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最終章:物騒な来訪者

 夜遅くともなれば人通りは一気に消える。

 燃料は貴重であり、夜遅くに作業をしてしまっては燃料代だけで莫大だ。夕焼け頃を終業時間とし、人々は自分の家に戻って夕飯を食べてから就寝に入る。

 深夜に貧民街を通る馬車など存在しない。少し前は物騒であったことが原因であったが、今は馬車が限定されているのが原因だ。此処に来るのはシャーラ率いる偽装集団や貴族だけだ。

 そして、そんな者達は総じて夜遅くに来ることはない。例え来たとしても、馬車ではなくて歩きで来ることの方が多い。

 だからこそ怪しく、警戒をすべきことであった。閉じた瞼を開き、剣を腰に差して準備を整える。

 個室を出て、足は馬車の音がする玄関付近へ。特に足音を隠してはいないので、玄関付近で椅子に座って目を閉じていた護衛達も俺の存在に気付いた。

 

「馬車の音だ。 この時間に誰かが来ると知らせがあったか?」


「いえ、そのような情報は入っておりません」


 俺の疑問に護衛達は直ぐに答える。

 であれば、やはり馬車の音は異常だ。護衛達も徐々に近付く馬車の音に気付いたようで、一斉に警戒を露にする。

 腰に差した剣に手を添え、五人居る内の一人が外に。他に怪しい者がいないかを調べてもらい、手で大丈夫だと合図を送っていた。

 それに合わせて更に三人が外に出る。その頃にはランタンをぶら下げた馬車が見えてくるようになり、そのまま俺達の家の前で停車した。

 襲撃を仕掛けるのであれば馬車はあまりにも露骨だ。他に動いている人間が居ると思うべきで、残りの一名に周辺の確認に向かわせた。

 馬車の扉が開き、数人の黒服姿の人間が出てくる。彼等の出で立ちに市井の人間らしさは無く、貴族に付き従う侍従と見た方が違和感は無い。――ならば、この馬車が運んできたものは厄介事なのだろう。

 

 武器は構えない。侍従は一人を除いて馬車の扉から左右に別れて並び、その一人が恭しく一人の人物をエスコートしている。

 出てくる手は女性のもの。白い二の腕までを覆う手袋に包まれた手は侍従の手を掴み、その身体を夜の世界に現した。

 出てきた人物は片方の腕が存在していない。ランタンの灯りに映える白いドレスは本人の姿をよく晒し、その人物が国において重要人物であることを明らかにしていた。

 王妃。俺が呼ばれた時以来一度も姿を見ていなかったが、どうやら腕を喪失したままでも普段通りに動けるようにはなったようだ。

 彼女は俺の姿を捉えた瞬間にその顔を意味深な笑みに変え、地面に足を付けた後に片腕だけでカーテシーを行う。

 一体どのような用件で此処に訪れたのかは定かではない。この国の王妃が浪費癖の強い女性であることは指に嵌まった無数の指輪やドレスに縫い付けられた宝石が証明し、妖しい輝きを放つ様に人ではないかのような錯覚を起こす。

 さながら人型の外獣と呼ぶべきか。彼等異形は彼女のような美しさを持たないが、様々な能力を使う。その美貌を妖しく輝かせることが彼女の能力だとすれば、中々どうして見事なものだ。


「突然の御訪問、誠に申し訳ございません」


『用件を聞こう。 女は夜に出歩くべきではないからな』


「……私の腕を斬り落とした方の発言とは思えませんね」


『常識的な話をしたまでだ』


 皮肉に皮肉で返し、彼女はそれもそうですわねと矛を直ぐに収めた。

 家の中に王妃を入れるつもりはない。彼女は客ではないし、そもそも話を聞くべき相手ではないのだから。一応は聞いている態勢を取ったものの、彼女が行える選択肢は三つのみ。

 提案と脅迫と懇願。この三つだけで彼女は話さねばならず、その全てを此方が承諾するつもりはない。もしも世間話をしようものなら、その瞬間に彼女のもう片方の腕を切断して王宮に戻すつもりだ。

 

「このような時間に参ったのは他でもありません。 神聖宗教の方々に注意を促していただきたいのです」


『注意?』


「解っておられるかと思いますが、今現在において王の力は落ちております。 これまで通りの権力は効果を発揮せず、貴族達は己の領地を守ることに専念しております。 その間に神聖宗教に所属する神父達が貴方様の存在を使って布教活動をしているのです。 このままでは、我が国は神聖宗教に完全に支配されてしまうでしょう」


 王妃の語る言葉は恐らく真実なのだろう。

 ただでさえ低い王権が更に低下し、貴族達も自分で今後の身の振り方を考え始めた。首都から離れて生存を模索し、王宮に住まう人間以外が目を背けた瞬間に宗教家達が布教活動を強く進めたのだ。

 神の怒りに抵触する訳にはいかない。しかし布教活動であれば、神の信奉者を増やすことに繋がる。それは神にとって喜ばしいもので、実際に神が鍛えた討伐者達によって守られている首都の人間は神聖宗教に入ろうとするだろう。

 最終的に過半数が神聖宗教に入れば、神を頂点に据えた宗教国家が始まる。さてそうなれば、王族達は完全に不要となる。

 貴族達も神聖宗教に入るであろうし、負け馬は早々に排除されるのだ。

 この国の王妃であれば絶対に避けたいことであろう。王とて断じて認める訳にはいかず、下手をすれば宗教戦争の勃発に繋がりかねない。

 

「我々は愚かな真似をしましたが、彼等も貴方様を利用しようとしているのです。 上層に居る人間は、総じて神を信じずに信徒から得られる恵みをただ得ようとするでしょう」


 宗教国家が良い形で統治された例は少ない。

 神を理由に搾取を続け、更なる恵みを求めて不必要なまでに宗教活動を活発化させていく。その前に神が直々に神聖宗教に注意を促し、自粛させてほしいと彼女は願っているのだ。

 それは勿論、俺にとっても必要なことである。彼等が不必要な布教活動を行い、全ては神が望んだことだと言ってしまえば国民は神を恨む。

 つまりは俺の折角の努力が無駄となり、今後の生活が苦しくなってしまうのだ。

 彼女の願いは理解した。とはいえ、それはまだ口からの情報のみ。真実を語っているとは限らず、そもそもこんな話を夜遅くにするものではない。

 宗教家達の目を盗みたかったのかもしれないが、俺には別の目的があるようにしか思えないのだ。


『いいだろう、調査を行い彼等が悪戯に宗教を広めようとしているのであれば此方から止めさせよう。 ……これで用件は終わりだな?』


「……もう一つ、よろしいでしょうか」


 話が終わりだと判断したが、彼女は艶やかさを感じさせる流し目を送る。

 妙な色気を発揮させて質問する素振りは、まるで誘惑する小悪魔のようだ。王妃としての行動とはとても思えず、次の瞬間に起きた出来事には流石に絶句した。

 彼女は此方に一歩寄り、己の姿を見せ付ける。宝石だらけで深夜には眩しい恰好の彼女の姿は、されどよくよく見ればあまりにも薄着と呼ぶ他にない。

 白いドレスの生地は一部が透け、胸の谷間が強調されている。清楚と艶やかを両立させ、男達の醜い欲望を刺激していた。

 

「私、貴方様の信徒となりたいのです。 王は変わらず疑っておりますが、あれほどの力を見せ付けられてしまえば信じる以外ありません。 ――ですので、どうか御傍に置いてはくれませんか」


 妖しく煌めく瞳にその持ち主から放たれる言葉。王を見捨て此方に付くと語り、彼女は俺の傍に居ることを望む。

 突然の出来事だが、男ならば喜ばしいのだろう。国の王妃から半ば求愛されているようなものなのだから。如何に浪費癖が激しく、如何に一つ一つの所作が妖しくとも、彼女は間違いなく美女と呼んで差し障り無い。

 男の欲望の何たるかを理解しているからこそ、それについても協力してくれる。都合が良い女としての姿を見せ――――彼女はこれまで無数の男達を操ってきたのだ。

 剣を抜いて彼女に突き付ける。その肢体は魅力的だが、答えは一つだ。


『悪いが断らせてもらおう。 他人の女を愛する趣味は無いのでな』

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