最終章:炎と剣の評価
「敵の出現方向は我々の居る街よりも更に西にある森林地帯です」
三人だけとなった部屋の中でシャーラは気持ちを整えて地図の一部を指差す。
彼等が居る街は西の街・シャクティー。その街よりも更に西には広大な森林地帯が広がり、外獣はそこを根城として無限に等しい数で襲撃を仕掛けている。
個々の強さはシャーラ曰く雑魚。一般の人間相手であれば食い殺されてしまうだろうが、彼女や討伐者であれば然程困る程の実力を有していない。これといった能力も無く、明確な戦術がある訳でもなく、ただ群れを成して襲い来るだけだ。
それでも数が膨大となれば、一種の災害となって街を飲み込む。
辛うじて外獣用に備えられていた壁と近くに居た討伐者達が協力してくれたお蔭で波を塞き止められたが、かといって次の波が無いなどと誰も思いはしない。
「無事な人間で壁の補強をしつつ、怪我人達を無事な家屋の中に運んで医者に見せています。 ……討伐者達は致命傷を負ってはいませんが、負傷自体はしています。 再度の攻撃が始まった時に同じ実力を発揮出来るかどうかは解りません」
壁は補強しても、崩壊の兆し自体は一度見せている。
であれば、どれだけ補強を施したとしても最初に比べれば壊れ易い。弓や槍を用いて戦ってくれた領民達も多くが戦闘不能となり、最初の戦力を既に確保出来ていなかった。何名かに近隣の街に救援を送らせたが、来てくれるとはシャーラは想像していない。
何処の街も外獣の脅威に怯えている。大きな被害を受けた街の住人が逃げ出し、今頃は大きな声で誇張しながら自身に起きた悲劇の数々を伝えているのだ。
そんな状況で助けに来てくれる戦力が居るとすれば、拠点を持たない根無し草か複数の拠点を持つ大きな組織だけ。その観点から見るに、ネルとノインは前者に該当すると言える。
何か明確な結果を残さない限りはその日の食べ物すら用意出来ず、特にこの街で確りとした神の逸話を残さない限りは折角ザラが作り上げた虚構を表に出してしまう。
「つまり、森林地帯に生息する外獣達を撃破すれば良いのか。 単純だな」
「簡単な話で良かったです。 政治的な話をされてしまうと身動きが取りづらくなってしまいますから」
外獣の波は確かに恐ろしい。恐ろしいが、しかし二人からすれば大きな問題にはなりえない。
一日中休むこともせずに戦い続けろと言われれば流石に苦しいと思うも、今回は外獣の殲滅だ。敵は本能的に動く生物であり、シャーラが観測した限りでは知性的な個体は散見されない。
であれば、彼等に脅威を押し込めば良いだけだ。ネルとノインという、決して手を出してはいけない者が居ると本能に刷り込ませれば外獣は自然と森の奥地に引っ込んでいく。
絶滅にまでは追い込めないものの、今はそれで十分。壁を再構築することと鍛える時間を稼げれば、長い時間は掛かれど外獣を神に頼らずに倒すことも可能だ。
今はただ、完全無欠の勝利を取らねば良い。時間を稼ぐことさえ出来れば勝利に繋がるとなれば、ネルもノインも緊張せずに挑めるというもの。
二人の落ち着き払った姿にシャーラは流石と感嘆しつつ、先ずは自身の考えを口にした。
「これからの戦いにおいて重要なのは先手を取ることです。 相手の動きを逐一手に取り、なるべく後手に回らざるをえない状況を作り上げるのが理想だと考えています」
「具体的には?」
「先ずは罠です。 この地点からこの地点までの範囲に街にある全ての罠を設置し、出鼻を挫きます」
シャーラの指差す地点は森と街の間だ。一直線に目指した外獣達を狩猟用のトラバサミや溝に嵌め、先頭を転倒させる。
転がった外獣達の背後に居る者達も巻き込めれば儲けもの。連携を取る前に体勢を崩すことで攻撃の隙を作り出し、罠に嵌まった瞬間を狙って油を塗って火を点けた矢を放つ。
単純な物理攻撃では住民は敵わないが、燃やせば大怪我を負わせることが出来る。致命傷になるまでは時間が掛かるものの、討伐者が出る前であれば一般的な方法だ。
森林の資源は貴重であるので飛び火させない為にもこの地点にしたが、それ以外にも弓の限界距離も加味されている。この時代において弓や投石器が最長の武器であり、猟師達が人々に教えたお蔭で数だけは揃っていた。
命中精度を気にする人間はこの中には居ない。敵は無数に居るのだから打ち込むだけで何かには命中する。
油は高価だが、今は命こそが最も高価だ。使える油を全て使い、一気に燃焼させてなるべく多くの外獣を一網打尽にする。
その上で生き残った外獣達が街に迫った時、討伐者達が率いる剣の部隊が近接戦を仕掛けるのだ。
「では、我々は近接戦の中に入りましょう。 私達の得物は剣ですし、それに炎でしたら丁度良いですから」
「俺の独壇場になるかもしれんな。 一気に燃やしてやろうじゃないか」
ネルの戦意に合わせ、全身から高音の風が発生する。
室内を一気に夏の猛暑に変えかねない程の熱量に、されど本気の片鱗は無い。火すらも出ていない状態で触れるのも恐れる熱量を有し、その本気の欠片を見せただけで街の人間は全て焼死するのではないだろうか。
雷の威力をシャーラは知っている。実際に何度も受けたからこそ、それに匹敵しうる炎は正に神の御業。単純に燃やすだけではない姿を彼女は己の目で見るだろう。
それは彼女にとっての奇跡で、外獣達の不運だ。
「近接戦には私も出ます。 これでも雷神様に教えを受けましたから」
「――そうだな。 アイツが積極的に関わった時点でそちらには期待している。 アレはかなり理不尽を嫌うからな」
「理不尽を嫌う、ですか?」
「ああ。 理不尽な行いを特に許せず、その所為でかなりの面倒事に首を突っ込んでいた。 アレは貴族のような種を嫌っていてな、そんな中から関わりを求めたのであれば我々も期待している」
「……それほど、貴方様の中では雷神様は大きいのですか?」
「大きい――とは違うな。 唯一無二、他に並ぶ者など居ない位置に居るのがアイツだ」
「勿論私もですからね。 あの人の信じた人間であれば私達も協力することは吝かではありません」
二人の雷神に対する評価に、シャーラは驚きを感じていた。
見た目だけならば炎の神の方が体躯は完成されている。大人と呼ぶに問題は無く、未だ見た目だけなら未熟なザラよりも大きな決定権を持っていると思えてしまう。
ノインはザラよりも更に未熟な身体をしているように見えるが、その思考は落ち着き払った大人の女性のものだ。常にネルの背後に立ち、不似合いで綺麗な立ち姿を維持している。
シャーラも同年代の姿を見ているが、彼女を見てしまうと全てが劣っているように感じてしまう。あらゆる美が彼女の味方となり、どうしてノインが美の神ではないのかと不思議に思うばかりだ。
女が剣を握るのは貴族社会では非常識とされている。ノインもまた貴族社会から見れば非常識の部類に入るが、誰も今の彼女を見て文句を言いはしないだろう。
欠点らしい欠点が見つけられない。所作一つ、剣を持っている姿も合わせ、彼女はその姿で一種の完成を果たしていた。
そんな二人が全面的に信じるのが雷神。
改めて、あの神が規格外であることをシャーラは理解した。そして、この時代にそのような神の教えを少しでも受けられた事実を天空神に感謝する。
そのまま街の案内や人々への紹介を二人と始めていき、意思疎通も柔軟に済むように進めていく。
一緒に罠を仕掛け、一緒に溝を堀り、一緒に食事をし、騎士や討伐者達と交流を深める。誰に対しても真摯に向き合う様に、この街に住む人間の心にも確かな信仰心が芽生えたのだった。