が多く居る。彼等がもしも虐殺されるようであれば、自分達が成し遂げたかった夢の実現が一気に消失してしまう。


 だから引けない。だから諦められない。蛮勇だと知りながらも、彼等には選択肢が存在しなかった。

 あるいは、そうなるように仕向けられていた。絶対に逃げられないようにと貴族達が考えていたのだとすれば、人質は生きているだけで効果を発揮する。

 だから避難民を多く受け入れ、なるべく生存させた。――――そうすることで、この瞬間にも逃走するだけの時間を稼いでいるのである。

 槍兵の数は百。全員を倒すのは難しいことではないが、戦っている間に彼等は遠くに逃げてしまう。

 そう思っていたものの、しかし状況は変化した。槍兵の後方から近づく一人の人間が前へと近付き、肩を叩いて道を開けていく。

 頭髪の無い頭。皺の多い顔。紫の瞳は妖しく煌めき、腰は斜めに曲がっている。

 杖をついて現れた人物は一目で貴族だと解る身形をしていて、必然的に皆の警戒心が高まった。その様子を楽し気に眺めていた老人は、暫くの後に口を開ける。


「ようこそ、我がポラリスへ。 私はベルモンド家が当主である、ワイズバーンだ」

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