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最終章:個室の世界

 人々の賑わいが耳に残る。

 何も知らない民衆は今日も日々を生きる為に仕事を行い、子供達は集まって遊んでいた。喧嘩の怒号が何処かから聞こえ、客を集める為に宣伝の声が大きく響いている。

 その中を歩くは二人の男女。久方振りの休日として与えられた時間を買い出しに使い、ナルセ家の二人は日用品を買っていた。

 互いの表情は普段と変わりない。貴族でありながらも平民の物を買うのは常識外であるが、二人にとっては然程気にすることではなかった。鍛錬の中で冒険者が使うような道具類や食料等も体験し、逆に貴族の食事を経験した回数は少ない。

 戦闘技巧者として鍛えられた様々な経験は如何なる場所でも生存を可能にしている。例え荒れ地の真ん中に放置されたとしても、この二人であれば生き残ることが出来るであろう。

 美麗な二人は客として商人達から注目を集め易い。時折行商人が宣伝に向かい、その度に二人は自慢の商品と呼ばれる物を冷静に評価している。

 二人の目は美しさよりも実用性に重きを置き、購入された商品は実際に冒険者達の間でも御用達であったことが多い。

 

「使えそうな物は大体揃ったな」


「はい。 時間もあるようですし、何処かで休憩でもしませんか」


 ネルの呟きにノインは答え、普段から使っている飲食店に兄を誘う。

 その誘いにネルは特に問題は無いと頷き、何時もの店の扉を開いて個室を借りた。通常よりも高い金を払う必要があるが、この飲食店の防音設備は本物だ。

 王宮の壁程でないとしても、普通の方法では決して外に声が漏れることはない。

 適当に注文を済ませ、二人は最初に運ばれた紅茶を口に含んでほうと息を吐く。日々の業務は決して簡単なものではなく、内容によっては兄弟であっても面倒だと感じる仕事も多い。

 毎日の提出書類に、ハヌマーンへの謁見を求める貴族達への対応、騎士団の定期訓練に、最近は新米達に鍛錬を施す業務も追加されていた。

 中でも貴族達への対応は慎重にならざるをえない。下手をすれば無礼千万であると要らぬ諍いを生み、貴重な時間を浪費することに繋がってしまう。

 

 この二人にとって時間とは酷く貴重なものだ。業務そのものについては割り切っているものの、休日で面倒事に巻き込まれて無駄にするようであれば相手を許せなくなる。

 今は準備の段階なのだ。三人が元の形に収まる為に、何が何でも全ての用意を済まさなければならない。

 料理が運ばれてくるまで二人は黙り、複数の店員が大皿を運び込む。どう見たとしても五人前は固い食事であるが、二人であれば簡単に全てを食べ尽くしてしまう。

 騎士の鍛錬は体力を消耗する。普段から鍛錬を行うからこそ、いざという場面で動けない状況は作りたくはない。

 そのまま食事を進め、ある程度終わった段階でネルはスプーンの手を止める。


「用意はどの程度まで進んだ?」


「執務室内の状況を教えてくれる協力者は確保しましたし、定期的に遺産の整備情報も流してもらっています。 両親達には覚られないよう物を売り払い、一年分の金を用意しました」


「此方も問題無い者を集中的に鍛え上げ、王子の護衛に支障が出ないようにしている。 騎士団長からは一度聞かれたが、あちらはザラについて知っている側だ。 それらしい嘘を吐けば簡単に信じてくれる」


「日々の誠実さが嘘を通したのですね。 流石です」


「お前こそあの両親に露見されずよく金を用意したものだ。 ……協力者はナノ殿だったか?」


「ええ。 ザラ兄様の暫定的な婚約者ですから、餌をぶら下げれば簡単に協力してくださいましたよ」


 二人はあの日、選択した。

 ザラと再会する為に今を捨て、過去に行くことを選んだ。現代のあらゆる人間関係を断ち切り、二人はザラとの再会こそを最上として行動していたのである。

 ハヌマーンは常に兄妹に監視を付けていた。何か不審な行動をしてはいないかと目を光らせ、されどそんな監視に気付かない二人ではない。

 日常業務をこなしながら秘密裏に進め、今も彼等は休憩として飲食店に入っている。

 個室に入るのも二人でなら当然だ。この二人は日常的に個室を使い、様々な話をしている。その中には機密事項も存在し、彼等はそれを守る為にも活用しているのだ。

 故に、二人の会話が漏れる可能性は極めて低い。余程の技能者か盗聴の遺産を持っていなければ盗み聞きは不可能であり、だからこそどちらも普段通りに危険な会話をしている。

 

 彼等は今後騒動を起こす。時代逆行の遺産を稼働させ、協力者であるナノを含めて一緒にザラの居る時代に飛ぶつもりだ。

 遅々とした進みによって時代を設定する所までは可能となった。場所の指定も大幅な区分であれば可能となり、燃料の問題さえ解決すればある程度の行き来は可能となっている。

 帰ってくるつもりがないのであれば、今から始めても問題は無い。ナノからの情報によって二人はそれを知り、故にこそ準備を早急に進めているのだ。

 金を用意したのも現地で換金する為。現代と過去では硬貨すら違うのだから、何時の世でも価値を発揮する品を用意する。宝石も候補には上がっていたが、一つ当たりの単価が想像以上に高いことで購入を諦めた。貴族達が何処からか噂を流してくるだろうことも考慮している。

 

「ナノ様も幾つかの私物の中から宝石を持っていくそうです。 恐らくザラ兄様が居る場所は貧民街でしょうから、資金はあればあるだけ役に立つでしょう」


「出来れば何も騒動が起きていない段階で会いたいものだな。 騒ぎの中で再会なんて、まともに話をする時間も無いだろう」


「同感です。 一度ゆっくり話をするだけの時間を確保したいものですね」


 時間は然程残されてはいない。再度の会議も近く、その時に安全性を考慮して封印される可能性は高い。

 誰だってザラを助け出したいと思っている。けれども、一度行けば戻れないことが半ば決まっているのだ。であれば、燃料の目途が付くまで封印されるのは道理。そうなっては現時点でザラの所に向かう術が無くなってしまう。

 探せば他にあるかもしれない。しかし、発見するまでに如何程の時間が必要となるのか。想像も出来ない長い長い時間を掛けることも考え、会議が始まる前には行動を起こしたいのが二人の本音である。

 封印についてナノも含めた三人が反論を述べても、ハヌマーンは絶対に止めるだろう。ヴァルツも含め、ナルセ家の人間は誰とて残したいと考える筈だ。

 今此処で未来のナルセが居なくなれば、二人の親が新たに子供を作らない限りは血は断たれる。

 そして、両親はもう若くはない。母親が身籠ったとして、産むだけの体力があるとも思えなかった。如何に強くとも、老いは容赦無く体力を奪っていく。

 王も三人を行かせたいとは考えないだろう。どれだけ意志が硬いとしても、未来の為にと説得する。

 それが効かないことを誰もが知っていても、諦めたくはないのだ。――――そこには間違いなく、ザラの兄妹である部分も含まれている。


「開始は一週間後の深夜。 流石にそれ以上は待てない」


「それまでに出来るだけの準備を進めますが、業務も含めますと妥協はしなければならないでしょう。 では、この決定をナノ様にもお伝えします」


「そうしてくれ。 ……ところで、向こうに行ったら俺達は偽りの経歴を作らなければならない。 流石にザラもそのままの経歴は使っていないだろうし、どんな経歴にするつもりだ?」


「そ、うですね……。 まだあまり考えてはいないですけれど――」


 流れるように全てが決まっていき、最後に雑談めいた話題をネルは口にする。

 過去に戻ればその時代のナルセが居る。同じ家名を口にすれば要らぬ騒ぎを起こし、対処に時間を求められてしまう。詳細な内容でなくとも、他人に言う分であればどうとでも取れる簡単な経歴を作成しておけばそれも避けられる筈だ。

 貴族のような立ち位置にせず、自身を平民に位置付けた方が都合が良い。その上でどのようなものにするかとノインは暫く考え、華が咲いた笑みをネルに見せた。


「とある恋人を探す女傭兵なんてどうでしょう?」


 その内容に、ネルの顔面が硬直したのは間違いない。

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