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 早朝の清んだ空気は身体に心地好い。

 新しくなった剣も過不足は無く、元の鉄剣としての有り様をそのまま自身に見せていた。

 人目の付き難い小さな広場で最近は鍛練を積んでいる。以前よりも場所が狭い故に十全ではないが、その分は依頼による実戦によって磨いていた。

 自分が以前よりも強くなったという自覚は無い。一撃一撃の勢いも見違えず、俺の描いた軌跡は相も変わらず凡庸だ。

 こんな剣筋。ちょっとでも練習すれば誰でも出来るようになる。

 向上の気配が見えない自分に溜め息を吐きたくなるものの、それを抑えて今日も剣を振る。

 最初は馴染めなかった鉄剣も最早慣れた。今ならばあの剣と同じ軌跡を描ける自信はある。

 それを行い続けて、人の気配が外に多くなった時点で止めた。

 

 宿屋へと走って戻り、ナノを起こす。

 彼女は酷く朝に強い。俺が起こさなくとも自分で勝手に起きれるのだが、出来れば一緒の朝食が摂りたいということで起こすのだ。

 といっても、肩を揺する事は無い。ただ声を掛けるだけで彼女は起きる。

 そのまま鍛練に向かう前に汲んでおいた、冷えた井戸水が入った桶へと向かい、顔を洗い始めた。

 彼女の寝巻きはあまり質の良いものではない。薄汚れた白い麻の上下は貴族の感性で見れば安い物で、けれども彼女はこれを選んでいた。

 質素倹約。年頃の女性貴族の言葉にしては些か似合わないものの、それが彼女というものなのだろう。

 朝の挨拶を交わし、俺はそのまま部屋の外へ。

 彼女の着替えが済むのを待ち、共に宿屋の食堂で食事を済ませる。


「相変わらず硬いわねこれ……!」


「一般的なパンですからね、致し方ないかと。 それで、今日も護衛でよろしいですか?」


「ぐぎぎぎ……ん? その予定よ」


 明らかに淑女が出してはいけない声を漏らしていたが、その辺は無視だ。

 貴族らしさが抜けて逆に丁度良いとも言える。彼女がこのまま平民の生活に慣れ親しんでいけば、もう誰も疑わなくなるだろう。

 食事を済ませた彼女はさっさと道具を集め、俺と一緒に広場に向かって歩を進めた。

 街の風景は以前と変わらず。何処までも日常的で、されど複数から視線を受けることが多くなった。

 その大部分は俺と同じ職の冒険者。先日最速でランク二へと上がったことで、少なからずの注目を集めているのだ。

 注目を受けるのは俺の良しとするものではない。可能な限り見ないでもらいたいものだが、それを強制するのは違うだろう。

 

 隣を歩くナノの苦笑の声が聞こえる。

 顔を隣に動かせば、当の本人がどこか面白そうに此方を眺めていた。


「ちょっとした有名人ね?」


「止めてください。 それに、貴方も嫌でしょう」


「正当なものなら構わないわよ。 あんたは成果を出したんだから、そこは堂々としていないと」


「こういう視線は慣れませんよ……」


 鍛えていた頃は見知らぬ誰かの注目を集める事はなかった。

 兄妹達とは対等だと思っていたし、今も師は尊敬している。自分が正の方向で見られるのは騎士団に入って功績を積んでからだと思っていただけに、現在のこの注目は決して心地好いものではない。

 広場に到着してからもそれは一緒だ。彼女が集まってきた子供達に授業を施している最中も、護衛役の俺に視線を向けられている。

 今日の仕事は他に無い。なので全面的に彼女の手助けをするべきなのだが、どうにも動き難い状況が続いていた。

 いっそ討伐依頼に出たい。森の中で外獣を追い掛けていた方が気が楽というものである。

 だが、これは彼女に対する礼だ。防具も剣も買ってもらった以上、その恩は必ず返す必要がある。

 だから、無数の視線を向けられながらも努めて意識は周囲に向けていた。


『ーーーー』


 どれだけの時間が経ったか。

 時に子供達の補助までさせられた俺は彼女の隣で立ちながら、新しく増えた視線の主を探す。

 人の感情は難しいもので、明るい出来事があったとしても全員が明るい気持ちを抱えている訳ではない。

 例として挙げるならばこの視線だ。これまでは好意的な感情が乗せられていたが、今回の視線には悪意が乗っている。

 針の如く鋭い悪意は、怒りと取ることも出来るだろう。その正体を探して、漸く見つけた先に居たのは複数の男だった。

 俺が一つの視線だと思っていたものは、実際は複数人のものが乗せられた大きな感情だったのである。

 身形は決して良いとは言えない。殆どの者達の防具は破損や汚れが目立ち、しかして見える範囲の肌には一切の傷を負っていなかった。

 違和感のある出で立ちだ。防具を破損させる相手と戦ったのであれば、相応に怪我を負っていても不思議ではないだろうに。


 そのまま暫く眺めていると、視線の主達は静かに雑踏の中に消えていった。

 不思議な相手だ。悪意をぶつけず、そのまま消えていくのは我慢強いのかと思うが、そうだと断じるには違和感が残る。

 まるで何か目的があって離れたようにも見え、その意図が一切読めないからこそ違和感として感じるのだろう。

 身形が冒険者であるのは間違いない。ならば、俺に関係しているのは確かだ。

 ナノに迷惑をかけない形で処理してしまった方が良いだろう。悪い展開に転がるにせよ、彼女に勘付かせる訳にはいかない。

 幸いと言うべきか、ナノは授業に意識を傾けていた。今の彼女に俺の姿はまるで見えないだろう。

 そのまま残りの授業時間を平穏無事に過ごし、彼女と軽く雑談を交わしながら宿屋へと戻る。

 

「すいません、少し出てきます」


「良いけど、どうせギルドで依頼書でも見るつもりでしょ?」


「ははは、その通りです」


 時間にして夕暮れ。もう間もなくギルドの扉は閉ざされる。

 その前にギルドに向かい、情報を集めようと彼女の理由を利用して外に出た。

 既に殆どの人達が帰っている中を歩くのは難しく、ギルドに到着するまでの間に普段以上の時間を使ってしまった。

 建物からも冒険者の気配は少なく、恐らくほぼほぼ居なくなってしまったのだろう。

 この時刻の中で子供の俺は嫌に目立つ。浮浪児であれば家無き者として誰も見向きもしてくれないが、防具を纏っていれば一定数は好奇心を帯びた眼差しを向けるものだ。

 最早慣れたギルド施設は、やはりというべきか人が少ない。

 冒険者もそうだが、職員の数も少ないのである。これ以上は誰も依頼達成の報告をしないだろうと決め、店仕舞いを始めていた。

 そんな中での俺の登場だ。職員達の視線を集めるのも自然であり、冒険者達も何事かと意識を向けるのも当然だ。


「すみません、聞きたいことがありまして」


「はい? なんでしょう」


 受付の女性はこの前とは違う。 

 だが、そんな事はどうでも良いのだ。俺は質問をしに来ただけなのだから。


「あの、変な方々に睨まれていたんです。 破損と汚れの目立つ防具を着ていた男達なんですが、妙に怪我らしい怪我がありませんでした」


 普通、武器も防具も破損や汚れが目立てば店で修理をお願いするものだ。

 だが、あの連中は真っ先にそれをしなかった。此方を悪意を乗せた眼差しで見つめ、そのまま消えただけである。

 防具が汚れているのに本人が一切汚れていないのも怪しい。あれで依頼を達成した人間だと思うのも難しいだろう。

 俺の質問に対し、受付の女性は眉を寄せる。明らかな不快が籠った目はしかし、俺に向けられたものではなかった。

 同時、その場に居た他の冒険者達も嫌悪の感情を滲み出す。実際に見ていなくとも肌で感じる嫌悪感に、思わず目を細めた。

 明らかに厄介事の種だ。それもこの街ではずっと昔から存在していた、随分と根が深い問題だろう。

 新しい悪意の種が此方に向かっていた。

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