最終章:雷天
暫くの回復を行い、その間も監視の目を緩ませることはない。
早めに回復した騎士を使って偵察に向かわせ、少なくとも周辺には居ないことは確認された。隠れている個体が居る可能性は否めないが、そんな可能性だけで足を止めることは出来ない。
ガディール伯爵は何とか此方に留まってほしいと考えていたが、それが出来ないことも向こうは承知している。
常備しておいた食料に追加で食料と水を別けてもらい、そのまま馬を別の街へと走らせた。
一応、この街に居る騎士の一人にナジムへの報告を任せている。道中で騎士が死ねば俺の所在が伝わることはないが、戦っていけば何時かはナジムも此方を捕捉するだろう。
次の目的地はこの国にある大規模農場地帯だ。肥沃な大地を持つ場所故に、外獣が繁殖するにも適している。
そこを荒らされればこの国の食料自給率は底辺にまで低下するだろう。絶対に守らねばならない場所であり、恐らくそこならば王宮の援軍も来ている筈だ。
自身の生命線は守りたいだろうし、ただでさえ重税によって民は怒りを募らせている。
この上食料まで無くなれば、いよいよ王宮は鮮血の処刑場に早変わりしてしまう。穏便に済ませる為にも、次の王へと引き継がせる為にも、民を刺激するあらゆる要素は守らねばならない。
現在地から目的の場所までは約七日。その間に何ヵ所かの町を巡り、町を襲撃している外獣は一体も残さずに殺し尽くす。
普段であれば素材として回収もしているが、今は放置するしかない。巡った町の中には既に人が全滅した場所も存在し、血肉が地面に残されている。
女も子供も、老人も若人も関係無し。外獣にとってはただの餌か自身の悦楽を満たす為だけの存在であり、全ての人間は弱者であると敵は感じているのかもしれない。
もしもそうであるのならば、屈辱的な話だ。人は弱いままで、どれだけ足掻いても勝てないのだと断言しているのだから。
「見えてきました! ……ですがッ」
「此方も既に見えている。 大分火の手が上がっているな」
討伐しながら八日目。近くにまで来た俺達を迎えたのは、無数の火の手が上がった建物達だった。
木材の建築物も農場も燃え盛り、よくよく見れば人のような形をした物体も火の中に居る。急いで水筒の水で火を消すが、中に居た人は黒焦げた炭の塊と既に化していた。
肉の焼け過ぎた臭いに眉を顰め、ゆっくり降ろして周辺を確かめる。
耳を澄ませれば今も戦いを続けている音が聞こえた。その音の方向に足を進め、初めて俺は他とは異なる外獣と出会う。
人を襲っていた個体は全身に炎を纏い、触れる箇所全てを燃やしている。ただ歩くだけで災害となり、水の無い場所であれば被害の拡散は極めて迅速だ。
それが大量に居るのであれば広大な農地も全て燃え尽きる。それを避ける為にも倒していくしかないのだが、全身が炎に包まれている所為で何処を狙えば倒せるのかが解らない。
一発でも攻撃して外せば、即座に炎に全身が包まれる。重度の火傷となれば大量の回復薬を飲まねば動くのも儘ならなくなり、そのまま別の個体に燃やされるだろう。
見た目だけなら炎の巨人だ。
体長は一般家屋と同程度。非常識に大きい訳ではなく、さりとてその巨体でも十分に脅威にはなる。
先ずは炎を引き剥がすことが先だ。馬で駆けながら剣を抜き、刀身に雷を巡らせる。想像するは波であり、認識する人間全てを外すように横に剣を振るった。
途端、莫大な量の雷の波が炎の巨人に襲い掛かる。相手はそれを認識する前に雷によって全身を吹き飛ばされ、その内側にある姿を露出させた。
出てきたのは骨。黒く染まった骨は人の形を取り、その周りに炎が肉のように付着していたのだ。
内臓は存在せず、故に生物の弱点も一つも存在しない。既に滅んでいるのだから、再度滅ぼすことは常識的に考えて不可能だ。
俺の雷によって炎の巨人と対峙していた者は此方に気付く。声を掛けて情報を得たいが、まずは相手を押し返すのが先決だ。
「弱点部位を探す。 二名は消化用の水を探せ!!」
「了解! では私とマインで水田用の水を持ってきます!!」
二名は戦場から離れ、護衛三名が緊張の面持ちをしている中で雷を適当に振るう。
雷が命中した箇所は簡単に粉砕され、足や腕が消失した部分は再生しない。そして頭部に直撃した瞬間、全ての骨が崩れ落ちた。
弱点は頭部。そこが全身を維持し、活動を行う何かを生み出している。
炎に包まれているものの、頭部の位置は明瞭だ。炎が肉の役割を持っているからこそ、部位も解り易くなっている。
護衛達もその姿を見て表情が幾分か和らぐ。これで何処を潰しても復活するようであれば絶望ものだが、如何に世の理の外に居る外獣であっても得意と不得意は存在している。
彼等は有用な攻撃方法を持ってはいたが、それが無くなってしまえば非常に脆い。雷の威力も大きくはなかったので、この分ならば剣士として鍛えていれば骨を破壊することは出来る。
最善は槌による一撃だ。切断よりも破砕の方が一発で沈黙する可能性が極めて高い。
「先にあちらの人間と話を付けてくる。 他の面々は近い順に討伐を」
「はッ」
護衛内でも隊長のような役割を持った男が答え、彼等をおいて雷を足に纏って走った。
距離は然程長くはない。今にも殺しそうだった巨人を通り様に切り捨て、騎士達の前に立つ。
「救援に来た。 ――っと、もしや王弟殿の?」
「アルバルト様の護衛隊長をしております」
騎士達の顔は以前見たことがある者ばかり。その中の一人に声を掛ければ、やはり王弟の護衛をしている人物だった。
「では王弟殿も此方に居るのか」
「はい。 我々は領地で待機してもらうことを願ったのですが、最前線でなければ情報は得られないと来てしまったのです」
らしいと言えばらしい。
王弟が直接動くのは本来避けるべきだが、情報を隠蔽される前に直接見ることが出来れば真実の全てを知れる。
特に彼は今立場を強くしなければならない。そうしたのは自分だが、彼も今は受け入れている。だからこそ逃げに徹することを良しとせずに攻め続けることを選んだ。
その過程で何人もの人間が死のうとも止まりはしない。鍛え上げた者達がきっと道を作ると信じて、彼は彼で出来ることをする。
自分の領分と相手の領分を見極め、各々が出来ることを全力で取り組む。それは正に、支配者に必要な素養だ。
そして、俺は彼等に死んでほしくない。鍛えた者達が悪戯に消える現実など認める訳も無く、敵の弱点を早急に共有した。
振り返り、迫る敵達を見る。
眼球の無い黒い穴のような目に、愉悦を思わせる黒く弧を描いた笑み。悪意に満ち満ちたその表情を覆すには、今ある戦力だけではとても不安だ。
覆すには何が必要なのか。
それは当然――圧倒的な力だ。何もかもを塵に変える、神にも等しい暴力。現実を歪めかねない力こそが今を変え、明日へと続く道を作れる。
雷ならそれが出来る。ならばやらない道理が何処にあるという。
溜めて、溜めて、溜めて、溜めて。刀身が極光に包まれようとも、なお溜めて。
広域殲滅。俺が脳裏に描いた未来を現実に出すには、僅かな溜めでは足りない。だから足を止めて、剣を横に構え、皆の希望を形に変える。
神ならばそれくらいやってみせろ。
己を奮起させて、ついに刀身が悲鳴の如き金属音を発し始めた。最早直視した瞬間に失明しそうな程の輝きを持った剣に、解放の号令をあげる。
王弟殿。どうか貴方こそが、次の世を作る王様になってください。
「禊祓――雷天」
本の一節にあった言葉を借りて、抑え込んだ雷を一斉に解き放った。