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最終章:崩壊の序曲

 真摯な祈りを込めた俺の発言は、嫌でも人々の反応を引き出す。

 最初に動き出したのは護衛の面々だった。彼等は俺を中心に円の形で陣を作り、一斉に剣を引き抜く。切っ先は貴族や王族に向けられ、溢れんばかりの殺意を武器に込めている。

 あまりにも愚かな発言をしたことで、神はこの国の王族を見放した。これはその一幕であり、国の崩壊が起きる最初の一歩となる。

 貧民が剣を抜いた事実に、周辺警護をしていた騎士達も貴族達を守る為に剣を抜く。中には嘗て同じ平民や貧民も居たが、彼等が敵対するのであれば致し方無し。祈りを終えた俺はゆっくりと立ち上がり、騎士達に目を向けた。

 それだけで彼等の剣が鈍る。弱弱しく向けられた剣には圧が存在せず、殺意なんてものも皆無だ。彼等は俺の行動によって神の実在を肌で感じ、確かな畏怖を目に宿している。

 剣を向けるべきではない。向けてしまえば、貴族を相手にすることよりも恐ろしい未来が待ち受けている。

 全身に巡る静止に、それでも彼等が剣を突き付けるのは日々の現実を知っているからだ。此処で守らなければ、己は死ぬよりも酷い目に合うだろうと思った人間の恐怖は簡単に消えはしない。


『解っているのか、それを向けることが何を誘発させるのかを』


 だから外部から手を差し伸ばさなければならない。

 お前が居るべき場所を俺が教えてやろうと傲慢に告げ、誰よりも先を歩く。国の最前線に立つのが王であれば、世界の最前線に立つのが神だ。

 神の決定は世界の決定にも等しく、故に一度決定された事を覆すのは人間には出来ない。

 剣を床から引き抜き、刀身から更に雷を引き出す。自分の身体に流さない分、遠慮が無用であるのは有難いことだ。大きくなればなる程に制御が大変になるものの、意識を確り保てばまだまだ制御だけに集中することはない。

 周囲に迸る雷が纏まっていき、複数の龍へと変化していく。手も足も小さい蛇のような身体を持った龍は狭い中を泳ぎ、その内の一体が小さくなって俺の首に身体を回らせる。

 甘えるような仕草に頭を撫でてみるが、感触らしい感触は何処にもない。

 

『王よ、お前はあまりにも愚かに生き過ぎた。 王妃よ、お前は王を止める立場に居ながらも止めもせずに散財し続けていた。 そして貴族よ、お前達は己の欲を満たす為だけにあまりにも多くの人間を困窮させた。 ――この罪は等しく重い』


 人対人であれば裁判をして白黒をつけるものだが、神対人にとって裁判は必要ではない。

 救われるべきを救い、救わざるべきを救わない。此処がお前達の死に場所となるのだ。剣を上げ、一斉に龍の首が貴族達に向く。

 一気に攻撃をせず、最初は一部の貴族を滅ぼす。作り上げた龍達の中でも特に小さく作った個体を突撃させ、塊が大量の貴族達を一気に灰だらけの肉塊に変える。

 肉の焼ける臭いが室内全体に広まり、男女全員が悲鳴を上げた。俺の判決が嘘ではないことを証明する為に、今から王族を除いた全員を滅ぼす予定だ。


『雷龍と共に死ぬが良い。 お前達が消えればある程度は浄化されるだろうよ』


「お待ちください! どうか私だけでもお助けを!!」


『黙れ。 反省の無い人間を許すつもりはない』


 七体の龍は顎を開き、捕食せんと貴族を睨む。

 殺意も戦意も龍には無い。されど、貴族達にとっては自分を殺すことが出来る存在だ。腰を抜かせて何度も何度も許しを希い――その殆どに他者を慮るものがない。

 自分、己、俺、私。家を守らんと膝を折る姿は何とも無様で必死だ。それを領民の前で見せていれば多少なりとて状況は改善していただろうに、しなかったから報復を受けることとなる。

 護衛達は一度も目を逸らさずに死に行く貴族達を眺めていた。如何に貴族が条件を提示したとしても、彼等は一切の口を挟まずに罰が終わるのを待っている。

 彼等は解っていた。真に従うべき相手とは、目の前に居る人間共ではないと。

 ナルセ家や王弟のような人間こそが真の貴族であり、彼等は文字通りの鍍金物。剥がしてしまえばこの世の最下層にまで彼等は落ち、何も出来ずに苦しみの果てに狂死するだろう。


『――一先ず、これで綺麗になったな』


 幾度となく龍を放ち、最終的には謁見の間は穴だらけになった。

 壁という壁を粉砕したことで建物は吹き飛び、辛うじて天井を支える柱があるだけだ。これを再建するのは時間が掛かるだろうと思いつつ、再度王と対面した。

 

『少なくとも、彼等のような人間の為に国はあるべきではない。 そのような国など、最初から存在しなかった方が良い』


「……では、貴方はこれからこの国を滅ぼすと?」


『そうはしないさ。 お前達を滅ぼすのであれば是だが、この国には多くの人間が住んでいる。 彼等がこれ以上困窮する状況を作り上げるのは本意ではない』


「は……はは、なら良かったよ。 雷神殿」


 引き攣り笑いを浮かべる王に先程までの余裕は無い。

 王妃も同様だ。此方を見定めていた目を恐怖の色に変え、顔を合わせようとしない。追い詰められた人間特有の行動に満足しつつ、偶然にも生き残った貴族達にも聞こえるように最後の言葉を放つ。

 

『お前達が己を改めない限り、お前達の治世は長くは続かない。 これは我等が父の意志でもある』


 人は神の言葉を聞くことはない。

 そもそも神とは縋る対象として作られただけで、実在するかどうかまでを考えるのは僅かな人間だけだ。その僅かな者の中に宗教家が含まれているが、上層に行けば行く程に彼等は神を信じなくなるもの。

 権力を手にすればどうしても傲慢になる。避けたくても心の何処かで残り続け、ふとした拍子に表に出てしまうものだ。理性ある人間でもそれは例外ではなく、もしも一度も表に出さない人間が居れば理性の化け物と表現するほかない。

 剣を王に向ける。このまま彼を殺すのは容易だが、いきなり玉座が空になっては攻め込んでくれと言っているようなものだ。

 だからまだ殺しはしない。それに遅かれ早かれ彼も王妃も玉座から追いやられ、真の王がそこに座る。


『お前達を此処で殺すのは簡単だ。 だが、私は国を滅ぼすつもりはない。 先ずはアレの脅威に人が耐え切れるよう鍛えねばならない』


「私を処刑するのはその後だと……?」


『お前を処刑するのは私ではない。 それが誰であるかは私は言わないが、何れお前は玉座から転げ落ちる。 ――それと』

 

 切っ先を横に動かす。王妃は一度肩を揺らすも、何とか顔だけは余裕を装う。

 王は居なければならない。だが、王妃とは必ずしも居なければならない訳ではない。此方も何れ居なくなるとはいえ、今此処で殺したとしても良いだろう。

 剣を逆手に持ち、一度後ろに構える。雷を内部に充填させ、下から上に振り上げると同時に紫電を刃状に形成した。

 俺の動きに合わせて刃は王妃目掛けて飛び、右腕を斬り飛ばす。鮮血が吹き、刃は背後の壁ごと切り裂いた。


「――は?」


 王妃は一瞬だけ言葉を発し、次の瞬間には夥しく流れる血と同じく絶叫を上げる。

 これで女としての人生も終わりだ。何もかもを手にしてきたのだから、何かを失うことだって起きて当然である。彼女がそこに行き着くまでに死んでいった人間も間違いなく存在していて、その事実に本人は無関心だった。

 踵を返し城内を降りていく。護衛達は静かに周囲を囲みながら歩き、騒ぎを聞きつけた者達は総じて俺に恐怖の眼差しを向けた。

 今回の事態によって王族側が動き出すのは確実だ。それが良い事であることを願いつつ、眠る為に家を目指す。

 使者の姿は無かった。彼はこうなることを予見して逃げ出したのか、ただ単純に関わり合いになりたくないから離れたのか。

 どちらでもいい話だ。死んでいった貴族も使者も記憶から消し、経済の復活を目指して明日の予定を脳裏で決めていった。

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