最終章:街の実像
精鋭達が避難民を追い掛ける。
休憩をしたお蔭で体力は万全であり、馬も最初の頃と同じように元気だ。水を飲みながら周囲を見渡し、共に護衛をしていた討伐者の面々と一時的な再会を果たす。
精鋭達の登場に討伐者達は喜んだ。何せ実力的に強く、明確に怪我を負っていない。今まで街内に居たので気力は有り余っているだろうし、交代するには十分。精鋭達もそのつもりで討伐者の内の何人かと交代して、神住街へと向かうよう指示を下した。
精鋭達を率いるのは、この中で最も実力を有している序列三位。
自警団の意思決定の一部も担っている男は筋骨隆々な身体を周囲に見せ付けつつも、避難民達に気さくな笑みを向けていた。
第一印象は大事だ。特に風貌が悪い人間程、最初の態度で全てが決まると言っても過言ではない。今でこそ精鋭の内の一人として尊敬される立場になったが、それより前は貧民街の一員としてゴミの山を漁る日々だった。
徐々に改善されていく日々の中で、此処に居る避難民を恨んだ回数も多い。あのままの日々を過ごしていたのであれば、どれだけ善良な心を持っていたとしても悪意の刃を放っていた筈だ。
それが所詮、八つ当たりだったとしても。
当時の男であれば間違いなく決行していた。それをしなくなったのは、やはり己を見つめ直す機会に恵まれたからだ。
神との鍛錬の中で己に問い掛け続け、稚拙な恨みを一喝したが故に、男は研鑽を第一として傲慢も憤怒も捨て去った。共に強く在ろうとする者達と模擬戦を重ね、拙い言葉ながらも議論を行い、彼等は彼等なりに自己の改革を行ったのである。
その結果が精鋭と呼ばれる者達であり、例えどれほどの称賛を浴びても慢心しない強者の集団。神を守る盾であると定められた時から、彼等の心にはある種の使命感が宿り続けている。
新たな面子によって守られた避難民達は四日の旅を行い、大きな湖の存在する街に辿り着いた。
石と土によって構築されたコの字型の石壁に囲まれ、扉部分は全て鉄で作られている。両脇に立つ男達は屈強そのもの。巨大な斧を持って巌の顔で避難民に視線を向けず、避難民全員が動きを止めたと同時に全力で門番が扉を開けた。
内部の街は家屋が多く存在し、巡回をしている騎士のような者達も見受けられる。商店も幾つか建ち並び、一部には畑のある農地もあった。
一見すると、彼等の目に映る街の風景は悪くはない。
透明な湖は飲むのに適し、家屋から出てくる人間も痩せ細ってはいなかった。かといって暴行による痣も見受けられず、騎士と市民が仲良く話している様も彼等は見ている。
「――ようこそ、我等がポラリスへ。 皆様の到着を心待ちにしておりました!」
避難民を迎えた人間は、貴族的装いの青年だった。
灰色の髪を少し長く整え、黒い瞳を輝かせて綺麗な礼を見せる。口元は常に笑みを湛え、人々の初見の印象としては快活な青年として映った。
「私はこの街を治めるナーロック家の息子です。 他にも少数の貴族の方々が協力してこの街を作り上げ、現在の危機的状況下にある首都から皆様を保護させていただきました。 此処で一先ずは寄り集まって生活をしつつ、首都の奪還を待つことになります」
ナーロック家の子息と名乗る青年の言葉に、避難民は目を輝かせる。
此処は永住の地ではない。一度は完全に外獣によって首都が支配されてしまうだろうが、必ず奪還して人々の生活を元の基準にまで回復させると目の前の青年は語っているのだ。
力強く宣言する様は自信に溢れ、何か手があるのだと匂わせる。その内容についての説明は無かったものの、それでも絶望的状況が続く中で前向きになれる人間に人々は希望を感じてしまうのだ。
とはいえ、貴族は貴族。これまで重税を課せられていたからこそ、もしやといった程度で彼等の理性は待ったを掛ける。
青年がどれだけ自信に溢れていたとしても、結果が伴わなければ何の意味も無い。期待を掛けるに留め、今は一先ず他の避難民が運んでくる食料を全員で受け取った。
護衛達はそれを暫し眺め、やることは終わったと馬を元の首都へと向ける。
壁に囲まれたこの土地には外獣の気配は無い。あまり寄り付かないのか、あるいは屈強な男達が倒しているのか。
単純な筋力であれば自分より上だと精鋭の男は判断を下す。技量に関しては実際に戦ってみなければ解らないが、油断の出来る相手とは思わぬように気を引き締める。
偵察は無理の無い範囲で。雷神からの言葉を肝に銘じ、他の討伐者達にも同様の言葉を送って全員を動かす。
男の言葉だけであれば流石に全員が動くことはないが、雷神からの言葉であれば皆が動く。神の言葉に背くようであればその時点で居場所は無くなり、神住街も追い出されることだろう。
「お待ちを! 皆様は討伐者の方々で間違い御座いませんか!?」
「……なんだ?」
帰ろうとした男達に一人の馬に乗った人物が駆けてくる。
長い金髪を靡かせた銀の鎧を纏った女性だ。真剣な顔で男達の進行方向を遮るように馬を動かし、乗ったまま頭を下げた。
「私はこの街の守備隊の長をしております。 クラリス・バッフフォードと申します」
「グランザ、と申し、ます」
「どうか普段通りで。 私は言葉の丁寧さで人を判別しません」
「なら、これで。 一体どんな用件だ?」
金の美女は見るからに整った風体をしていた。
肌は健康的な白さを保ち、鎧は磨き上げられてよく整備されている。腰に差した銀の鞘に納められた剣の柄も複雑な模様が刻まれ、されどそれが儀礼用ではないのは彼女の隙の無い様子から明らかだ。
特別な地位に居なければ彼女の装備は用意出来ない。見た目だけならば、不敬ではあるものの神の持っていた剣よりも非常に立派だ。
「外獣討伐を専門としていらっしゃる皆様方にこの近辺を一日だけ守ってもらいたいのです」
「そっちにも外獣を倒せる奴が居ると聞いたが?」
「確かに居ますが、戦力は多ければ多い程に安心出来ます。 特にこの状況ではどれだけの敵が現れるかも解りません。 神の使者として人々を守護している方達であれば、如何なる外獣にも勝てると信じています」
「そうかい」
グランザは考える。
元より頭脳派ではないのであまり深く考えられないが、現在この街には多くの避難民が居る。人々を守る為であるならば、討伐者はそのままこの街に滞在して彼等を守るべきだ。
とはいえ、この街に居る何者かが外獣大侵攻を起こした原因である可能性が残っている。そのことを加味した場合、ただ守るだけでは何も解決しない。
元より、全ての決定権を持っているのは雷神だ。あの人物が守ることを決めたのであれば彼等は迷いなくこの街を守るし、滅ぼさなければ平和にならないのであれば迷いながらも滅ぼす。
「悪いが、決定権を持っているのは我が主だ。 あの人が許可を下したのなら兎も角、俺達が勝手に決められねぇ」
「では、一度話し合いの場を設けるのはどうでしょう。 既にナーロック家の方に許可を頂いておりますので、此方に来ていただければ直ぐにでも場を整えさせていただきます」
「神を呼ぶと?」
「今はあの方達も動けません。 無礼を承知の上で、どうか一度お考えを」
再度真摯に頭を下げる彼女を見て、グランザは溜息を零した。
グランザはまだ大人しい部類の人間だ。これが精鋭の中でも一番若い者であれば、感情に任せて暴言を吐いてしまいかねない。
これまでも貴族の側から神の居る場所に赴いていた。王族も一緒で、今回が初めてのことである。
あの雷神であれば動くかもしれないが、やはり一度持ち帰って話をするべきだろう。今のでこの街の評価もグランザ内で定まり、なるべき丁寧さを心掛けて別れを告げた。
討伐者達全員で戻りながら他の三名を呼ぶ。偵察をする為に潜入出来ればと考えていたが、門の重さや警戒している人数から侵入はまだするべきではないと全員が判断していた。
「どうやら、あの街は我が主を軽んじているようだ」
「――それはどういうことだ」
グランザの言葉に、精鋭の一人が怒気を露にした。
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