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最終章:無駄死

 二体の龍は互いの身体を交わいながら突き進み、通過した場所は焼け焦げた地表が残る。

 その様を遠目からでも見た兵は逃げ始め、龍は逃げる者達を喜々として食い始めた。時には口から、時には身体から、収められるだけ収め、満天下に向かって声無き咆哮を上げる。

 その様は外獣が如し。怪物が蹂躙し続け、人間は一切手出し出来ない。

 審判の時間。ネルが放った言葉を兵達は思い出し、彼等の中には先程の疑念が脳裏を過る。

 クラリスが知らぬ情報には神を激怒させるに足るものが含まれていた。勿論彼等とて知らぬ情報であるし、そもそも外獣が人を無視して首都を目指すのは本来有り得ない。

 餌など存在しないとネルは言外に断じ、そして自分達の行動が更なる争乱を引き起こすと言われてしまった。

 彼等は皆、戦いを望んでいた訳ではない。寧ろ早期に解決し、なるべく戦わずに全てを解決したかった。それを成して元の場所に帰り、平穏な日常と呼ぶ微温湯に浸る。

 

 彼等が求めたのはその程度のもので、しかし現実は何処までも戦いの連鎖が残り続けた。

 殺される。仲間が、友人が、家族が、審判の名の下に駆逐されてしまう。逃げ延びるには神を殺すか、今直ぐにでも武器を落して膝を屈するしかない。

 元々人間が神に勝てる道理は無いのだ。戦いを止めることで生き残れるのであれば、止めるのが最良だろう。

 既に彼等には戦意が無かった。確かに彼等に手を差し伸べていた貴族は親切だったが、嘘を吐いているのであればそれは正さなければならない。

 その嘘が神の言葉通り自身達を更なる戦いに誘うのであれば、尚更ポラリスの貴族を切り捨てねばならないだろう。

 貴族達は避難民を受け入れたが、それ自体が新たな戦力なのだ。今は避難民としての生活をしているものの、何れどこかの貴族が武器を持たせて戦えと言ってくる。

 

「――そちらの兵は貴様とは違って素直だな」


 七体の龍を従えた神がクラリスに言葉を放つ。

 クラリスもそれは解っていた。貴族がどれだけ親切をしたとしても、これまでの実績の所為で完全には信頼されない。

 一部の貴族は親切だったなど、まるで役に立たないのだ。別の地方に赴けばその地を治める貴族ごと睨まれ、肩身の狭い思いをさせられる。

 理解がある人間は極一部。その一部程度で全体を飲み込むには、余程力ある人間でなければまったく話にならない。

 解っている。解っているとも。最初から承知していない訳がない。

 民は人同士の争いの為に用意した駒ではないのだ。外獣と激突する為に鍛えた戦友であり、決してこの戦いで浪費して良いものではない。

 

「神よッ、どうかお引きください!! 人には人の道理があるのです!!」


「その道理を捨てている者が何を言う! お前の振舞いは既に騎士のソレではないッ。 身近な人間すらも地獄に送り込む、悪魔も同然だ!!」


 クラリスは己を騎士と定義している。

 では騎士とは何だ。守るべき者を守り、悪意の誘惑に乗らず、正義の側に立つべき者だ。今の彼女はそのどれにも当て嵌まらず、最後には自分から悪魔であることを意識していなくとも肯定した。

 彼女はその真実に足を止める。剣は下がり、神の近くでその足を止めてしまった。

 騎士ではないと言われる程度であれば、彼女も納得は出来ている。誰かを守るのではなく、誰かを戦いの場へと引き摺り込んでいるのだから。とてもではないがその振舞いは騎士ではなく、だが悪魔と言われることだけは断じて納得出来なかった。

 総身が怒りで震え、自然と柄を掴む力も強まる。

 馬の腹を蹴り、直後彼女は突進した。何の策も無いような突撃に背後に居た兵達は驚いたが、ネルはその様を目を細めて眺めるだけ。


 引き抜いた剣を持ち、俯かせていた顔を上げた彼女の相貌は怒り一色。

 悪魔と告げた者に対する怒りでもって身体を動かし、その熱量はこれまで彼女を動かしていた感情よりも大きい。爆発的に増大した力をそのままに、馬を急停止させてその反動で彼女は一直線にネルを狙う。

 見開いた目には暗い炎。その輝きに侵食されている彼女は、ネルと刃を交えた。

 火花が散る。衝撃だけで折れてしまいそうな剣はしかし、双方共に刃毀れすら起こさず激突したままだ。遺産であるネルの剣と比較すれば彼女の剣は明らかに格が落ちるが、人間が作れる基準の中では高い。

 眉を寄せ、このままでは突破は難しいと判断したクラリスは距離を取る。

 その距離を埋めるかの如く三体の龍が彼女に迫り、顎を開けて迫る首を彼女は死に物狂いで前に進むことで避けた。だが、避けた先に居るのはネルの断罪の刃。

 

 首目掛けて進む刃にクラリスは剣を合わせ、軌道を逸らす。

 力強さは並ではなく、受け流すだけでも彼女の腕に痺れが起きる。このまま剣撃を結んだとて、そう長くは保てないと判断した彼女は直ぐに切り札を切った。

 集中し、意識を奥底で。流れる炎の揺らめきが明確に遅くなり、兵達の悲鳴も間延びしている。

 研鑽を積んだ実力者の行き着く次の段階。全てを遅く感じるようになり、同時に自身の身体をこれまで以上に細かく動かすことが出来る。

 彼女に剣を教えた人物はこの段階に辿り着いた者を超人と呼んでいた。

 ただし、この状態は長くは続かない。極限の集中で発揮されるこの状態は一度乱れると途端に解除され、全身に酷い疲労が襲い掛かる。

 酷い者は使い過ぎて死ぬことも有り得るとされ、彼女はなるべくこの状態になるのを避けていた。

 

 龍の動きが炎の音で解る。衣擦れの音で相手の次の動作も予測出来て、流れるように龍を抜けて剣の距離に再度詰め寄った。

 その様子にネルは直ぐに相手が意識を深めているのだと察する。彼女の技術は明らかに向上し、そのまま剣を切り結んでも先程の激突は起きずに回避された。

 返す刃で放たれた一撃を上体を反らすことで避け、されど彼が瞬きをした瞬間には次の剣がネルの頭部を狙っている。

 このまま頭部を貫いてやると言わんばかりに鋭い切っ先が顔面を目指し、ネルは剣の平でその一撃を片手で塞ぐ。

 

「片手ならッ!」


「――何とかなると?」


 剣に炎が纏わり付き、彼女の顔面に飛んだ。

 突然の炎に彼女は慌てて飛び退いたが、その先で待っているのは龍の首。大口を開けて待っていた龍は喜々として空中に居る彼女へと殺到し、成す術も無く飲み込まれる。

 彼女は悲鳴をあげなかった。ただ必死に剣を振るい、龍の首から脱そうと足掻いている。されど現実は残酷なもので、二体を除いた全ての龍が彼女を食らっている首と合体した。

 熱量は通常の火では済まされない。地獄の業火が如き火の前では鎧も頑強な肉体も意味は無く、溶けた鎧は形を保てずに彼女よりも先に姿を消した。

 全裸になった彼女の身体もまた、獄炎によって炭に変えられていく。

 皮膚は無くなり、臓器は燃やされ、神経の一本一本まで激痛を覚えながら――――彼女はその意識を闇に落とした。

 激痛によって何も考えられなくなった彼女に遺言は無い。灰となって地面に残され、その様を見た兵達は即座に降伏を宣言した。

 

「直ぐに諦めてくれれば、此方としても助けるのは吝かではなかったのだがな」


 ネルは戦いを始めた時から既にクラリスの力量を看破していた。

 本気を出す必要など無く、例えノインやザラと激突したとしても彼女は負けていただろう。実力者の部類には収まるが、所詮はそこまでだ。

 非常識に勝てる程、彼女は己を見極めきれてはいなかった。

 それが敗因。己ならば理想を達成することが出来ると傲慢になったからこそ、最後は無残に終わった。

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