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最終章:勢力図

 王宮の話題は急速に広がった。

 人々の口から口へと情報は伝達され、死んでいった貴族の名が知らされる度に安堵の息があがっている。その殆どが民を虐げ、自己の欲求に素直な屑であった。死んで当然だと誰もが思い、故に死亡した事実に手を叩いて喜び合ってもいた。

 そして当然、誰がそれを成したのかと考える。当初は死亡した数によって革命を考えた者の行動とされていたが、複数人の貴族が証言した雷神の言葉によって教会側が神の罰だと公表した。

 元より、この時代の教会と王族は仲が悪い。どちらも自身の権威を大切にしているからこそ、それを邪魔する者を嫌悪するのだ。

 雷神が貧民街の地に降り立っていることも正式に発表され、信心深い者は貧民街に居るであろう神に一目会おうとしていた。

 それを押し留めるのに護衛達が苦労していたが、それが逆に神の存在をより明確にしてしまう。今や人々の関心は王宮ではなく、雷神の人となりを知ることになってしまった。

 されど、それは何時か起こることだ。今回こうなっただけで、別の機会で教会は正式に発表していただろう。


「雷神様、貧民街は今や過去の状態を脱して経済を回す確かな歯車に変わりました。 教会の炊き出しが盛大に行われ、雇った教師によって知識を手にした者は外で資金を稼ぐようになり、他の街の人間同様の生活を送れています。 これも全ては雷神様の御慈悲の結果。 誠にありがとうございます」


 朝、複数人から現在の貧民街の状況を聞いた俺は感謝されていた。

 全員が全員跪き、中には感涙を流しながら貧民街の復活を教え、皆が俺のお蔭だと口にする。そんな言葉に俺の隣で一緒に報告を聞いていたナジムも穏やかな顔で頷き、目にも喜びが宿っていた。

 皆が前を向き、明日への確かな希望を感じている。その姿に俺も頬が緩むのを感じつつ、彼等の言葉に柔らかく俺だけの力ではないと放つ。

 

「私だけの力で全てが解決した訳ではありません。 皆が諦めずに前を向いてくれたからこそ、今回の救済は成ったのです。 褒めるのであれば、それは私ではなく共に活動してくれた仲間に対してですよ。 そこは、どうか忘れないでください」


「おお……、畏まりました。 この胸に確かに刻み付けます」


 五人の人間はその全てが貧民だった。今や彼等の恰好は平民のそれと何の変わりも無く、街中を歩いたとしても蔑まれたりはしないだろう。

 いや、今や貧民街出身であることの方が重要視される傾向にある。神に近い場所に住んでいるが故に、貧民街の住人達を特別な存在だと考える人間も増えた。彼等が一気に復活したのも神が彼等に力を授けたからこそであり、しかしその実態は彼等自身が恐ろしいまでの努力を短期間でしていた結果だ。

 日夜努力を怠らない人間は進歩しない筈もない。大なり小なりであっても、意欲が強くなれば必然的に能力も高くなっていく。

 農業を営む女性達は逞しくなり、日夜広大な農地の管理をしている。そこから獲れる野菜達はこの街にも存在しないような代物で、売れば多くの金銭を獲得出来るだろう。

 貧民街の建物を直す為に大量の大工が生まれた。練習の材料はそこかしこに存在し、だからこそ力量の向上が飛躍的だ。

 廃業していた者達は一斉に息を吹き返し、怒涛の勢いで己が出来ることを更に極めていく。その力は今ではこの首都の発展になくてはならないものとなって支柱の一つに数えられた。

 

「雷神様、討伐隊も順調に首都周辺の外獣を殲滅しております。 戦死者は居らず、僅かながらの負傷者が居る程度とのこと」


「酷ければ帰還を。 元より無理をする必要は無いからな」


 そして、人々が一番に神の恩恵を感じていたのは外獣の討伐だ。

 過去では一部の者しか出来なかった事を、ただの人間が出来るようになった。大量には居ないので休息期間を取りながらの戦いとなったが、多くの外獣を討伐してその死骸を貧民街に運ばせている。

 多くの経験が彼等を強くし、今も討伐者と呼ばれる者達は増える一方だ。これに伴って異形を俺達の時代に合わせて外獣と呼ぶように頼み、全員が外獣と呼称するようになっている。

 討伐者は日々毎日を苦しみの中で生きる者にとって、最後の希望だ。首都周辺に広がる村々を守り、占領された資源地を奪還し、ゆっくりとではあるものの様々な素材が市場に流れるようになった。

 当然、流しているのはナルセ家の偽装商人だ。彼等に採掘や採取を任せ、更には外獣の素材から防具や武器を作れはしないかと打診している。

 

 ちなみに打診先は王弟だそうで、正式に二つの家は協力関係を結んだとか。

 普通は阻害されそうなものだが、先の王宮の一件によってあちらは大騒ぎ中だ。それが収まるまでは迂闊に行動は出来ず、加えて神と最も多くの接触をしている貴族として手を出せない状態が続いているのだろう。

 王弟の家にも多くの討伐者が存在し、更には彼等の中で強い者達が志願者を募って戦力を増やそうとしている。これは俺達側でもそうだが、やはり一人で教えるのと複数人で教えるのとでは効率が段違いだ。遅れてしまう訳にはいかず、王弟と一緒に訓練をしてもらえるよう協力を頼んでいた。


「王宮が神の怒りを買ったことも首都全体に広まっております。 もしかすれば、もう世界中にまで話は巡っているかもしれません。 そうなれば今度は教会側が台頭し始めてくるでしょうが、同じ目には合いなくないでしょう」


「俺の存在そのものが牽制になるならそれで良いさ。 今はどちらの勢力も調子に乗らせず、大人しくさせるに限る。 ――少しでも多くの外獣を殲滅することに注力するんだ」


「我々は権力等に興味はありません。 どうか使い潰すつもりでお使いください」


「それをしたら逆に非効率的だ。 適度に休ませ、適度に働く。 壊れるまで使ったら貴族達と一緒だぞ」


 変わらぬ態度のナジムに複雑な思いが胸に湧くが、そうさせたのは自分だ。

 一度そう決めたのであれば迷っている暇はない。誰しもが神だと認識している間に決着を付け、何処かで消えねばならない。

 彼等の幻想を手折ってはいけないのだ。希望が絶望に染まる前に、未来への道を付ける。これが俺がこの時代に残せるもので、王弟に渡せるものだ。彼が本当に王弟だとは既に知っているが、かといってそれで畏まった態度は出来ない。

 一度お遊び気分で二人だけの時に膝を折ってみたものの、大真面目に止めさせられた。最高でも対等でいなければ神としての存在に疑問が湧いてしまうと。

 以来、俺と彼はずっと対等だ。お蔭で王弟を王にしようと提案する貴族が後を絶たず、本人も苦労しているとか。

 勢力図は大きく変わってきている。王宮の誰もが考えない形で変化し、その波に乗るかどうかを様子見している者達も多い。

 勝馬に乗ろうとしているのが見え見えで、王弟としてはそんな者達と手を結ぶつもりは一切無いとか。最初から彼に協力してくれていた貴族達にのみ恩恵を与え、遠からず全ての貴族がそれを知るだろう。

 差し当っては外獣素材の武器防具は討伐者に優先的に配備させる予定だ。未だ完成品には到達していないが、職人からの報告曰く手応えは感じているとのこと。


「さて、それじゃあ今日も見回りから始めようか」


「解りました。 シャズを護衛に付けますので、少々お待ちください」


 護衛なんて必要ではないが、無闇に剣を引き抜いては不安がらせるだけ。大人しく待つことにする俺に対し、ナジムは頭を下げて退室する。

 事前に入れられていた紅茶を飲んで机に置きっぱなしになっている羊皮紙に手を伸ばす。毎日の見回りが効果的かどうかは解らないが、やれることは全部やろう。


『たのもーー!!』


 その時、家の外から大きな声が聞こえた。

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