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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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最終章:歴史的不明点

「一先ず、理由については理解した。 これで全部か?」


「いえ、もう一つだけ残っています。 此方は発見と言うよりは疑問ですが」


 ナノの報告はこれで終わりではない。

 ザラがあの時代に居ることは解った。それだけでも確かな収穫ではあるが、彼女にとっての本題は此方である。

 複数の別の説が書かれた本を並べ、一つずつとある部分を開く。それは物語の始まりであり、第三者目線で書かれた最初の文章だ。

 そこには、言葉は異なれど似たような内容で始まっている。

 古より昔、人々は困窮の時代に晒されていた。短く纏めればその程度の一節であるが、その言葉の後に各々の物語が開始されるのだ。

 どんな荒唐無稽な話でも、どんな複雑な話でも、始まりは常に一緒。作者も年代も異なるというのに、この部分だけは示し合わせたかの如く同一だった。

 ナノの報告によって皆もその事実に疑問を抱く。本の経年劣化は保管方法によって異なるが、三百年前と五百年前に発刊された本ではやはり劣化具合に明確な違いが出る。


 五百年前の本であれば読めるのが不思議なくらいだ。余程慎重に管理していなければ現在まで残ることは無く、つまりそれだけこの本を大事にしていたことになる。

 本を宝物とする人間は極少数なれど居るであろうが、子供向けの本を後生大事に抱える人間が果たしているだろうか。

 大人になれば自然とその手の本は読まなくなる。幼稚で結末を容易に想像出来る物語に没頭する人間など考古学の人間くらいなものだ。

 だからこそおかしいのだ。考古学者が調査する段階となれば、それは昔の代物でなければならない。

 ナノはこれまで当たり前だと思っていた本を深く調べ、先ず最初に冒頭が全て同一であることを突き止めた。そして、その上で更に調べようとした段階で足が止まった。

 何かが起きた訳ではない。何もかもが解らないままだった。

 当然のように、当たり前のように、道が途中で切れてしまったのだ。手がかりの一切も掴めず、当時の状況をこれ以上調べることが出来ない。


「王宮内の極秘資料も王に許可を頂いて調べましたが、やはり途中で切れているのです。 最早意図的と呼べる程、当時の状況を示す資料は残されてはいませんでした」


「……奇妙な話だ。 何故その部分だけが消えている。 他の年代の資料はあるのだろう?」


「はい。 大なり小なりではありますが、当時の状態を示す文章は存在しています」


 ザラの飛ばされた時代後も、飛ばされた後の時代も、僅かであれども資料は残されている。

 古い神話の時代にもなれば壁画しか残されてはいなかったが、そこから当時の暮らしをある程度推測することは可能だ。

 なのに、この時代だけが不自然なまでに何も残されていない。何があったかの詳細も、王の名前ですら残されてはいなかった。

 辛うじて一代後の王の資料があったので分析は出来たものの、流石に何かあると考えない筈もない。

 ――もしも、その時の資料全てが意図的に消されていたとするならば。雷神降臨に無数の種類が存在することにも仮説を立てることが出来る。

 木を隠すなら森の中。真実の本を隠すなら、無数の説が乱立した本に隠せば良い。

 

「恐らくは当時の汚点を隠したかったのではないでしょうか。 あまりにも当時の国の状況が酷過ぎて、一切の資料を残したくなかったと推測は出来ます」


「後世の戒めとして残したくない程の汚点があると?」


「腐敗した貴族であれば汚点は隠したいものでしょう? 全て隠して清廉潔白を装えるのなら、誰だって一度は考えますわ」


 ナノの意見にハヌマーンは何も言えない。

 確かにその通り。ナノの言葉は正論で、逆に反論する人間が居れば現実を見ていないことになる。誰とて汚点は隠したいもので、一生残したくはないだろう。

 これもそれと同じだとすれば、何とも情けない話だ。全ての資料を消せるとすればそれは絶大な権力を持つ人物の筈で、本の中で語られた通りであれば王族だと考えた方が良い。

 全ては憶測の中ではあるが、考えれば考える程にそれしか思いつかないのだ。ハヌマーンは先祖を殴りたい気持ちになったし、ノインやネルは切り殺したいと思ってしまい、それら全てを押し殺して全員が溜息を吐いた。

 ナノはこれで報告は以上であると纏め、口を閉じる。

 室内には微妙な空気が流れるものの、それで止めては遊びの範疇だ。次に声を出したのはナルセの兄妹。

 両名の内容は他よりも少ないもので、言ってしまえば自身の遺産に対する習熟度を報告するだけだ。


「中々特殊な物でしたが、今は息をするように動かせることが出来ます。 応用も含めればかなりの戦力になるでしょう」


「ご期待を寄せていただいて構いません。 今ならば父にも勝てると断言出来ます」


 各々の特性を加味した上で選別された遺産は、やはり通常に枠には収まらない。

 両名の腰には通常の剣に加え、形の異なる剣が追加されている。ノインはロングソードよりも僅かに短く、その代わり肉厚な剣を持ち、ネルはロングソードよりも長い剣だ。

 鞘は青と赤。正反対の色合いをした武器は独特の存在感を放ち、店で売られている物とは格が違うことを示している。

 鍛錬内容は各々で考え、最適化をして完全に自身の物とした。全てを掌握するまでに時間が掛かったものの、一度己の力になれば普段以上の結果を叩き出せる。

 とはいえ、これらは所詮は借り物。折角馴染ませたが、ザラを救出した後には戻さなくてはならない。

 

「一年でモノにしましたか。 流石はナルセですね、僕なんかは五年はかかりましたよ」


「これでも遅いくらいです。 ザラの奴は半年もかからずにこの領域にまで届いていました」


 遺産の力を限界まで引き出せる人間は少ない。そもそもの使い手が少ないのであるが、基本的に十全に使えるようになった人間は国内だけでも両手で足りる程度。

 更に彼等が極めたと断言するに至った時間が五年や十年であることから、如何にナルセの家系が戦いにおいて最適化された身体を持っているのかが解る。

 その中でもザラの馴染む速度は異常の一言。ノインもネルも、遺産を振るったからこそザラの特殊性に気付いた。

 能無しなどと最早言えはしない。ザラは紛れも無く、ナルセの一族だ。

 折れず、砕けず、前だけを向いていたからこそザラの才は他よりも抜きん出ている。その前では剣の才能など、とても小さなものでしかない。

 嘗てノインが感じていたものが未来で形となっている。完成した時には一体どれだけの強さになるのか。

 ノインはザラの未来に恍惚を感じずにはいられなかった。


「何時でも飛べるように職務の引継ぎは行っています。 個人的にも調査を進め、ハヌマーン様の護衛を任せられる人物を副団長と団長に知らせています」


「資料は此方で全て受け取っている。 私の方でも独自に調査の手を入れ、信用に足るかを確かめようと思う」


 兄妹はこれで報告は終わりだ。

 残る重大事と言えば、やはり大前提となる遺産の状況である。調査はグルンと半ば共同で進められ、他の面々は詳しい情報を知り得ていない。

 ハヌマーンのみに情報は送られ、この会議の場で発表することを決めていた。

 全員の視線がハヌマーンに向けられる。そこに宿った期待と不安に対し、努めて平静を装いながら内心で言葉を選ぶ。

 

「さて、次は私だな。 遺産の解析状況についてだが――――グルンから良い報告と悪い報告の二つを受け取っている」


 全てが良い方に動く訳ではない。

 そのことを示す言葉に、期待よりも不安の眼差しの方が増えた。

 

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