最終章:歴史の真実
第四王子であるハヌマーンを筆頭とした過去の逆行計画は、難航を挟みながらもゆっくりと進んでいた。
ナノは他の貴族や第二王子シャルルの手を借りて着実に過去の歴史を集め、その内容を紐解いている。遺産調査は恐らくそうではないかと思われる品々が無数に王宮に運び込まれ、グルン主導の元調査を進めていた。
そこにはグルン自身が持って来た遺産も含まれ、欠けた説明書から転移装置であることが書かれている。
それが何を飛ばすのか、時間を跳躍することが出来るのか、跳躍出来たとしても人体に悪影響は無いのか。
全てを調査せねば使用など出来る筈も無く、日夜作業員は困難な代物と戦っていた。
日々を過ごしながらも、本来の時間も流れていく。ベルモンド家の一件によって遺産は王宮が全て管理することが徹底され、嘗て僅かながらに存在していたオークションの類は全て禁止された。
貴族や豪商が持っていた遺産も回収され、隠していれば死罪とされる程の極刑が待っている。あまりにも極端な決定に王の元に嘆願書が集まり、されどその全てを王は一切見なかった。
王は解っているのだ。
嘆願書を提出している貴族や豪商は総じて我欲が強い人間であり、その反面明確な成果を出していないことを。
商人であるならばファットマンに劣り、貴族ならばそれこそ王族に劣る。詳細な収支報告書を読めば読む程に根っからの貴族達は上手く平民を纏められてはおらず、逆に平民から貴族になったような人間は領民の理解が深い故に効率的な資金集めを考えて迅速に行動に移している。
畑を手軽に耕せる技術、水を容易に集めることが出来る技術。加え、領民を守る壁や冒険者の確保等。貴族として手にした領民達の税金を活用し、豊かな土地作りに奮闘していた。
結果が良ければ王族の覚えも良くなるのは自明の理だが、元平民の現貴族達はそれをよく理解している。彼等が活躍していけばしていく程に、やがて殆どの歴史ある貴族は潰されていくだろう。
商人とてそれは一緒だ。ファットマン一強の時代がこのまま長く続けば、必然的に他の商店に金が流れなくなる。
経営困難になれば店を畳むしかなく、されどファットマン商会だけで全ての者達に物資を届けられる訳ではない。
国内限定にしても山奥の寒村や険しい場所にある村等には行商人が出向くもので、故に一つの商店が経済そのものを握ることは出来ない。
成果が出ていないと王は断ずるが、それでも生き残ってほしい商人は数多く存在する。何処から他国の商品を流してくれる商人が生まれるかも定かではないのだ。だから出来れば遺産を取り上げるような真似をしたくはなかった。
代わりとして遺産の入手に至るまでの費用を渡し、今はそれで商人側も矛を収めている。遺産は貴重で金になる種ではあったが、商人が一番に求めているのは金だ。金さえあれば、それが余程貴重でもない限り惜しくはない。
「ではこれより、第五回中間報告会を始める」
王による遺産回収は遺産の力を恐れてのものであると民衆には知れ渡っている。同時に、遺産をハヌマーンが求めていることも人々は知っていた。
息子であるハヌマーンの想いを叶える王の姿は、父としての側面が強い。純粋に息子の願いを叶える為にこんな真似をしているのだと民衆は考え、貴族達は次期王がハヌマーンであると噂を流すようになった。
そんな噂を他所に、巨大な長机の置かれた部屋でハヌマーンは資料片手に会議の開始を宣言する。
時間逆行の手段を探す際、各々が知り得た情報を共有する為に今回のような会議が行われた。最初の時点ではあまり形になっていない雑談めいたものであったが、今ではアンヌとナノの進言によって明確に会議としての体裁を整えている。
参加者は何時もの面々だ。ハヌマーンに、アンヌに、ナノに、兄妹。
そこに加えて協力者である両騎士団の長やネル達の師であるヴァルツも席に座り、端を見れば最上位冒険者達の姿も居る。
この面子だけで国をも落せるのではないか。そう考えてしまう程の戦力の多さに、ハヌマーンは今更ながら苦笑を覚えずにはいられない。
後はここにザラを加えるだけ。
それだけで全ては完成され、元通りにすることが出来る。その願いを叶える為にも、会議の一つ一つを無駄にしてはいけない。
「先ず最初にナノ殿から頼む。 調査はどの段階まで進んだ」
「はい。 一先ずではありますが、無数に存在する雷神降臨の説の中でどれが真実であるかを特定しました」
おお、と小さい感嘆の声が漏れる。
侍女に指示を出して持って来ていた複数の雷神降臨の本を机に並べ、一つを指差す。
「どれが真実であるか。 それは、グルン様が持って来ていた雷神降臨の本でございます。 他は荒唐無稽な偉業や当時とは釣り合わない技術が使われ、話の中に強い違和が存在するのです。 皆様のよく知っている本に出てくる東の国の出で立ちの雷神もまた、当時の事情を鑑みれば出てくる筈がございません」
雷神降臨の説の中で最も現実の説として出てくるのは、東の国の服装をした細い剣を持った男だ。
彼は軽々と冒険者達を凌駕し、あらゆる悪を容易く砕いていった。正に神のような男で、世界中の王族が彼を求めて何度も交渉したという話が残されている。
しかし、歴史を辿る内にナノは東の国が近年まで鎖国状態にあったことを知った。
正式に交易が始まったのはおよそ三百年前であり、船を使わなければその国に行くことは不可能だ。道中の海には海流の速い海域が存在し、中には大型の外獣が常に餌を求めて泳いでいる。
小舟で渡ることは不可能だ。よしんば流されたとして、海中に居る外獣に食い殺されるのが関の山。
海は人が住める環境ではない。どれだけ実力があったとしても、海の真っ只中で外獣の脅威を払えるとはとてもではないが考えられなかった。
「僕も彼女の意見に賛成です。 いくら実力が高いにしても、海の中に叩き込まれてしまえば方向感覚が狂うこともあるでしょう。 太陽の位置で方角を確かめるにせよ、そうしている間に外獣に襲われます。 偶然でも行き着くのは不可能に近いと思いますよ」
彼女の話を補強するのは、事前にその話を聞いていた最上位冒険者であるヘッジだ。
集団で挑んだにせよ、当時は外獣のがの字も存在しない時代である。殲滅の進んでいない海を長時間進むのは、正に無謀だと言っても良い。
故に、この説は有り得ないと判断を下した。しかしこの程度であれば他の識者達も知っている。
触った程度の調査では解らないだろうが、当時必死に調べられた題材だ。辿り着く人間が何人も居たとして不思議はない。
だから、彼女は説の否定ではなく説の肯定を引っ張り出す。
グルンの用意した本には一枚の絵が書かれていた。剣を掲げた青年が雷を放ち、神の怒りを表現する絵だ。
顔は美丈夫で、とてもザラには似ていない。服も当時の代物であり、話の序盤には貧民街の救世主としか書かれていなかった。
されど、一番近くでザラを見ていたのはナノだ。
古ぼけて色の無い絵であったとしても、そこに映る僅かに合致する箇所を見抜くことは可能である。剣の形状、雷の発し方、髪の跳ね具合に、目の形。
補正が入ったとしても、体型や顔の形までは誤魔化せない。
「この絵に出てくる人物は、間違いなくザラです。 一番近くで彼を見ていたからこそ、間違える筈がありません」
力強く断言する彼女の言葉に、ハヌマーンも頷いて絵に視線を向けた。
貧民街の救世主。或いは、弱者救済の神。怒りの神とも表現される彼の行動に、変わっていないのだなと胸の内に暖かいものが流れ込んできた。




