最終章:危険な未来に向けて
「明確な証拠がある訳ではありません。 ですが、ポラリスの侵攻と外獣の侵攻は両方同時に抑える必要があります」
残酷な真実を受けて顔面が白くなったシャーラであるが、それを心配する余裕は無い。
首都を落す為に彼等は莫大な戦力を投下した。これで外獣とポラリスが激突しないのであれば証拠として十分。しかし、俺達はそれを証明する時間を持っていない。
一早く位置に付き、殆ど真向から受け止めねばならないのだ。この首都周辺には防衛用の防壁が殆ど存在せず、全て兵士達の犠牲によって被害を最小に抑え込んでいた。
そうなっているのは単純に王が防壁用の予算を捻出しなかったからだ。自身の贅の為に削れる部分は削り、最悪な状況を作り上げている。
外獣対策はこの時代でも基本中の基本だろう。中でも壁は一番手っ取り早い。金は掛かるが、雑魚を防ぐ分には十分な効果を発揮する。
「この首都に壁はありません。 同時に戦力も殆ど王城を守ることに費やされています。 単純に防衛では多くを素通りされてしまうでしょう」
拙い壁を作って、そこで待っても敗北するだけだ。
ならば首都を出て直接叩く。外獣もポラリスも全て、軒並み真向勝負で潰すしかない。厳しい戦いとなるのは当然、俺達だって無事では済まない可能性がある。
俺達同様に遺産を使う人間も居る筈だ。恐らく能力は操作系。洗脳や特殊な条件を達成することで操作権を得る遺産であれば、大量の外獣を動かすことも難しくはない。
ポラリスは北から攻めてきている。外獣はほぼ全方位で、幾つかの街に迫っていた外獣の群れは潰した。
一部は削ってもまだまだ外獣は居るだろう。首都の外獣は殆ど殲滅しているので離れるのは可能だが、かといって何も考えずに真正面から激突すれば討伐者達が全滅しかねない。
それどころか此処に居るシャーラが死に、俺達の血筋が絶える可能性もあるのだ。彼女が居なくなれば歴史の時系列が乱れ、俺達の存在が無かったことにされかねない。
「ネル様、ノイン、二人は何処までの範囲を攻撃出来ますか?」
「全力だとすると……街一つにいくかどうかかもしれんな」
「私は剣の本数次第ですので、意識が保てればいくらでも無理は出来ます」
「ではネル様はポラリスをお願いします。 人対人に討伐者達は慣れているとは言い切れないので」
「なら俺一人にしてくれ。 俺の全力は見境無く被害を与えるから、周囲に誰も居ない方が良い」
「解りました。 ではノインは西側に居る外獣を殲滅。 完了したらそのまま円を描くように南に向かい、東に向かってくれ」
「了解です。 ザラ様は東ですか?」
「ああ。 東から同じ様に西を目指す」
殲滅担当は俺達だ。討伐者達を三部隊にして内二部隊を此方に付け、最後の一部隊で回っている間に漏れ出ている外獣達を殲滅してもらう。
北側に外獣が居ればそのままネル兄様が倒すだろう。あの人も大概人を外れているので、剣撃一つでも羨ましいくらい最高の結果を叩き出す筈だ。ノインに関しても実力は問題無い。
共に最高峰の剣士だ。単体で集団に匹敵する剣士など、向こうには殆ど存在しないだろう。
戦闘能力の無いナノやナジムといった人間は一ヶ所で固まる。護衛にシャルル王女といった戦える人間を数人配置するが、そこまで辿り着かれたら基本的に此方の敗北だ。
最悪は首都を放棄することも考え、柔軟な行動を全員に伝えた。
最後の準備だ。腹は空いていないが、それでも無理にでも食べ物を詰め込む。どうせそのまま放置されれば腐るだけだ。貴族の食事ではないが、シャーラも無我夢中で食料を口に運んだ。
彼女は最後の一部隊を率いる立場となる。討伐者達から何か言われることもないだろう。
「馬での速度なら一日では到着することはありません。 外獣も体力があるので、無理を押して進んだ場合なら三日と見るべきでしょう」
「二日目の段階で俺は足を止める。 だから万が一そっちが失敗したとしても助けには入れない――――まぁ、最初から失敗はしないと信じているが」
「ではその期待に応えましょう。 私はザラ様と合流して首都に帰還します」
シャーラ達をなるべく危険度の低い役割に付けたが、不安は残る。漏れた外獣の能力が高ければ、彼女達が皆殺しにされるかもしれない。
どうか最悪なことにはなるなと願いつつ、剣と毒付きナイフと非常食と水を持って馬に乗り込む。
精鋭達も三つに分け、シャーラ達の所に四人付けた。本当は彼等は神に付き添いたいと思っているだろうが、何よりも守らねばならないのはノインを除いた女性陣なのだ。
全員、何かを誓い合うような真似はしなかった。帰ってくるのが当然だと全員が認識していて、それは俺も一緒だ。
不安はある。恐怖も無いとは言わない。だが負けるつもりは毛頭ないと断固たる決意もある。
世界の平和の為にというよりは、俺達の幸せの為に。明日に続く道が無いなんて、そんなのはあまりにも悲しいだけだろう。
精鋭や討伐者達の先頭を走る。
参加した討伐者の中には東側で戦っていた者も居るようで、彼等から実際の被害について聞くことが出来た。あちらも良識ある貴族が壁を設置したり避難施設を建設したそうだが、その悉くが最終的に潰されている。
生き残りが存在しない村が多く、町もまた同じだ。騎士を多く有していた街だけが今も立て籠もりを続けていたようだが、外獣が離れたことでその立て籠もりも無くなるだろう。
次は無い。ポラリスが動いた段階で最終段階なのは明白だ。全力で攻め、迅速に首都を占拠し、攻めてくる他国を外獣の力も使って完全に飲み込む。
大陸制覇。或いは、世界制覇。そうそう簡単に出来るとは思えないが、彼等にとっては実現可能な現実として見えているのだろう。
ならば、その希望を砕く。人間ではなく、神として。
理不尽な力で牙を剥いてくるのであればそれ以上の理不尽で上から押し潰す。人の理を逸脱してこそ、神は神としてそこに居ることが出来るのだ。
「神様、どうか先陣は我々に任せていただきたい」
「何故だ?」
「万が一があってはなりません。 御身が戦うことは悔しいことに避けられませんが、それでも傷を負うべきは人であるべきだ。 ……それが、この世で悪を働いた種族の取るべき責任の払い方でしょう」
精鋭の一人が強い想いを込めた目を向けつつ、俺に希う。
神が死ぬことは許されない。神が負傷することに討伐者は耐えられない。だから、人同士が戦うのであれば傷付くのは人だ。それこそが自然の道理であり、人が払うべき責任でもある。
これを簡単に否定することは出来るだろう。外獣は人ではないし、別の理で生きている者だ。ある種別次元同士の戦いであると言うだけで、彼は言うべき言葉を飲み込まなくてはならなくなる。
だが、それをそのまま否定するのは憚られた。強い意思の宿った言葉が、あまりにも俺には眩しくて。
だから俺は無言で頷くだけに留めた。喜びを露にする彼の姿を見て、剣に意識を向ける。
彼の想いは純粋に喜ばしい。喜ばしいが、それでは殉教者になりかねない。俺は彼等に信者になってほしくないし、殉教者になんてもっとなってほしくない。
人は己の意思で全てを決めるべきだ。良いにしろ悪いにしろ、自身が納得するにはそれしか方法がないのだから。
「精鋭達を先駆けとし、その次に他の面々で突撃せよ。 私も討伐者と共に突撃を行う。 死ぬ気で挑めよッ」
『応ッ!!』
怒号が如くに響く返事に、どうか全員生きてくれと願わずにはいられない。
神が見ているのであればどうか彼等に祝福を。俺のことなんて気にせず――寧ろ俺を犠牲にするつもりで彼等を救ってください。