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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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最終章:剣の才人

 何も考えず剣を振るい、対戦相手の剣に防がれる。

 適当に打ち込み、相手の速度に合わせて認識出来なくなる限界程度で戦いを続けた。

 森の一角。外獣を駆除し続けた結果として出来上がった広場の中で、王弟が連れて来た面々と貧民街の住人達を一度に鍛えていた。

 この時代に飛ばされ早一年になる。最初の頃は生活に不安を覚えていたものだが、今では大分安定するようになった。

 勿論王や王妃の浪費は止まっていないし、貴族は自分の欲を満たすことに執着している。物価も高いままで、生産者が居なくなれば更に価値も上がってしまう。

 俺や貧民街の元生産者達が素材の栽培や生き物の飼育などをせねば取れなくなってしまう素材も既に存在し、王弟の領地を殆ど生産施設に使ってしまった。

 悪いとは思ったものの、本人は収入が一気に増えたと満足顔だ。人が居なくなってばかりの状況から一気に改善が進み、王弟からの命令によって物の値段も平民と貴族で別けている。

 

 貴族達からは不満の声が毎日送られているそうで、特に親しくもない貴族の手紙は燃やしてしまっているとか。

 人も着実に増え始め、貧民の一部もそこに移住させている。本人達は俺から離れるのは嫌だと涙を流して懇願していたが、何時までも縋らせる訳にはいかない。

 お前の力で皆を守れと説得し、貧民街の人の気配も僅かに薄れた。

 とはいえ、経済の復活とまではいかない。他国は着実に成長しているというのに、この国は今現在零にすら届いていない有様だ。

 急かしたところで何も変わらないのは解っているが、時折歯痒く思ってしまうこともある。

 その度に聖戦を起こすか否かをナジムは確認し、偶然近くに居たシャーラなどは緊張を露に俺の顔を見ていた。

 国を別つ為、巨悪を打ち砕く為、人は聖戦の二文字を掲げる。その言葉で民衆は沸き立ち、様々な協力を国に施してきた。

 武器や道具の無料提供に、限界を超えた戦力の募集。後には引けない状態に追い込み、人は勝利と敗北を手にしている。

 聖戦をする必要性は無い。国を元の状態に戻すには長い時間が必要となり、必ずしも良い国になる保証は一切無いのだから。それに旗頭とされるのが俺であってはいけない。

 

「止め。 次に交代」


「はぁ、はぁ、ありがとうございました!」


 頭を下げた中年の男は他の者達が居る場所に向かう。

 一体一の戦いをしながら指摘をし、次が呼ばれるまでは休憩だ。終わった後は僅かな休息をしてから薬草や食料集めに向かわせ、何かあった時の為に炎を起こせる少量の脂を持たせている。

 一体一では何時この戦いが終わるのか解らないが、シャーラのように一定の実力を持っている者が他にも協力をしているお蔭で負担は少ない。

 とはいえ、師範役をしているのは五人。

 五人で何十人と一体一の形式で戦うのは体力消耗が激しい。これが終われば昼食を食べて休みを挟むつもりだ。

 次に出てきたのは少年。手には身の丈に合わせた大型のナイフを両手で持っている。剣の先と柄の内部には石を取り付け、実際の剣と同様の重さになっていた。

 

「よろしくお願いします!」


 この子もまた、貧民街の人間だ。

 栄養不足によって少年のように見えるが、実年齢は俺よりも実は年上の十七歳。青年期を殴り飛ばしたかのような細身には最初騙されたもので、子供扱いをした結果として不満気な顔をぶつけられた。

 そんな彼もこの鍛錬に参加し、着実に実力を付けている。特に若い世代であるが故に体力も人一倍で、更には好奇心もあった。

 互いに頭を下げて挨拶を行い、剣を向け合う。

 初手は少年から。一先ずは最後に模擬戦をした時の速度に調整したが、駆け出した青年の速度は以前までとはまるで異なる。瞬足とまではいかないまでも、常人の域を超え掛けた速度は中々に珍しい。

 そのまま剣をぶつけるが、その力も今までの中で一番強力だ。一度攻撃が始まれば止まらず、青年は次々に剣を重ねる。

 一歩も退かずに戦う様は猪が如し。その勢いの前では獣は何も出来ず、呆気なく今日の食料にされるだけだ。

 これで剣技を教え込めば化けるのは間違いない。その事実に思わず口角が吊り上がり、何とも言えない昂りが胸の奥から湧き上がってくる。


 試しにと剣速を上げてみれば、青年の目は俺の剣を捉えた。

 咄嗟に剣で受け止め、不格好ながらに外に受け流す。そうしろと言った憶えは無いというのに、彼は最初からどうすれば戦えば良いのかを無意識に感じ取っていた。

 剣の才能――いや、戦いそのものの才能がある。

 俺とは異なり、彼のその才能はネル兄様やノインに近い。二人程顕著ではないものの、磨けば光るのは確かだ。

 必然、速度は上昇していく。虚実も混ぜ始め、腕の一振りにすら熱が籠る。

 その全てに青年は必死に食らい付き、一撃を当てようと動作を最適化させていく。背後に回るような真似までし始め、その成長速度は最早進化と呼んでも差し障り無い。

 将来が楽しみだ。もしかすれば大侵攻を抑え込んだ者の中に彼の存在もあったのかもしれない。

 最後に首を狩るような一撃を後方回転で回避し、その隙を見逃さずに一気に数歩踏み込んで顔に剣を突き付けた。

 

「――――っは」


 突き付けられた瞬間、青年の表情に元の色が戻った。

 戦いに最適化された際に削ぎ落された表情が返り、急速に込み上げる疲労感によって足が崩れ落ちる。乱れた呼気を何とか元に戻そうとする様に、まだまだ体力が不足していると内心で呟く。

 これで本当の弟子であったならば厳しく指摘するのだろうが、当初骨と皮ばかりだった頃を考えれば大躍進だ。

 手を差し伸ばせば、青年はそれに気付いて喜びを露にその手を取る。引き上げて起こし、俺はまず彼の成長を素直に喜んだ。


「見事だ。 あの骨と皮ばかりの状態からここまで戦えるようになるとは」


「そ、そうなんですか?」


「ええ、戦い方は誰に聞いたのですか?」


「え? いえ、誰にも聞いていませんけど……」


「でしたら、貴方のそれは天性の代物だ。 これから戦えば戦う程、君は間違いなく強くなる。 もう既にこの中で君に勝てる人間は居ないでしょう」


 青年はそこで初めて周囲を見渡し、全員の唖然とした顔を見ることとなった。

 明らかな異常、明らかな脅威。確実に自身を滅ぼしきれる存在を前に、されど此処に居る人間は負の感情を浮かばせない。逆にあるのは、ある種の羨望や憧憬だ。

 前に進む人間には力がある。その力は人々を刺激し、否応なしに感情を引き出す。

 青年も強くなればなる程に人々を惹き付けていくだろう。それが良い意味になるか悪い意味になるかはさておき、間違いなく最大戦力の一つに数えることが出来る。

 これはネル兄様達を見ているから解ることだ。

 彼等の成長速度は常に此方の予想を超えていて、知らぬ間に圧倒的力を持っている可能性も十分に起きる。その才能を悪に使わないことだけが、俺に出来る指導だと言えるだろう。

 

「どうか、その力を悪に使わないでもらいたい。 私は指導するだけで、決めることは出来ませんから」


「……ッ、勿論ですッ。 俺は家族皆に御飯を食べさせたくて志願しましたから!」


「そうですか、それくらいの気概の方が此方にとっても有難いですね」


 家族を養う為に剣を取る。冒険者になる者にとってありがちな理由で、前向きなものだ。

 それがずっと続くとは思わないまでも、どうかその心根を忘れないでほしいと願う。どれだけ純心を持っていても、その時々の状況によって容易く闇に人は歩いてしまうのだから。

 忘れるなかれだ。闇を見ている時、闇もまた此方を見ている。

 踏み出せば一瞬だと知る機会はこれから先でいくらでも体験するだろう。その時に引き戻せるように、俺はこれからも周囲の改善を進めていく。

 嬉し気な青年の姿を見つつ、次の人間を呼び出す。

 本日の鍛錬は朝から夕方まで行われ、全てが終わった後に全員で酒を飲むのだった。

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