最終章:神も恐れぬ傲慢
大量の情報が日々街中に溢れ、貧民街にもその一部が流れ込んでいる。
その中には謎の異形。即ち外獣の存在も含まれ、最近は出現頻度が高くなっていた。大侵攻の気配が強まっていく中、俺は少々の焦りを感じながらも全員の鍛錬を行っていく。
当初の段階ではランク三を目標とした彼等の実力は既に四に届き、特に抜きん出た者達は五や六に届き始めている。
経験値不足は否めないものの、単純な力量で言えば雑魚の外獣に負けることは有り得ない。それでも群れによって死ぬこともあるし、突如凶悪な外獣が姿を現さないとも限らない。
この時代であれば俺の知らない害獣も多く居る。実際に知らない毒を持った大型蝙蝠や地面を潜る小型の龍擬きなど、鍛錬途中で出会った知らない外獣とも戦闘はしていた。
知らない相手と戦う際の良い経験にはなったが、やはり未知数の相手を前に腰が引けるのは避けられない。
徐々に改善の傾向にあるとはいえ、問題解決にはまだ時間が掛かるだろう。元より、この類の問題が早期解決することは滅多にない。
「雷神様、王宮より使者が参りました」
ある日、鍛錬をしている仲間の内の一人から一つの知らせが入った。
貧民街の入り口にまで仲間と移動すると、法衣のようなものを纏った男性が馬車の近くで立っている。その人物は俺を見つけると片膝を付き、最大級の礼を取った。
服装や挙動から貴族であるのは間違いない。使者と言えば普通は騎士や担当の人物が行くものであるが、目の前の人物が放つ雰囲気は騎士や一般の役職のものではないのだ。
これは人は高貴な気配と呼ぶのだが、俺からすれば多少なりとて他と違う程度。差異と言えるものは殆ど無く、故に臆せずに顔を上げさせた。
『余計な挨拶は不要だ。 用件だけを言え』
「はッ。 誠に無礼千万な話ではございますが、陛下が雷神様と御会いしたいとのことです。 どうか、王宮までご足労願うことは出来ますか」
「――愚か者め」
使者の言葉に、俺が何かを言う前に仲間が口を挟んだ。
貧民ではあるものの、彼等は表向きは神の護衛役を担っている。俺がよく一緒に居ることで貴族達も彼等に対して言葉を選ぶようになり、余計に俺に対する信仰心が増えていた。
その所為か、少々の失礼でも彼等は口を開けて咎めてしまう。別に俺は気にしてなどいないのだが、彼等にとって神を態々動かせるのは我慢ならないのだ。
本来、神は王よりも立場は上。だというのに来いとは、神を煽っているも同然である。
『口を挟むな。 ……それで、具体的な用は聞いていないのか』
「はい。 私もただ呼んでくれと頼まれただけですので……」
注意の言葉に護衛は顔を青くして頭を下げる。大人しくなっている間に詳細を伺うのだが、使者は詳しい情報を何も持っていない。通常は何かしら用件を持たせておくか、匂わせる程度だ。
いや、何も知らされていないことそのものが誘いなのかもしれない。乗れば敵の陣地に入ることとなり、乗らなければ神は人の願いを叶えないと吹聴する可能性がある。
こと邪魔をする分には貴族は天性の才能を発揮する。安易に向かえば対処出来ないかもしれない。
であれば、此方も手札をある程度切るべきだろう。貧民達の力を貴族達に見せ付ければ、多少なりとて警戒で動けなくなる。
使者に五人の護衛を連れて行くことを許可してもらい、直ぐに家に戻った。
家の中では最近書類作業をするようになったナジムが居て、今や貧民街全域の担当者と見られている。その所為で本人は忙しそうだが、日々発展していく貧民街を笑顔で見ていた。
「王からの直接の呼び出しだ。 悪いが、五人程度護衛を借りるぞ」
「随分突然ですね。 ……解りました、一番の精鋭で固めましょう」
集まった五人は貧民街でも最強の面子だ。あの少年はやはり傑物だったようで、今では剣ではなく槍を持っている。
王宮に辿り着けば武装を解除する必要があるが、無手でも戦えるようにはしてあるので問題は無い。その五人を連れ、俺と使者だけは馬車に乗って王宮に向かった。
馬車内の居心地は最悪だ。互いに言葉は無く、時折使者が探るような視線を向けている。
俺が神ではない証拠を発見すれば、即座に責め立てるつもりだろう。貴族の世界では足の引っ張り合いはよくあるもので、例え相手が神であっても彼等は穴を探す。
それがそもそも無礼であると理解していないのか。一度視線を向けた際に殺気を叩き付ければ、即座に使者は顔を青くして縮こまった。
馬車そのものは普通の物だ。故に、久方振りの移動は冒険者時代を思い出される。それに引き摺られるような形で過去の記憶も思い出され、帰郷の念が湧き出てしまう。
諦めたとしてもこれが無くなることはない。痛みにも似た鈍い感覚に眉を顰めつつ、遂に馬車は王宮に到達した。
外観はやはり現代の王宮に似ている。
知っている物よりも破損や汚れが少なく、まだまだ建造当初の形を保ったままだ。これが長い時間を掛けて現代の王宮になっていくのだと思うと、妙な感慨が浮かぶものである。
馬車は王宮の脇を通り、無数の馬車が停車している場所で止まる。扉が開かれ、俺の護衛達が睨みを利かせる中でゆっくりと外に出た。
そのまま案内に従い歩き出すが、やはり王宮は王宮だ。どんなに昔であったとしても、良い意味でも悪い意味でもらしさがある。
だが、今は悪い意味でのらしさの方が多い。
侍従も騎士も道の脇で頭を下げ、王宮で働く貴族達は物珍し気に眺めるだけ。此方を神と信じる様子は無く、やはり貧民街に訪れた貴族達はただの演技でしかなかった。
「……御方、少々殺気が漂っております。 排除も視野に入れるべきかと」
「焦るな。 此処で戦う必要は今は無い」
王宮に来てからだが、何処かから殺気が漂っている。
肌を撫でるように現れるソレは何とも不快で、しかし明確な悪意があるようにも思えない。言ってしまえば適当に放っているだけで、誰かを狙っている訳ではないのだ。
そのまま王宮内に使者と共に入り、王の居る謁見の間へと歩を進めていく。流石に国の中枢まで近付けば、騎士の質や貴族の爵位も明らかに上がっている。
騎士は精鋭となり、爵位は伯爵よりも上位に。金の飾りが含まれる廊下は目に悪く、光の反射によっては目を細めなければ通れない道も存在している。
有り体に言って、金の無駄だ。それを護衛達も感じているようで、横を歩く青年は眉を顰めている。
やがて現れたのは、俺の知っている謁見の間の扉よりも豪奢な木製扉。巨大であるが故に上質な木材を使って扉は作られ、表面には王家の象徴である狼の模様が彫られている。
更に、彫られた部分を埋めるように金が嵌められ、それだけでも莫大な資金が投じられているのは明らかだ。いよいよもって散財尽くしの様相が露となり、王への無い期待が余計に無くなっていた。
「それでは、陛下にお伝えして参ります。 少々お待ちください」
使者は廊下に姿を消し、護衛と俺だけが残される。
全員の武器は不思議なことに没収されずそのままだ。まるで武器を持っていても問題無いと言われているようで、自然と警戒が湧き上がって来る。
何か見落としをしていないか。或いは、扉の先で敵が攻撃準備をしているのではないか。
理由は定かではないものの、一応の対策として護衛達には最大級の警戒を頼んでおく。その言葉に全員が短く応え、前面に三人が並んだ。
「――――雷神様の御入場で御座います! 皆様お静かにお願い致します!!」
暫くの後に聞こえた声と共に、扉が開かれる。
真っ直ぐに前を向いた先に居たのは、此方に向かって嘲りを含んだ笑みを浮かべる金の男の姿だった。