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最終章:災禍の波

 生活の基盤が徐々に構築されていく。

 質は向上し、様々な物品も増えていき、最近は他国の商人ですらも街中で積極的に販売をしていた。この国では見られない珍しい品の数々に人々は注目し、そのお蔭で多額の金銭が流れている。

 とはいえ、商人達は全額をそのまま他国に流したりはしない。補給の為にも、自分達の国では手に入らない品物を手にする為にも、他の街で金を落すのだ。

 経済の循環とは需要と供給によって成り立ち、回復し始めた今のこの国にとってその循環は絶対に途切れさせてはならない。

 貧民街の住人もその点は理解している。元は商いを営んでいた熟年夫婦を筆頭に幾つかの人間が貧民街に商品が流れるように街の人間や他国の商人と相談し合い、安定的に品物が揃いつつあった。

 最早貧民街と呼ぶ人間も居なくなり、この一帯は新しく神住街と呼ばれるようにもなっている。神が住む街という安直な名付けであるものの、その効果は凄まじい。

 

 治安は俺が鍛えた自警団達によって他の区画よりも良くなり、人々の性格も争いを好まない温和なものに変えた。

 追い詰められた者特有の餓狼の如き相貌は消え、若者達の中には街の人間と付き合って結婚を考える者も出ている。目覚ましい変革は彼等の意識を容易く塗り替え、平民でありながらも安易な振舞いは避けるようにもなった。

 これはナジム曰く俺の影響らしく、神が見ているかもしれないのに馬鹿な真似をするなど言語道断だそうだ。実際に彼等を見ている回数は少ないが、ただそこに居るだけで効果は永続する。

 首都内でも屈指の治安の良さを誇るようになった神住街に移り住みたい人間も急増している。何とか空いている土地に家を建てて住みたいと希望し、大工達は毎日腕を振るい続けているようだ。

 新しい人間が新しい風を生む。人々の入れ替わりもまた循環の一つであり、次第に誰もが元は貧民街であった事実を忘れていくだろう。

 

 良いことが続くが、さりとて物事は全て良いだけではない。

 悪い面は当然ある。それは人ではなく、外獣の急増だ。ベルモンド家が所有する鉱山地帯から無数の外獣が出現し、それらが国内の各地に分散して様々な生態系を築いている。

 海の中で、山の中で、森の中で、敵は繁殖と進化を繰り返して巨大な勢力を作り出した。その規模は国家が全力を出しても解決するかどうか不明な程、一種絶望的な状態だ。

 まだ情報は国内全域にまで広まっていないものの、討伐者の間ではその話は有名である。なるべく漏洩しないことを厳命しているが、何時かは何処からか情報が広まるだろう。

 ついに来た、というのが俺の本音だ。これまで討伐者の数を増やしつつ、なるべく全員が死なないよう育成を進めていた。

 その中には朝に出会った少年も含まれ、遊びの範疇ではあるが身体を鍛えている。

 未だ基礎の中ではあるが、身体が成長すれば正式に武器を持たせた訓練を積ませる予定だ。それまでに彼が諦めてしまえばそれまで。しかし、彼は今のところ元気に熟していた。


「東西南北全てに討伐者を派遣させ、更に各地を歩き回る商人からも情報を得ました。 外獣達が一斉に姿を現し、近隣の村々を襲撃しているようです」


「生存者は?」


「……討伐者達からの情報では全滅です。 肉片と骨だけが発見されましたが、生存者は皆無でした」


「そう、か」


 ナジムからの残酷な情報に、室内で重い息を吐いた。

 討伐者達は総じてある程度の外獣を討伐出来るだけの力を備えている。数も増やし、首都を守りながら別の箇所に動かすことも既に可能となった。

 それでも、国内全域を守れる程ではない。それにどれだけ人員を増やしたとしても勝てない個体は居る。

 その個体達も実際に確認され、見つけたと同時に撤退させていた。倒すにせよ、入念な準備が必要となるのは確実。如何に遺産の力があるとはいえ、俺自身の地力が不足していれば倒されかねない。

 

「外獣達は首都を目指しています。 既に王の命令によって兵士達が防衛線を張ったそうですが、食い破られるのも時間の問題でしょう」


「その前にある程度此方で被害を減らすぞ。 ナルセやアルバルト殿とも連携して殲滅ないしは弱体化させ、後処理を兵士達に任せる」


「解りました。 では神住街に常駐している討伐者や自警団の人間を動かしましょう」


「いや、それでは万が一がある。 そちらを動かすよりも――俺が動く」


 戦線を維持するには物資の供給と士気の高さが大切。そうでなければ敵と戦うだけの気力も湧かず、ふとした拍子に敗走者を出すことに繋がる。

 その維持をあの王達が考えるかは疑問だ。使い潰されでもしたら、それだけで今後の兵力に問題が出る。

 討伐者達も国力と呼んで差し障りが無いかもしれないが、あちらは人間同士の戦いを想定していない。戦うことは出来るが、あくまでも戦う相手は外獣だ。

 それに、彼等が国の命令を聞くとも思えない。俺の教えを受けたが為に、彼等は自身を神の使徒と思っている節がある。それで調子に乗るようであれば崩しようがあったのだが、逆に誇りを胸に他者を率先して助けていた。

 これでは使徒を否定出来ない。故に、彼等は神の使徒として貴族達に変わって民を助ける。それが出来るだけの基盤が徐々に出来上がっているのも、彼等の躊躇いを消す理由になってしまった。

 兎に角、彼等を各地に派遣すれば百や二百の外獣を討伐することは出来る。しかしそれをすれば、一気に神住街の治安が悪化の一途を辿るのだ。


 ならば、俺が自分で動く。

 その宣言を口にした時、ナジムは目を見開いた。跪き、護衛達も震えながら膝を付いた。

 一体どうしたと困惑していると、彼等は感動を堪えた目で俺を見る。また何かを踏んでしまったかと頬が引き攣るのを感じつつ、そんな俺の様子を無視して彼等は次々に言葉を続けた。


「いよいよ、本当にいよいよ動くのですねッ。 ついに貴方様が殲滅に乗り出すとなれば、討伐者の方々も大層お喜びになるでしょう。 ――これぞ正に、聖戦で御座います!」


 聖戦。その言葉が室内全体に響き、数人の護衛がおおと感嘆の声を漏らす。

 俺としてはそのような自覚は無い。ただ単純に兵士達が前線を維持出来るだけの時間を稼ぐことと、単純に戦力を削りたいだけだ。

 本音を口にしようとして、しかしその口を無理矢理に閉ざした。

 彼等の興奮に水を差すのは躊躇われたし、何より今はその熱量が大事だ。感情論だけで全て解決する訳ではないが、熱意や勇気は人の限界を越えさせることもある。

 ならば、彼等が求めた答えたよりも先の未来を。明日を笑って過ごせる国にする為にも、俺は残酷を是とする。


「多くが死ぬ。 その中には当然、皆の隣人も含まれる。 その上で外獣は滅ぼさなければならない。 ……手を貸してくれるか」


『無論で御座います』


 一分の乱れも無く、跪いた者達は答えを口にした。

 信仰と希望を胸に、己に出来るだけの事を成す。人は決して滅ぶだけの脆弱な種ではないと、敵に知らしめるのだ。

 俺もこの熱に乗ろう。彼等のように常に熱に浮かされることは出来ないが、それでも一つの大きな波の如く災禍を飲み込んでしまおうではないか。

 高揚する気分に呼応するように、腰に差した剣も発光する。まるで生き物の如く稲光が室内を駆け巡り、口角が自然と吊り上がった。


「馬を使って最速で情報共有を行えるように手配を。 アルバルト殿やシャーラ嬢にも連絡を行い、合流はさせないようにしてくれ。 彼等は俺が居なくとも十分以上に動ける」


「直ちに。 では最初に何処に向かいますか?」


「港街・シラカバへ。 道中の敵を潰しつつ進む。五名の精鋭と一緒に動くが、ナジムが全体の情報伝達をやるんだ」


「解りました。 早速作業に入らせていただきます」


 どれだけの時間と、どれだけの犠牲が必要となるのか。

 ひしひしと殺意が近付くのを感じつつ、俺は未来で冒険者となる港街へ向かうことを決めた。

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