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最終章:蜃気楼

「皆様方は背後を振り返られなくて構いません! 邪魔する者は此方が撃ち抜きます!!」


 剣が躍る。

 担い手の居ない剣群が空を翔け、外獣の群れに突撃する。その数は幾百にも上り、ただ通過するだけでも無数の外獣の命を刈り取り続けた。

 通過し、生き残った外獣は突撃する討伐者達によって止めを刺される。満足に動けずに無慈悲に命を奪われ、何が起きたのかも解らないまま目の前の群れは倒れ伏した。

 敵の状態を暫し観察し、全員に号令を掛ける。彼女はこの世界に来てから未だ日が浅いものの、ザラの関係者であることで最初から全員が指示を受けて動いた。

 馬に乗り込み、走りつつ――ノインはこの終わりが見えないような戦いでどのような終わりが訪れるのかを考える。

 外獣の群れは極端な力を持っている訳ではない。今の彼女であれば簡単に屠れる相手ばかりで、仮に剣が効き辛い敵でも数で押し潰せば圧殺することも出来る。


 安全圏から剣を無造作にぶつけ、それを突破する者には討伐者達が対処し、更に超えてくる外獣をノインが殺す。

 三つの壁によって首都への侵攻を防ぎ、なるべく後方に居るであろうシャーラ達への負担を抑える。それは彼女自身が望んではいないことであるが、現代へと続ける為には必要な行動だ。

 溜息を吐く。剣群は数が多くなればなる程に数の暴力を押し付けることが出来るも、同時に負担も大きくなる。

 剣は全て彼女の支配下だ。ノインの意識が僅かずつ剣に宿り、彼女の思考に合わせて変幻自在に動きを変える。数が少なくなればなる程に動きの精度は増していき、反対に数が増えれば大雑把な動きしか行えない。

 格下相手であれば通用するだろう遺産だが、格上相手となると考えて戦わなければ負けてしまう。ザラとネルのような大味の技は無く、故に今の彼女は軽い頭痛に襲われていた。

 

「んー、この分だと後五百本くらいが限界かしら?」


 目を閉じて使える数を計算し、片目だけを開いて北側を見る。

 西側に進んだ際、遠目でも外獣の群れが見えた。精確な数は不明であっても、そこには確かに何かが居ると視認出来ていたのだ。なのに北側にはそれが無い。

 戦闘中でもそうでなくとも、何時まで経っても上から増援として来ることは無いのである。

 ネルが抑え込んでいるのかと彼女は考えるが、時間的に単体で全てを抑え込むのは難しい。少しであろうとも漏らすであろうし、そうなれば彼女は見つける筈だ。

 そうでないのなら――北側に外獣は居ない。絶対に有り得ない状況が目の前で起き、彼女は口角を笑みに歪めた。

 

「ザラ兄様の予想通りね。 あっちが本隊で、こっちは囮。 本当は国軍を動かしたかったのでしょうけれど、予想以上に王族達は臆病だったと」


 首都をなるべく無傷で手に入れたいのであれば、やはり敵戦力は居ない方が良い。外獣を嗾けて軍を吐き出させ、彼等が外獣に注意を引きつけられている間に玉座を取る。

 だが、王族達は想像を超える程に憶病だった。多数の騎士によって王城全体を囲み、そのまま政治を回す人間達と一緒に完全に引き篭もってしまったのである。

 これでは折角外獣を集めたというのにまるで意味が無い。順当に攻め込み、その上で騎士達を殲滅しながら玉座を奪う以外の方法が無くなったのだ。

 まさしく誤算である。大して結果は変わらないとはいえ、やはり外獣を集めるのは苦労したのだろう。その苦労をこんな所で無駄にしたくないと、彼等なりに考えたのは間違いない。

 

「剣神様。 周囲に敵影がありません」


「居ない? ……私達が倒した数を報告してもらえますか」


「はっ、報告に嘘が紛れていなければ五百は既に倒しています。 ですが、首都を半ば完全に包囲した状態で攻め込むには少々数が少ないと思われます」


「首都は小さくはない。 それなのに数が少ない? ……まだ何かあると見るべきね」


 片側だけでも千は居ても不思議ではない。それだけの戦力を覚悟したというのに、走れど走れど敵の姿が見受けられないままだ。

 討伐者達も首を傾げ、警戒を強めていく。何が起きても動けるようにと円形に進み、南側まで移動した際に漸く遠くから動く陰を捉えた。

 しかし、それは外獣ではない。馬であり、先頭を進んでいるのはザラだ。数は少なくなったものの討伐者の姿も見え、生き残った者達は皆大喜びで馬を走らせた。

 再会した者同士で抱き合い、涙を流して喜びを露にする。死んでしまった者も居る中で、それでも彼等は悲しみよりも喜びを優先した。そんな面々が並ぶ中で、酷く真面目な顔でザラとノインも顔を合わせる。


「生きていてくれたか」


「早々死ぬつもりはありません。 それよりも」


「解ってる。 ……どうにもこの状況、妙だ」


 周りを見渡すが外獣は居ない。北側に居ないのは予想通りであるが、南に居ない理由が理解出来ない。

 数が用意出来なかった?途中で外獣達が我に返って元の場所に戻った?他国の人間が秘密裏に処理をしてくれた?

 可能性は浮かぶが、これだと言えるものが無い。だが、ノインよりも選択肢を多く持っているのはザラだ。

 

「ノイン、雷神降臨の内容は覚えているか」


「一通りは。 ……何かあるのですか」


「本来、この外獣大侵攻は俺達ではなく勇士と呼ばれた者達によって解決されていた。 皆が不思議な能力を備え、その内容の詳細は知らないまでも全て強力だったと聞く」


「ですが勇士は贋作の中でしか登場しません。 本物の方には勇士の姿は――」


「何故、お前は本物だと思った本の内容を全て信じているんだ?」


 ザラの予測にノインが指摘をするが、そもそも前提がおかしい。

 本の内容を記した人物は名前も含めて全て不明だ。ザラの出来事があったことで現代の面々は一冊の本を真実だと思い込んだが、そこにも間違いが含まれていると考えたことはなかったのか。

 情報の欠落、意図的な手抜き、政治的事情による削除。

 歴史の中で燃やされた本は数限りない。雷神降臨は当時であれば重要な情報が記されていた筈であり、検閲されていないとどうして思えるのか。

 何の確証も無い。全てが直感任せであるが、彼には勇士が居るようにしか思えなかった。

 ノインも自分の中の思い込みを自覚し、何故ここまで簡単に本の内容が全てだと確信してしまったのかと恥じ入る。

 考えてみればその通り。ザラが出てくるからそれが真の本だと断じ、これまでそのまま進んでいた。実際の状況を知るのは全てが終わった後の世界を記した者だというのに、特に不思議に感じずに受け入れていたのだ。

 

「では、その勇士とやらが南側の敵を?」


「可能性としては十分に有り得る。 他の可能性もポラリスの面々を尋問すれば自ずと判別出来るだろうさ。 その前にネル様が纏めて殺しそうだけどな」


「……有り得ますね。 今は緊急時ですので」


 騎士として職務を熟している訳ではない。

 侵攻を止める為として皆殺しは基本だ。捕獲するのは偶然生き残った者だけとなるだろう。

 そんな者が詳しい内情を語れるとは思えないが、無いよりは良い。一先ずは小休止を取り、首都を挟んで一直線に北側を目指す。

 戦いが終わっていないのであれば加勢するし、終わってしまったのであれば後始末をするだけだ。

 王達への報告はザラの仕事であり、彼でなければ新たに現れた神を疑って二人の怒りを買ってしまう。折角戦いが終わる寸前だというのに、追加で騒ぎは起こしたくないのだ。

 休憩の後に一斉に走り出す。真っ直ぐに矢のように進む様に、恐怖も不安もありはしない。

 全員が立ち去った後、平原は無人となった。生命の息吹を感じさせない空間は無情で、何も残ってはいない。

 ――だが、何も居ないと断言した筈の場所に突如として何者かが姿を現した。黒い陰の如き二つの姿は揺らめき、馬の立てる土煙を眺めるだけ。

 

 それは歴史に残らず、記憶に残らぬ者の姿だった。

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