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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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最終章:狂った舞台

 なるべく目立つように、なるべく威厳があるように。

 ゆっくりと歩き、不規則に雷を周囲に放つ。剣から出てくる雷はこれまで抑えていた時以上。紛れも無く触れただけで焼き殺しかねない威力で以て件の貴族の前に立つ。

 俺が尋常の人間ではないことは雷だけでも解るだろう。現に剣は引き抜かれ、既にその切っ先は俺に向けている。加えて護衛達も一斉に行動を開始し、隠れながらも包囲する形を作り上げていた。

 全ての視線を受けつつも、俺の胸に焦りは無い。実際の雷の神がどのような存在かも解らぬ以上、俺は俺の想い描いた雷神を演じるだけだ。

 眦には怜悧さを込めて。殺意も無く、ただただ不快気な気分だけを漂わせる。

 

「突然騒がしい声が聞こえたから何かと思えば、貴族か」


 盛大な溜息を吐き、視線をナジムに向ける。

 合わせろとだけ目で伝えれば、本人は何も言わずに貴族よりも深く頭を垂れた。それが目の前の人物を刺激すると解っていて、実際に相手は直ぐに口を開ける。


「き、貴様、何者だ! わ、私はジャンドレイク伯爵家の人間だぞ!!」


「知らぬ。 どうでも良い。 ――なぁ、ナジム?」


「はッ、いと尊き御方が下々の名を知らぬのは当然のこと。 雷神様を不快にさせてしまい、申し訳御座いません」


 良いぞ、ナジムも随分な演技派だ。

 彼の言葉によって態々自己紹介をする手間が省けた。神の登場は神話の中でしか起きなかったとはいえ、出現の手段は多岐に渡っている。

 威厳を伴って出てくることもあれば、市民に化けて出てくることもあるのだ。今回は二つの要素を混ぜて登場し、全員を下げることを目標とした。

 いきなりの神の登場であるが、そんなことを言われても素直に信じる程人間は単純ではない。

 この轟音は既に街中に轟いている。近い内に衛兵が姿を見せるだろうが、その前にこの貴族だけは信じさせねばならない。

 神の登場は国家の一大事。何としてでも接触を図りたいであろうし、その為ならば手間など惜しむまい。

 流し目で護衛を見やる。それだけで護衛達の気配が揺れた。

 だが、まだまだ攻撃の意志はある。故にそんな意志すら砕く為に、護衛達が居る場所に向かって一斉に剣から雷撃を放った。


 一条の線となって蒼い雷は建物を貫通し、その背後にある護衛達を地面に落とす。

 殆どは未だ隠れたままだ。だが二名は位置が悪いことに俺と貴族の間に落ち、黒装束の姿を晒してしまった。俺達は居ることは知っていたが、貴族の男は黒装束の者達を酷く驚愕の眼差しで見ている。

 何故お前達が。そう言いたげな瞳に、やはりこの男はただ注意を引く為だけの存在だったのだろう。

 一歩を踏み出す。黒装束の人物の肩は焼かれ、最早元の肌に戻ることはない。回復薬を持っていればその限りではないが、治すにしても下級の物しかないこの時代では完全復活となるかは不明だ。

 

「何もしないのであれば何もせんよ。 大人しくしていろ」


 雷の放出を進め、更に意識を巡らせて稲光を纏めていく。

 全員の目の前で雷で出来上がった龍を作り上げ、黒装束の目の前まで近付けた。どんな時代でも龍は特別だと思ったから作ったのだが、黒装束は巨大な龍の姿を見た途端に戦意を消し飛ばす。身体を強引に動かし、膝を折って王族に対する深い礼を俺に向けた。

 

「飲め。 多少は治るだろうよ」


 腰に付けていたこの時代産の回復薬を飲ませ、傷を治す。

 首都で売られている物と比較して作ったので治る速度は桁違いだ。製作には貧民街在住の元薬売りを頼り、宝石を売って手にした金で回復を促進させる外獣の素材と共に完成させた。

 量産の手段が整えば販売も視野に入れるつもりだが、現状は設備を用意するのは不可能だ。薬売りの男性も悔しがっていたものの、今は出来る限りの速度で薬を生み出している。

 雷の痛みが消え、見た目にも解る程に破けた黒装束から覗く傷が塞がった。元通りの綺麗な肌にまでは流石に治らなかった分、この回復薬の効力には改善の余地が残されている。

 龍を飛ばし、その威を街に示す。咆哮は上げられないものの、雷の量を増やして天へと轟雷を放つ。

 雲を消し去る程の威力は身体に流していないからこそ出来る芸当だ。これだけの量を身体に流せば、一瞬と保てずに焼け焦げて死ぬだろう。

 

「……さて、ジャンドレイクと言ったか」


「あ、あああ…………」


 全身を震わせ、冷や汗を流す男を冷徹に見る。


「どのような要件で此処に来た? 此処には日々を必死に生きる人間が居るのみだが、何故ナジムを跪かせている」


「い、いえ! 滅相も御座いません! 私はただ、質問に来ただけですッ。 決して貴方様の御気分を妨げるつもりは御座いません!!」


「ならば早く去れ。 私は人を殺す趣味は無い。 そこの人間共もだ」


「――直ちに、直ちに、失礼します!!」


 貴族は護衛と共に素早くその場を去る。

 神の言葉は絶対。故に、拒絶しようものならば神の怒りを買うだけだ。俺達の時代でも天罰は恐ろしいものとして認識されているのだから、更に古い時代であれば余計に怖く映っただろう。

 最後に雷龍を街の周囲に飛ばし、貧民街に降り立った瞬間に消した。

 雷の破壊痕は残ったままとなってしまったが、幸いなことにこの近辺に住んでいる人間は皆無だ。完全に姿が消えたのを確認して、鞘に入ったままの剣を腰に付けた。

 ナジムは変わらず跪いたままだ。俺が大丈夫だと言うまでは気を抜かずにそのままで居続け、されど大丈夫だと言っても一向に姿勢を崩さない。

 様子がおかしいと気付いた俺に、小さくナジムは口を開いた。


「今までの御無礼をお許しください、雷神様」


「一体どうしたんだ。 さっきのは演技だって合図を送っただろ?」


「はい」


 嫌な予感が不意に舞い込んだ。

 この時代において神とは何なのか。俺達の時代であれば確かに信仰と畏怖の対象ではあったが、必要以上に恐れはしなかった。長い歴史の中で神は人を助けず、決して姿を見せないと結論が出たからこそ、殆どの人間は過度の信仰を止めている。

 では、この時代ではどうだろうか。

 歴史と呼ぶには浅く、技術は遥かに拙く、俺の雑な調合ですらも驚かれる。解明された謎がこの時代には多く存在し、自然災害や流行り病を神の暴威と捉えたとしても不思議ではない。

 雷は天候の一つではあるが、その昔は森林火災を発生させる原因となっていた。勿論、人が雷に撃たれて死んだ例も数多い。

 突然目の前で焼け死ぬ人間が出た時、人はその現象に何を思うのだろうか。

 ――その結果がこれであるとするならば、俺は間違いなくやり過ぎてしまったのだろう。仲の良い人間が畏怖を覚えてしまう程に。

 見れば、周りの者達の目も変化している。これまでは親しみの宿った目を向けられていたが、信仰の畏怖の籠った目を今は浮かべていた。

 

「取り敢えず立ってくれ。 俺は普通の人間だし、雷だってちゃんと仕掛けはある」


「仕掛け、でございますか?」


「その口調は止めてくれ。 この雷はあの読心の力を持った道具と一緒だよ。 俺の持っている剣が起こしているに過ぎない」


「……では、その剣を握れば誰でも同じことが出来るのですか」


 仕掛けを説明した俺に対するナジムの質問に、思わず言葉を窮した。

 雷の力は簡単に扱えるものではない。鈍感とも呼ぶべき耐久性と速さに慣れていなければ十全には使いこなせず、俺はネル兄様との戦いでその境地に至れたから使えている。

 だから誰もが使えるのかと尋ねられれば、答えは否だ。寧ろこの雷はかなり人を選ぶ能力である。

 噤んだ俺の反応でナジムはやはりと呟いた。嘘を言えば良かったのだろうが、貧民街の住人に対しては嘘を言いたくはない。それが悪い方向に傾いたのは、ナジムの顔を見れば瞭然である。


「ならば、我々にとって貴方様は神で御座います」

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