最終章:訳あり一名追加
夜闇。
人は静まり、平和となった王宮では衛兵が欠伸をしている。
内側の騎士達も静かな状態で内部を歩き回っているが、今の王宮で悪事を働くことは不可能に近い。なるべく衛兵や騎士の暇を潰させる為に多数の人間が配置され、侵入経路も騎士団長が全て把握している。
自然風化によって出来上がった穴も職人によって塞がれ、泥棒が入り込めば即座に鐘が鳴らされるだろう。
至って平和そのもの。王の敵は全て排除され、貴族は全面的に跪くしかない。再度反逆をしようとするなら、あのベルモンド家並の財力を何処かで手にしなければならないのだ。
それは不可能と言い換えても良く、遺産もほぼ全てが没収された。嘗てオークションで手にした分は資金となって戻ってきたものの、金だけでは王を倒すことは出来ない。
不満を抱えつつ、時折王の部下達に嫌味を言うのが根っからの貴族の日常となった。それがますます自身の首を絞めることに繋がると解っていながらも、溜まり続けたものを抑えることが彼等には出来ない。その様を現ギルドマスター兼貴族達は冷めた眼差しで見ていた。
廊下を音も無く走る影がある。
騎士ですらその影に気付かず、無音の内に彼等の首に鞘が当てられ意識を落された。騎士達は何が起きたのかも理解出来ずに困惑の内に暗闇に落とし、影は扉をゆっくりと開けた。
中には月の光が差し込み、一脚の椅子と机を照らしている。その机の上には一つ分の空になったカップが置かれ、椅子には黒髪の美女が座っていた。
侵入者はゆっくりと彼女の元に向かい、自身の姿を月の光で晒し出す。
白い長髪が揺れる純白の騎士服に身を包む女性。ノインは緩く頭を下げ、ナノも簡単に会釈を済ませる。
今日はこの世界で最後に過ごす日。全員が職務を除いて好きなように過ごし、深夜の時刻にノインが迎えに参った。
既に道具類は冒険者が普段から使う巾着に入れられ、彼女の衣服もドレスではない。紺のズボンを穿き、上衣も含めると執事めいた服装だ。
男性向けの恰好にノインは不思議に思ったが、それについて何かを言うつもりはない。
人の恰好は十人十色。転移が終了すればノインも着替える予定であり、その恰好もやはり女性向けのものではない。効率を求めるのであれば男性向けの方が何かと都合が良いのだ。
そのまま部屋を出て、先程の速度とは反対にゆっくりと目的地を目指す。道中で会話をせず、巡回中の騎士を発見した際には別の道を使って目的地へと目指した。
やがて目的の管理部屋に到達し、そこで二人の影を発見する。
予定であれば此処に居るのは一人だけの筈。目論見が露呈して誰かが張っているのかと二人は警戒したが、相手が手に持つランタンによって一人はネルであることが解った。
「すまんな、予定外の人間が追加だ」
「追加ですか? ――何故、貴方様が此処に」
ネルが困り顔で告げた言葉にノインは困惑しつつも相手へと顔を映し、その姿に絶句する。
そこに居たのは第二王子であるシャルルだ。彼は悪戯が成功したような笑みを見せつつ、集まった経緯を簡単に説明した。
「なに、この国に必要な人材はもう揃っているからね。 私は政治上厄介な存在であるし、居なくなった方が良いんだ」
「厄介、ですか? シャルル様にそのような事情があるとは此方は聞き及んでおりませんが……」
「まぁね。 知っているのは王に兄上に、一部の人間。 ……後はザラくらいなものさ」
「――ザラ兄様?」
自身の兄の名前に、ノインは一番に食い付いた。
その食い付きを待っていたとシャルルは笑みを深め、外套で隠していた姿を晒す。ランタンを下に向けることで彼が今着ている服が何なのかを先に知ったネルを除いて全員が知り、絶句する。
そこにあったのは庶民向けのワンピースに革製の上着を纏った姿だった。男性用の代物ではなく、女性向けの恰好をしていることで全員が彼――彼女の秘密を知る。
「昔に色々あってね。 この時まで女であることを隠していたんだけど、別の時代に行ってしまえば秘密は永遠に秘密のままでいられる」
「公表すれば良いのでは? 確かに貴族達が騒ぐ内容ではありますが、理由を説明すれば納得すると思いますわ」
「ナノ、言わせないでくれよ。 今更僕が女性らしさを学んだところで付け焼刃になるのは解っているだろう? 貴族の男は女性に対して女性らしさを求める。 僕にそれは皆無だ。 実際、ザラに求婚したけど断られてしまったしね」
「何ですって」
ノインの目が細まる。剣の柄を力強く掴み、全身から殺意を滾らせた。
しかし、それを前にしてシャルルは一切怯まない。寧ろ挑発的に彼女を見て、その怒りに油を注ごうとしていた。
「ザラは恐らく女性に対する拘りが無い。 一度愛せばどのような性格でも許容し、好きなように生活して構わないと言ってくれるだろう。 それは貴族女性にとっては放置されていると思われかねないが、僕にとっては有難いことだ。 女性らしさが無くとも愛してくれる。 僕が求める条件的にも彼は理想そのものだ」
「理想が合致していたから求めるのですか? それでは政略結婚と一緒です」
「愛が無いとは言わないよ。 前々から彼には好意を持っていたし、彼の妻になれれば幸せな家庭を築けるだろうなと考えたことも一度や二度ではない。 子供を産むなら女性らしさはあまり重要ではないし、彼の子供は実際に産みたいしね?」
シャルル王女にとって、ザラとは一番都合が良い存在だ。
最初は興味から、次に弟を守ってくれた感謝から、それから幾つもの結果を作り出したことで素晴らしいと感じていた。
他の貴族男性には最初から期待などしていない。彼女が彼であった時も複数の縁談が来ていたが、その殆どが彼の齎す益を求めてのものだった。
男性らしさに惹かれ、真実を見ずに目先の欲を望む。正しく人間らしい姿であり、誰も自身の真実に気付かなかった現実に内心絶望していた。ザラもその点は一緒だ。
正体に気付かず、最初から彼女のことを男性として認識していた。彼女の期待には応えられなかった人間なのに、それでもシャルルは彼を理想だと思ったのだ。
それはこれまでの貴族男性とは異なる考え方をしていたから。腐るのではなく、前進だけを続けてあらゆるものを吸収して王宮の在り方そのものも変えた。
貴族の悪事を水と油の関係だった冒険者と共に暴き、ハヌマーンに進むべき道を示し、全員が笑顔であることを望んだ。
彼の居る場所は暖かく、貴族らしくない緩やかな雰囲気が流れていた。その集まりはさながら家族のようで、自分もその輪に加わりたいと羨望を覚えてしまったのである。
だからこそ、端的に家族になる方法を選んだ。尤もらしい言葉を並べ立てて理屈っぽくザラには説明したが、一番は誰をも受け止める暖かい世界に混ざりたかったから。
故に、殺意をぶつけられても彼女は止まらない。ザラと結婚が出来ないとしても、一度あの過去に行ってしまえばザラは絶対に見捨てない。
つまり、転移が成功した時点で彼女の勝ちだ。
一歩も揺るがないその姿に、ノインは彼女が本気であることを理解する。
「一度あちらに渡れば何処で死ぬかも解りません。 王子としての身分も無くなり、自分で自分の身を守る必要も出てきます」
「構わない。 王子ではあるが剣の指南も受けているのでね。 そこらの悪漢には負けないさ」
「……はぁ。 ナノ様もそれでよろしいですか?」
「私は別に構わないわよ。 結婚については話し合いが必要だけど」
「安心するといい。 僕は愛人でも構わないさ」
そうだ。家族になれるのならば愛人という枠でも構わない。
王に政略結婚を決められた時点でシャルルに正妻の座は既に存在しないのだから。それを求めてしまったら、過去に行くことも出来なくなる。
酷く前向きなシャルル王子の姿勢に女性陣は溜息を吐いた。その中で唯一、ネルだけはザラに向かって応援の念を送っていたのだった。