最終章:避難所
人々が荷物を持って逃げ出し、街内は酷く人の少ない環境が出来上がってしまった。
店には何も並ばず、施設は閉鎖され、建物の中には家具等の大きな物だけが残されている。金がある筈も無く、食べ物もまた残されてはいない。
皆が目指したのは謎の街。元はこの国のやり方を嫌悪した者達が集まって出来上がった町だったが、現在はその人数が膨れ上がったことで知る人ぞ知る街という状態になった。
人々はそこに向かい、一時的に救助を求める。通常は四方八方に逃げ出す筈だが、事前に話をしていたのだろう。
複数の案内人が彼等の道を作り上げれば、後は知らない者達も安心の為に避難の列に加わる。切迫した状況であればある程に人は他者を求め、そして首都からは人が消えるのだ。
避難自体は見事だ。されど、その街が叛乱を起こさない保証は無い。今はまだ外獣の襲撃が起きているので鳴りを潜めているだろうが、それも長くは続くまい。
「私達が街に向かうのは止めましょう。 そちらに向かってしまえば勝手に旗頭にされかねないわ」
「同意見です。 神の意向は他のどんな大義名分よりも強いですから。 その街の代表者の性格を知らないままでは行くべきではないでしょう」
「だな。 よし、一先ずは拠点の修復だ。 壊れている箇所を直しながら街中の物も適当に貰おう。 武器の一本でも今の我々には必要だ」
「修復は此方で進めます。 物資集めは外獣を討伐しながら徐々に範囲を拡大させて集めようと思いますが、どうですか?」
「それで良いと思うわ。 何よりも命を最優先にしましょう」
俺がある程度倒したとはいえ、まだ外獣の気配はある。
討伐者は今も避難をしている者達を守っている状態だ。現時点で残された戦力では首都全域を守るのは難しく、かといって首都そのものを放棄しては他国が一気に進軍して占拠するだろう。
此処の機能はまだ完全に死んだ訳ではない。再度外獣を殲滅すれば元の機能を取り戻すことは十分に可能だ。
その為にも今は先ず、物資を集めながら護衛達と共に残った外獣を殲滅する。安全地帯を確保せねば寝るのも難しい状況故に、その動きには迅速さが求められた。
早速携帯食料を食べ、護衛達と別れて進むことを宣言。今は戦力の集中よりも視界を広く保つことだと説得し、なるべく外獣との戦闘経験を持っている者達で円形に進む。
その中にはシャルル王女の姿もある。普段とは異なる装いのまま剣を握っている様子は新米冒険者に見えるが、彼女は別に剣を振れない訳ではない。
の中にはシャルル王女の姿もある。普段とは異なる装いのまま剣を握っている様子は新米冒険者に見えるが、彼女は別に剣を振れない訳ではない。
寧ろ率先して鍛錬を積んでいた人物だ。男子として教育されてきたからこそ、強さに関してはノイン程ではないにせよ信用に値する。
されど、彼女は王族。この時代では関係無いと彼女は言い出すであろうが、それでも現代で生きていた人間にとっては関係が一切無い。
「どうか御傍を離れぬようにお願いします」
「解っているとも。 戦いの経験はあるが、何が起こるかはこの時代では解らない。 君は僕に後ろに居ることを望むが、此方としては前に出ていた方が気分が楽だ」
「……何時か此処で何らかの組織を作る時、貴方様のような人物は必要です」
「だから綺麗な恰好のまま椅子に座っていろと? 君は父上が座っているだけで王になれた人物だと思っているのかい?」
「そうは思いません」
「だろう? 僕だって盗賊退治や外獣討伐の経験はある。 完全に任せろとは言えないが、足を引っ張らない程度には振れるさ。 ――だからあまり気にしないでくれ」
剣を軽く振りながら快活に答える姿に、これまでのシャルル王女との違いを見た。
此処に居る頃の方が彼女は自然体だ。以前までの王族としての振舞いをしていた彼女はやはり男性として意識していたが、今は中性の麗人と呼ぶのに適している。
格好次第でどちらの性別にもなれる人間。それが今の彼女で、されど個人的には女性であった方がらしいと言える。
どうしても守らねばと思うし、気にするなと言われても気にしてしまう。なるべく早い段階で彼女には落ち着いてもらいたいものだが、父王のことを考えるに未来は不安だ。
俺とシャルル王女は二人で首都を巡り、死肉を貪る外獣を殺す。何時でも守れる位置で意図的にシャルル王女の戦いを見てみたが、不安視する程剣の腕が悪い訳ではなかった。
王族として活動していながら外獣をある程度倒せるのであれば十分だ。
心配する方が失礼に当たると思いながら、そのまま並み居る者共を纏めて殺す。漁りながら解ったのは、避難民は最初からある程度の準備を進めていた。
外獣大侵攻が起きる直前までは大きな話題になっていなかった筈なのに、彼等はもっとずっと前から荷物を纏めていたようなのである。
これでは外獣大侵攻が起きると予め解っていたようなもので、故に怪しいことこの上無い。
或いは、彼等全員が反逆の意思を示す為に首都を離れようとしていたのか。腐敗した上層部を捨て、避難先の街で新たな国を一から作る。
一国を作り上げるのは並大抵のものではないが、この事態だ。上手く利用すれば貴族達を一掃して自分達の国に変えることも狙える位置にある。
「ザラ殿、やはりこの事態は違和感が多い」
「此方も同じです。 どうにも用意周到に過ぎます。 仮にこの国に愛想が尽きて離れるとしても、一人も準備が遅れていないなんて有り得るのでしょうか」
一番の疑問はそこだ。
あちらこちらの建物に入ってみたが、総じて食料や資金が無い。脱出に持っていけない大物や要らない物だけが残され、箪笥を開けてみれば服すらも襤褸の物以外は残らず持っていかれている。
首都が襲撃されるのは予想の外だった筈だ。俺だって大慌てで外獣を討伐していたのだから、何も知らないままでなければおかしい。
――――考えられるのは一つ。
俺もシャルル王女もその可能性に確かなものを抱きつつ、先ずは安全圏確保の為に室内を漁らずに外獣を倒す。今漁ったところで何も出てはこないだろうし、それは恐らく他も一緒だ。
首都の外まで外獣を滅ぼしたいが、何処に穴が開いているかも定かではない。避難民は殆ど姿を消しているので、安全圏を明確にした上でそれ以上を守るのは止めるべきだ。
ある程度捌き、資材がある場所を探して頭に叩き込む。まだ無事な資材が置かれている場所はやはり巨大な商店が維持している倉庫に多く存在し、そこまでの道を安全にした方が良い。
商店に置きっぱなしになっていた襤褸の籠に工具類を入れ、破れている布を被せて紐で飛ばないよう縛る。
外に出ると殲滅した分の補充かの如く敵が湧き出し、あまりにもの数に内心辟易だ。多いのは解っていたが、似たような敵ばかり倒していると何時絶滅するのかと疲れてしまう。
それでも街の安全の為には倒し続けるしかなく、皆の元に着く頃には三桁も外獣を屠っていた。
幾らかの血で俺とシャルル王女の服が汚れ、帰ってきた俺達を迎えたナノが直ぐに水の入った桶を用意する。俺とシャルル王女は着替えながら顔に掛かった血を濡れた布で拭き取り、収穫をナノとナジムに伝えた。
「では、御二方は避難民の向かった先に外獣を誘導した者が居るのではないかと考えているのですか?」
「あまりそう思いたくはないがな。 だが、状況から判断するにその可能性が極めて高い」
「ただ逃げただけなら私達も然程気にしないのだがな。 こればかりは疑問を持つなという方が無理だ」
俺もシャルル王女も、外獣大侵攻に関する詳しい部分は知り得ていない。
本では不思議な力を持った勇士と王弟の巧みな指揮で倒したことにされているが、元凶については一切触れていなかった。あれは物語だからこそ納得出来るのであって、実際に起きれば不可解の塊だ。
勇士は居らず、王弟はこの場には居ない。本での状況とはあまりにも剥離し、最早参考にするべきではない。
自分達で解決するのであれば、もう実際に行くしかないだろう。
「ナノ様。 他の者達が帰還し情報を統合次第、何名かで件の街に偵察に赴きたいのですが」
「……この疑わしい状況で調査しない手は無いか。 ――解ったわ。 でも、偵察に向かうのはあんたじゃない」
「では精鋭達に行かせますか?」
「ええ。 四名で行かせ、なるべく深入りさせずに戻しましょう。 まだ碌に情報も無いのに深入りは出来ないし、彼等が善意の使者であることは否定出来ない。 現状、その街は避難民を受け入れているしね」
安全圏に居たままでは何も解決する気配は無い。このまま外獣達を無作為に殺し続けても持久戦に持ち込まれて敗北し、国としての形は保てなくなる。ならば元凶と思わしき箇所を調べ、それが真であれば叩いて潰すだけだ。
新しい目標も定まり、帰還した者達からも俺達と同様の報告を聞く。戻った者達を休ませながら同じことを説明し、二日後を目途に出発することを決めた。
外獣大侵攻が終わるかは解らない。解らない筈なのに――奇妙な感覚が俺に終わりだと囁いた。