最終章:足りた物と足りないモノ
一筋の光明が見つかった。
ハヌマーンから発せられた言葉に、全員が詳細を求める。既に嘗ての性格すら変わり始めているナノは、その時久方振りに元の自分を取り戻した。
長大な机に座る人数は少ない。ハヌマーンやアンヌ、ナルセ家兄妹やランシーンといった彼と関りを持っていた人間だけがこの会議の場に居る。
普段であれば彼を思い出してしまうが故に積極的な関りを避けていたが、今日ばかりはその限りではない。明るい情報が手に入ったのであれば、如何に仕事があったとしても最短最速で済ませる。
集まった面々を眺め、ハヌマーンは欠けた席の一つを見た。空席など作った覚えが無いというのに、無意識に作られたそこはハヌマーンの目の前。
何時でも護衛が出来るようにと近くに居た彼を思い出し、胸に少しの寂寥が襲い掛かった。
「今日は集まってくれて感謝する。 なるべく手短に話をするが、終わり次第全員で行動を開始したい」
「解りました」
全員を代表して側近であるナノが了承を伝える。
その声を聞き、ハヌマーンは早速グルンとの一幕を話し始めた。遺産の能力や、ザラの行先、更に過去に遡ったザラが成したことを纏めた本を説明し続け、その荒唐無稽な内容に――全員が納得する。
何処を探しても発見出来なかった。隣国の力も借りて探し回ったというのに、ザラ本人の足跡は発見されていないのだ。
生きているかも定かではない現状で足跡が見つかること自体不明ではあるが、全員が全員ザラの生存を信じている。苦しい環境に居たとしても自分らしく前に進み続けているだろうと思い、彼等も完全に心を折っていなかった。
だからこそ、時間移動の話にも納得出来るのだ。そうでなければ本人が今頃何か情報を残す筈で、遺産を持っているザラが簡単に何かに敗北するとも思えない。
遥か彼方の大地に居るか、異なる世界に行ってしまった。
考えられる二つの案の内の片方に絞れれば、今後の行動方針も固まってくる。あちらこちらを探すのではなく、遺産を探し回って時間移動を行ってザラを連れ戻すのだ。
「問題点は当然多くある。 一つは遺産だ」
全ての問題を解決する為には、大前提として時間移動を可能とする遺産が求められる。
その発見は困難を極め、王宮が管理している全ての遺産を再度引っ繰り返す勢いで調査せねばならない。説明書が残されている遺産であれば僥倖ではあるものの、当時の技術で果たして任意に時間移動が出来るのか。
別空間を開くことと時間の停止が行えたのだから時間逆行にも関与出来そうなものだが、断定は出来ない。既にグルン達が調査を開始しているようで、本人が語るには可能性が一つ存在しているとのことだ。
彼に頼るのは不本意ではある。しかし、希望を見出した人間であるからこそ無碍な扱いは断じて出来ない。不当な扱いを強いて逆襲されるようでは、待っているのは破滅だけだ。
「ザラが空間に飲み込まれているのを実際に見たのは私と師です。 もしも発見した際には私達に見せていただくことは出来ますか?」
「無論だ。 見つけた瞬間に飛び込むつもりは此方にはない。 慎重に調査をした上で特別部隊を編成するつもりだ」
「では、私はその本の時代を調査します。 二代目の頃ですので資料は殆ど残されてはいませんが、塵の一つであっても搔き集めてみせますッ」
「ナノ殿……では、よろしく頼む」
まだまだ完全復帰とはならずとも、ナノの目には光が宿っている。少々その光には危険なものも含まれるが、当時の時代背景を知らねば打てる手も打てなくなってしまう。
常識は一緒か、技術力には何処までの差があるのか。政治中枢に至るまでの部分を知る必要は無く、求められるのは一般的な情報ばかり。
極端な話、兵に質一つでもハヌマーンは知っておきたい。万が一ザラの力を国家が求めた場合、無理を押してザラを取り戻す手筈だ。ナノは率先して外に出るつもりなので、護衛としてランシーンが付く。
更にランシーンを経由して複数人の冒険者にも声を掛けるそうで、そちらにもザラの影響はある。間違いなく力になってくれると思いつつ、ハヌマーンは無言を貫くノインを見た。
これまでの中であれば調査に真っ先に乗り出すと彼は見ていたのだが、実際はノインは沈黙のまま。
しかし、ただ呆けているようでもない。何事かを考え、隣に座るネルに耳打ちをしている。堂々とした隠し事であるが、逆に言えば指摘しろと誘っているようにも見受けられた。
「どうかしたのか、ノイン嬢」
「……一つ、私とネル兄様からお願いが御座います」
「言ってくれ。 全てを満たせるとは言えないが、可能な限り便宜を図ろう」
「では――私とネル兄様に遺産を貸していただけませんか」
ノインの提案は実に予想出来ることだ。
時間移動を行い、辿り着いた先に居る者達がノイン達より弱いとは限らない。この時間移動は確実に成功させねばならず、手を抜く理由は欠片とて有りはしない。
故に遺産を求め、通常以上に己の力量を高めようとするのは是だ。今此処でそれを提案したのも、ひとえに慣れるだけの時間を確保したいからである。
特殊な力は既存の能力とはやはり異なる。短時間で慣れたザラが異常であっただけで、通常は長い時間を掛けて能力を自身の血肉に変えていくのだ。
ナルセ家の面々には明確な仕事が無い。突入後に仕事があるくらいで、それを除けば基本的にはハヌマーンの護衛や各地で未だ捜索活動をしている者達からの報告を纏めるくらいだ。
勿論ハヌマーンに報告する以上、確りと短く纏めておかねばならない。解り辛い報告を聞いて妙な勘違いを起こされては要らぬ面倒が起きかねず、さりとてこの二人に限っていえば問題など起きる筈もなかった。
寧ろ報告書を纏めるくらいなんでもない。
一日の報告を全て聞いて簡潔な文章としているだけで、兄妹達は明確に自身が役立っている自覚が無かった。どれだけハヌマーン達が助かっていると言っても、本人達が否と思ってしまえば変わらない。
故に遺産に慣れさせるのも準備の一つになるだろう。脳内で王子は予定を決めていき、自室に置かれている書類の山々を思い出して内心で疲れた息を漏らす。
勉強の時分は当の昔に消えていた。何時の間にか練習は本番となり、少しの失敗が大きな混乱を招きかねない。
自分から進んで座った席であるものの、日々は疲れるばかり。幼い身体には確かな負担となり、職務中に意識を飛ばしてしまう回数も一回や二回ではなかった。
外に出ている間は馬車の中で眠ることが出来ているが、執務室に居る間はベッドに横になる機会があまりない。
ザラを助け出したら確りとした休みを取ろう。
決意を胸に、騎士団長や僅かに参加している複数人のギルドマスター達にも今まで通りの職務を命令した。
「では今回はこれで終わりにしよう。 やるべきことが明確になったことでこれまで以上に物事は変化していく筈だ。 連絡は細かくしていき、不足の事態が発生した場合は即座に情報の共有化を行うぞ」
『かしこまりました』
一致団結。この国の中でここまで纏まった集団は他に居ない。
全員がザラに対して何かしらの感情を抱いていた。愛も、恋も、友情も、彼と出会わなければ手に入れられなかっただろう感情の数々を彼等は確かに獲得していたのだ。
彼等は多くの物を持っていた。それは羨望を受けるに十分な代物で、人一人が消えた程度でそれらが喪失することはない。
だが、彼等にとってそれらは付属物でしかない。真に欲しいモノが彼等の胸に巨大な穴を開け、虚無の感情を垂れ流している。その穴を埋める為に、彼等はこれからも奔走する。
飢餓に似た感情を抱えたままに。




