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最終章:愚の頂点

「来たな」


 ネルの目にゆっくりと首都を目指すポラリスの者達が映った。

 彼等の装備は報告通りに金属の鎧を纏い、槍や剣に木材が使われている様子は無い。あるとすれば弓兵の矢であるが、この分であれば鉄の矢を使っていても不思議ではないだろう。

 装備が重くなれば移動するのも難しくなる。それを補う為に馬で移動し、戦闘時のみに注力している辺りは基本に忠実だ。

 そして、ならばこそ。彼等を率いている人間も元は騎士だったのだろう。

 前を歩く女性は金の長髪を後ろで結わえ、風に靡かせるままにしている。その背後を進むのは直剣を持った頭部を覆うフルフェイスの者達。

 女性か男性かはその姿だけで判別出来ず、ネルも然程気にせずに剣を抜いた。

 

 構えはせず、ただ待つだけ。

 一体多において待つのは愚策以外のなにものでもないが、彼は敢えて待つことを選択した。その理由は、単に目前に迫る者達と話をしてみたかっただけだ。

 彼等が悪意を持って首都を落すのか、何か事情があって首都を落すのか。

 仮に首都を落したとして、彼等はどのような政治をするつもりなのか。それが民衆に納得を得られる内容であると、胸を張って宣言出来るのか。

 聞きたいことは多くある。その全てに答えてもらえるとは思っていないが、それでもネルは尋ねることを止められなかった。

 やがて進軍の足は目前に迫り、クラリス・バッフフォードが剣を掲げて全員を停止させる。彼女は馬を操り一人進み、ネルと対面で向かい合った。


「このような場所で一人で居るとは、何者だ?」


「そうだな、お前達が呼べと言った神の一人だ」


「……そうでしたか。 これは失礼しました」


 頭を下げ、されど馬からは降りず。

 明らかな無礼であるにも関わらず、実直である態度は崩さない。それどころか、彼女は剣を鞘に納めることもしない。

 貴族が相手であれば憤慨して罵倒の一つでも送っていた。礼儀を欠いた振舞いは総じて愚か者として映り、何時の時代でも馬鹿にされていたものだ。

 だが、その様が彼女には似合わない。女性騎士として崩した格好をせず、凛とした佇まいは非常に好感が持てる。

 その内側に如何なるモノを飼っていたとして、外見は生真面目な女とも取れる。

 故に、ネルはその行いが無礼であると思えない。寧ろ逆に、その様こそが正しいのではないかと脳裏に一瞬だけ流れた。


「首都を落すのがお前達の目的か?」


「落すという表現は些か適当ではありません。 我々は暴挙の限りを尽くす王族や貴族共の手から首都を奪還し、元の国に戻そうと思っているだけです」


「成程、理由としては正しいな。 なら、首都を手中に収めて最初に何をする?」


「先ずは私腹を肥やしていた者達の処刑と財の没収です。 その財を用いてこれまで虐げられていた民に過税分を返し、縮小してしまった各種生産業を復活させます」


 クラリスが語る内容は、およそ現在の平民達が望んでいることだ。

 贅を尽くす人間から財を取り上げ、適正な額だけを残して後は全て返す。その後に農業や畜産業等を活性化させ、一先ずは民が飢えによって死ぬことを回避する。 

 時間が掛かることであるし外獣の懸念は残されたままだが、先に解決せねばならないのは間違いない。地盤の緩い状況で外獣と戦ったとしてまず勝ち目は無いのだから。

 暫くは貴族側の負担の方が強くなるが、それ自体は予想されていたことだ。我慢は幾らでも出来るであろうし、彼女のような考え方をしている貴族ばかりであれば余計な騒ぎを起こすこともない。

 ――だが、ネルは事は簡単には済まされないだろうと確信を込めた質問を送る。


「その事実はどのように保証する。 全貴族がお前の話した内容に納得を示したのか」


「勿論です。 誓約書も作成し、全体の纏め役であるベルモンド家が確りと保管しています」


「ベルモンド……ベルモンドか。 では、そちらの言い分はまったく効力を発揮しないな」


「何故でしょう」


 ベルモンド家が良い顔をしていたのは建国時からずっとだ。それは現代にまで続き、ナノの言葉が無ければ悪事を働いていると露見することは皆無だった。

 今回も全ての纏め役はベルモンド家。過去と未来の厄介事が重なる瞬間に、ネルは思わず怒気を纏う。

 ベルモンド家が誓約書を持っているのなら、今頃は破棄されているだろう。彼の家の目的は国の安寧ではなく、玉座を手にしてあらゆる物を手中に収めたいことだ。

 その過程で嘘を重ねることなど当たり前で、裏切っても罪悪感の一つも抱かない。そもそもベルモンド家からすれば、自身の家以外の人間が仲間に見えていない。

 故に裏切りは裏切りに思えず、嘘は事を動かす歯車でしかなく、クラリスはベルモンド家の表の顔に騙された。

 引き抜いた剣が徐々に熱を発していく。周囲の空気が揺らめき始め、その様を見たクラリスは目を細める。

 

「お前は外獣達があらゆる街を無視して首都を目指しているのを知っているか?」


「……いえ、それは知りません」


「では、他国が国境線沿いで此方を見ているのを気付いているか?」


「……」


「お前達の行動そのものが争いを誘発させている。 外獣達は首都内を荒し、これを好機と見た複数の国が侵略活動を開始するだろう。 弱ったままの国が勝てる見込みは皆無だ」


 火とは真逆にネルの言葉は冷たかった。己の行いがどのように見られているのかを冷静に理解しろと告げ、彼女は反論もせずに口を閉ざして思考を巡らせる。

 そもそも、彼女には信じられない情報ばかりだった。この戦いは短期間で終わる筈で、大規模な戦いに発展しないと会議の最中で語られていたのである。ベルモンド家が提供する外獣を引き寄せる餌を用いて首都周辺にまで引き寄せ、その姿に焦った王族達が軍を派遣し、防衛の薄くなった首都を背後から襲う。

 極めて短い期間で事が終われば他国が介入する余地も無い。奪った直後は混乱状態となるであろうが、それも直ぐに収まると考えていた。

 餌など最初から有りはしない。外獣は何故か人を無視して首都を目指している。その全てを嘘と断じることは可能だったが、誰も率いずにネルは大群の前に出た。

 己を神と宣言した上での言葉の数々は少なからず他者に影響を与える。話の内容とは違うと兵同士が相談を始め、ざわめきは静かに拡大の一途を辿っていた。

 

「――私は信じぬ」


 平原に力強く剣を突き刺し、彼女は声高らかに神の言葉を虚偽と断じた。

 それがどんな意味を持っているのかを解った上で、彼女は覚悟を秘めた眼差しでネルを睨む。


「貴方の言葉には裏付けとなる証拠が一つも無い。 それに、仮に真実であったとしても止まることは不可能だ。 王族が屑であるのは真実であるし、その屑に群がる貴族共も総じて屑。 止めれば正義の種は潰え、後には悪徳の花しか残らない。 ――やるしかないのだと、私の中にある正義は叫ぶのだ」


 最早事態は止まることを許さない。

 前に進むことだけが唯一の道であり、後に待っているであろう地獄を迎えるしかないのだ。突き刺した剣をネルに向け、堂々とした立ち姿で宣言する。

 戦いは避けられない。どちらかが滅びるまで、この戦いは永遠に続く。

 疑問は些事。必要なのは敵か味方かであるかだけ。彼女の姿に兵達も武器を構え、眼前に居る神の如き男を敵と定めた。

 全てを聞いたネルは一度目を閉じ、開く。金の目は太陽が如く輝き、刀身の周囲には炎が渦巻く。

 背後からも炎が噴き出す。その炎は形を変えていき、九体の龍となって兵士達を睨む。そこに宿る本気の殺意は、恐らく兵達がこれまで受けてきた中でも最高だろう。

 

「ならば結構。 審判の時間だ」


 九体の内の二体が敵に向かって突撃を開始した。

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