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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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最終章:過去を目指して

 保管庫には専用の鍵が必要となる。

 その鍵を保有しているのは騎士と管理担当であり、その内保管庫を守護する騎士を先にネルは気絶させていた。

 鉄製の鍵を鍵穴に入れ、音を立てずにゆっくりと開く。

 人一人が通り抜けられる程度で一人ずつ抜け、再度ネルは静かに閉める。戸締りを済ませ、更に追加で付近の棚などで扉を塞いだ。所詮は時間稼ぎにしかならないが、やらないよりは良い。

 ネルが塞いでいる間に他の面々が遺産に近付く。過去への逆行を可能とする遺産は、巨大な門だ。鉄製のようにも思える門の側面には番号が彫られた正方形の小さな石板が九つ並んでいた。 

 それぞれ一から九を示し、その番号を入力するこで特定の時代に飛ぶことが可能となる。

 右側面には数字を押し込める石板が存在し、左側面には燃料を入れると思われる開閉式の蓋が取り付けられていた。

 ナノは手早く石板を押し込み、ノインは異常が発生していないかを監視し続ける。門は駆動音を鳴らすこともなくゆっくりと開いていき、燭台だけで照らされた世界を更に光で照らし出す。

 

 ただ門を開いた程度では反対側が見えるだけ。単純に飾りとしてしか使い道がないように見えるも、その効果を理解した上で動かせば異音を鳴らすこともなく正常に動き出す。

 完全に開くまでには多少の時間が必要だ。その間は待つしかなく、彼等の焦燥を否応なしに煽る。

 巡回の騎士は彼等が気絶させた者達以外にも居るのだ。その者達は今頃ナノの部屋の前で倒れていた騎士を発見し、鐘を鳴らすべく走っていることだろう。

 王宮の警備は何時もより厳重ではあれど、人間である限り緩みは出る。その隙を突いて今回は最も実力が突出している兄妹が無力化したが、二回目も成功するとは二人は思っていない。

 まともに戦ったとしても勝つ自信は二人にはある。しかし、転移をするにあたってまともに戦うのは愚の骨頂。

 時間を稼がれてナノ達と別れてしまえば、ザラに会わせる顔が無くなってしまう。出来れば誰も此処に気付かずに転移が済めば良いのだが――――そう思った刹那、複数人の近付く駆け足が聞こえてきた。


「予想通り勘付かれたな。 数は三、気配の種類は……ハヌマーン様と団長と師匠だ」


「恐らく一番会いたくない方達が勢揃いですね。 ナノ様、完全に展開されるまでどれくらいの時間が必要ですか?」


「そんなに掛からないわ。 僅かな間しか転移出来ない代わりに準備も直ぐに済むから、突入に多少なりとて手間取ってくれれば――」


 ナノの言葉は、扉を吹き飛ばす轟音で掻き消された。

 鍵を持っているのは管理担当者に保管庫を守護する騎士のみ。急いで来た三人では鍵など無く、故にナノは少々の時間稼ぎが出来ると踏んでいた。

 だが、三人の中には圧倒的実力を有するヴァルツが居る。龍をも相手に出来る腕力を全力で振るえば、一瞬で扉を留め金ごと破壊するのも然程難しくない。

 規格外甚だしいが、師の強さを兄妹は理解している。出来れば来てほしくないと思ったのは、呆気無く扉が破壊されると踏んでいたからだ。

 砂堀を立てつつ、三人が全員の前に出る。

 騎士団長とヴァルツは剣を向け、その背後にはハヌマーンが静かに立つ。実力において真の最強が揃いはしなかったが、このまま時間を稼がれれば直ぐに揃ってしまうだろう。

 背後の門は既に半分以上が開いている。残り僅かな時間を稼げれば、その瞬間にネル達の勝利だ。


「――――予想はしていた。 貴殿らなら、必ず遺産を無断で使用すると」

 

 感情を抑え込んだ平坦な声は、聞くものの心に畏怖を宿らせる。

 未だ王族としての生活を僅かな期間しか過ごしていないが、少なくとも今のハヌマーンを王族ではないと思う人間は居ない。父親の現王の如く悠然と立つ姿は力強さに満ちていて、されど解る者にはそれが虚勢であることが見抜けてしまう。

 どれだけ父親に近付いたとはいえ、彼はまだ子供だ。見掛けだけの形を整え、今は対峙することしか彼には出来ない。

 とはいえ、その見掛けは貴族社会において大切だ。見栄を気にする者達にとって、今の彼の姿は他者を勘違いさせる一助になるだろう。

 そんなことは既にどうでも良い話。ネルは早々に評価を打ち切り、ハヌマーンに対して本心を露にする。

 

「申し訳ないと、思ってはおります」


「思った上で行動したのだろう? 私達が今後も使わないと想定して」


「はい。 客観的に見て、あの遺産は使用するには問題がある。 この時代に長期間門を維持出来ないのであれば、使わずに別の方法を模索するのがハヌマーン様の結論の筈」


「その言葉に否定は出来んな。 ザラ殿をこの時代に戻す為にも、貴殿達と二度と別れぬ為にも、私はこの愚行を止めねばならない」


 最早騒ぎは大きなものとなっている。

 騎士に暴行を働き、門は起動してしまった。不問とするには隠すのが難しく、王にも直ぐに報告が入るだろう。そうなった時、彼等に与えられる罰がどのようなものになってしまうかはある程度想像出来る。

 良くて国外追放。悪ければ、遺産の無断使用に対する見せしめとして処刑にされる。家の取り潰しとならないのは、彼等の家を潰したところで特に困りはしないからだ。

 平民として生活するのは彼等にとって大変ではあろうが、決して出来ない訳ではない。冒険者として一旗掲げられてしまえば、折角の罰が罰ではなくなってしまう。

 ハヌマーンは彼等の生存を望むが、世の中は個人の意思だけで決定されるものではない。客観的事実に基づいた批判行為により、この時代で生きていくのは最早彼等には不可能である。

 そして、そうなることをネル達は狙っていた。逃げられぬ状況を作り上げ、ハヌマーン達に諦めさせる為に。もしも止めに入られたとしても、生存を望むのであれば彼等はネル達の転移を容認するしかない。


「私が父上に頼もう。 私の地位を捨ててでも、貴殿らを必ず生き残らせる。 だから今は考えを改めてくれ」


「それは容認出来ません。 貴方様がその地位に付けたのは誰のお蔭ですか?」


 ネルは苦笑する。例えハヌマーンが自身の地位を捨てたとて、王が例外を許すとは思っていない。

 それにハヌマーンが今の地位を確立出来たのもザラあってのこと。ザラかハヌマーンのどちらかを捨てろと言われれば、彼は迷わずハヌマーンを捨てる。

 自身が向けるべき愛は目の前の彼には無いのだから。ハヌマーンもその事実に、顔を歪める。

 言葉を尽くしても彼等は止まらない。ノインもネルもナノも、彼等が信ずるはハヌマーンではなくザラである故に。

 だから、ハヌマーンはシャルルに目を向けた。女性の恰好をしている彼女に、複雑な思いを込めて。


「兄上。 兄上のその恰好は、何か訳があってのことですか」


「……今まで言わなかったことは謝るよ。 こんな事態にならなければ、王と相談した上で公表するつもりだった」


「何故言ってくださらなかったのかと尋ねはしません。 きっと兄上には兄上なりの理由があったのでしょうから」


「理解が良くて助かるよ。 ……その分なら、私が居なくなっても大丈夫だね」


「兄上!」


 微笑を湛えたシャルルの顔に別れの気配を感じたハヌマーンは叫ぶ。

 どうしてそうなるのだと。どうしてこんな結果にしかならないのだと。何か最善の手が残っている筈だと彼は訴え、しかしこの場の誰もがそんなものはないと解っていた。

 最初から彼等の中にハヌマーンに対する深い忠誠は無かったのだ。ザラの為に、ザラが彼をこの地位に押し上げたのだから、自分は彼を支えてあげねばならない。

 だが、それでザラが蔑ろにされるのであれば彼等は黙らないのだ。ただそれだけの話だった。

 言葉は不要。騎士団長とヴァルツは決意の固いネル達に何も言わず、無言で剣を構える。もう門は完全に開かれ、少しすれば再度勝手に閉じられる。

 攻撃を仕掛けて足を止めれば、二度目の門が開かれることはない。そして、ヴァルツは彼等の力量を把握している。

 決して出来ない訳ではない。故に半ば不意打ちの形で、ヴァルツは全力で足を動かした。

 強風が吹く程の速度で移動し、ネルの背後を取る。そのまま剣の腹で背中を叩こうと腕を動かし、気付けばネルの姿は何処にもありはしなかった。


「――ッ」


「見抜けぬと、思いましたか」


 声がしたのはヴァルツの真横。視線だけをそちらに向ければ、ネルの姿が何時の間にかそちらにある。

 移動した瞬間をヴァルツは視認出来ていなかった。気配ですらも、ネルの位置を正確に認識出来ていない。まるで自分が彼の居ない場所を攻撃したが如く、その様には少々の滑稽さもあった。

 身体を捻らせ、返す刃でネルを追う。今度は間違いなく捉えたと判断して剣を振るが、剣は彼の身体を通過するだけだった。

 残像。高速で移動出来る者しか出来ない高等技術。

 それが出来るのは僅かしかなく、強者同士の戦いの中では先ず見ることはない現象だ。では今度は何処にと周囲に意識を巡らせ――されどそれを知覚する前に彼の身体は突如として吹き飛ばされた。

 壁に叩き付けられ、何が起こったのか解らない彼の脳内は困惑に支配される。しかし遅れて訪れた激痛に眉を寄せ、その瞬間に自分は剣で殴り飛ばされたのだと理解した。

 地面に立つは、剣を振り切ったネルの姿。戦意も無く、殺意も無く、されど踏み込む隙間を微塵も感じさせない姿は剣士の目指す一つの理想。


「師よ、私は覚悟を決めたのです。 ならばどうして、勝てないと思いますか」


 ナルセは王族の盾である。

 その力をまざまざと見せつけられ、騎士団長は自身の未来を容易く想起させられた。迂闊に飛び込んだとて、ネルの身体に自身が触れることが出来るとは思えない。

 迷いも無い確固とした剣を持つネルの姿は、さながら巨大な壁。絶対に超えることを許さぬ意思の力の前では、あらゆる剣技も彼を通さない。

 凪いだ目がハヌマーンと合った。そこには何も無いというのに、ハヌマーンの全身には震えが走る。

 相手をしてはいけない。相手をすれば、殺される。

 完全な戦意喪失を前に、ネルは剣を収めて門へと移動した。他の面々も彼と同様に門へと向かい、その姿を光の中へと進ませていく。

 そのままゆっくりと門は閉まり――――彼等の姿は現代の何処からも消えてしまった。

 

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