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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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最終章:仮初の神

 畑に繋がる道を意図的に塞ぎ、殆どの貧民達を室内に籠らせる。

 一部の大人達は襤褸の服を纏い、当時と同様に態とふらつくように歩かせた。それで全てが解決するとも思えないが、時間稼ぎとしては十分だ。

 そう思っていた俺は、相手の馬鹿さ加減を完全に考慮していなかった。

 貧民街の入り口で声を荒らげる一人の男。貴族と覚られぬ為に冒険者の如き恰好をしているが、綺麗に整われた紺の髪と顔の所為で平民にも見えない。

 服装だけを誤魔化せば何とかなるとでも思ったのか。本当に全てを隠したいのであれば、そもそも顔も隠せば良かった。

 腰に下げた剣も柄の部分に宝石が嵌まっている。鞘の部分は白木を用いているのか、目立つ色をこれでもかと見せ付けて余計に乖離が進んでいた。

 これでは身分を隠していると言っているようなものだ。表情も得意気で、自分が上手く隠せていると微塵も疑っていない。

 

 周囲に意識を巡らせれば、そこかしこに希薄な気配を持った存在が居る。

 数は凡そ五人程度。入口に立つ貴族を守れるよう陣取りつつも、情報も集めていた。姿そのものは不明であれど、隠密に特化した者達なのだろうと直ぐに解る。

 警戒すべきは貴族の男よりも護衛達だ。彼等の行動によっては予想を超える事態にまで発展しかねない。それを確かめるには先ず、対話が必要だ。


「僕が出るよ。 予想外だが、あんな性格の貴族なら馬鹿正直に突っ込んできてもおかしくない」


「何かありそうだったら直ぐに出る。 場合によっては……」


「解ってる。 出来ればそうなってほしくないんだけどね」


 ナジムと手短に話を行い、早速彼は外に出た。

 ナジムの恰好も襤褸の服だ。貧民らしく態と全身を汚して貴族の前に出て、膝を折った。なるべく情けないよう振舞いながらの登場であるが、現時点で護衛が動く様子はない。

 貴族の男も剣を抜かずに見下した態度を示すままで、襲われることを微塵も考えていないようだ。ナジムはナジムなりに相手の警戒心が何処まであるのかを調べようとしたのだろう。

 目前で膝を折っても距離を取らないあたり、警戒心はほぼ零だ。今ならばナジムが殴りかかっても避けられない。

 絶対に手出しされない自信を持っているのは、恐らく剣士としての力量も影響している。王弟の話を思い出すに、その力量は本職の騎士にも迫る程。

 実際に戦ってみなければ解らないまでも、一対一の決闘であれば対等に戦えると考えるべきだ。

 しかし、実際の戦場に対等など無い。そんなものは人間が勝手に作り出した形式上のもので、謂わば遊びにも近いものだ。

 

「貴族様、貴方様のような高貴な方が一体何故このような穢れた場に来られたのでしょうか」


「なに、最近貧民街に住む者共が目立つ動きをしているようでな。 その実態を暴き、報告せよと父上に言われたのだ」


「目立つ動き……でございますか?」


「うむ。 さぁ、何を隠しているのかを早速言ってもらうとしよう。 返答次第によっては殺すことも厭わぬ。 どうせ腐る程に人間は居るのだからな!」


 ジャンドレイク家と呼ばれる家の方針を俺は知らない。知らないが、間違いなくその方針はあまり良いものとは思えない。選民思想は何時如何なる世でも出てくるものだが、件の貴族もそれは一緒だ。

 他者を見下し、貴族である己こそが全て正しいと根拠も無く信じ切っている。

 平民を好きに使うことは当然。下々の人間は貴族の為に汗水流して働くべきであり、寛容など必要ではない。潰れてしまえば別の人間で補充すれば良いと考え、結果として全ての地盤が脆くなる。

 思考の足りない思想だ。少し考えれば到達することを一分も考えずにいないから穴が無数に発見される。傲慢でいられるのは自身が完璧であるからこそで、不足だらけであれば謙虚でいなければならない。

 中身の無い傲慢など、虚飾も同然。故に、その男に対して恐怖を持つのは正当ではない。寧ろ持つべきは純粋な嫌悪であり、或いは殺意であるかもしれない。

 

「……貴族様の注目を集めているとは考えておりませんでした。 我々は日々生きることにも必死でしたので、その状況を改善しようと自分達の手で行動していたのです」


「具体的にはなんだ」


「畑を耕すことです。 今の我々にとって一番必要なのは食べ物ですから、野菜を作って飢えを満たそうとしておりました」


「成程、貧民街の者共の腹を満たすには自分達で作るしかない。 そして、貧民街の範囲は実に広い。 大人数の人間が一斉に動き出せば、何かが起きていると思わせてしまうだろうな」


「その通りで御座います」


「よしよし、そちらについては理解した。 次に行こう――――最近、此処にナルセの者がやって来ているな?」


 思考の足りない人間とはいえ、常識的な思考まではまだ死んでいないようだ。

 取り敢えず最初の語り合いは穏便に終わり、相手は次に踏み込んだ。名前を告げないのは下に見ているからか。万が一家の情報が外に漏れるのを避けるためか。

 見ている限りでは前者としか思えず、きっと最後までこの語り合いの中で名前が出てくることはないだろう。

 

「はい。 ですが、あちらは此方の様子を見るだけで御座います」

 

「嘘を申すな。 お前達の誰かが宝石を取ってきていることは知っているぞ。 それを渡し、売り上げの一部を貧民街の復興に当てているのだろう?」


 変な部分に頭が回る。

 舌打ちをしたくなる気持ちを抑え、柄に手を伸ばした。既に不穏な気配は流れ始め、護衛達も動き出している。

 ナジムが情報を持っているのは確かだ。このまま捕獲して拷問に掛ければ必ず話すと考え、位置を調整している。左右の屋根上に登る姿を一瞬だが捉え、何時でも飛び出せるように意識を切り替えた。

 殺すのは流石に不味い。貧民街に向かった貴族が殺されたとあっては、問答無用で騎士達が犯人を捕縛しに動く。ただ捕まえに来るだけならマシだが、もしも手当たり次第に虐殺でもしようものなら最悪だ。

 だから刃は出さない。鞘を腰の留め具から外し、雷を静かに体内に流し込む。

 一気に流れれば光の所為で目立ってしまう。貴族の男は気付かないかもしれないが、護衛達は気付くであろう。そのまま戦闘に発展しない為にも、どうか穏便に話が住んでほしいものだ。


「そんなことはありません! 私が知る限りになりますが、そんなことが出来るだけの力を持ってはいないのですッ」


「ほう、その割には随分と太い身体をしている。 貧民と言えば骨と皮ばかりの筈だが、おかしな話だ」


「私はまだ此処に落ちて日が浅いのです。 ゆくゆくは同じ状態になるでしょう……」


「どうかな。 もしも他に貧民らしからぬ人間が居れば、間違いなくこの貧民街は貴族の金で食い物を買っていることになる。 そうなれば、我等が王も含めて許さぬであろうよ。 卑しい人間め」


 不味い。

 この男は最初から事態を大きくするつもりだ。あるいは、当主の言葉を無視して話をそこかしこに吹聴するつもりである。

 何を話すにしろ、物事には秘めておくべきことと知らしめなければならないことがある。貧民と貴族の関係は非常に繊細で、本来ならば接触一つですら慎重に進めなければならない。

 それをこの男は容易く踏み越え、貧民を刺激した。ナジムだから激昂にまでは発展していないが、他の人間が聞いていれば武器を手にして襲いかねない。

 そして、建物に隠れている内の何名かはナジムの姿を見ていた。

 そちらの視線を読むに、宿っているのは怒り。貴族に向いたその感情が爆発していないのはまだ何も起きていないからで、一度騒ぎが起きれば抑え込むのは不可能だ。

 どのような結果に終わるにせよ、このままでは最悪の状況が出来上がってしまう。

 王にまで明確な不審活動が知られれば、流石に重い腰を上げるだろう。恐らくは不穏分子の抹殺という形で虐殺され、貧民街には多くの死体が転がる筈だ。

 

 そうなった時、未だ平民である者達も王を恐怖する。この国には恐怖政治が蔓延っているが、それが更に加速するのだ。

 地獄のような様相が幾度となく続き、最早鍛錬を続けることも生活環境を向上させることも出来ない。――それを回避しようとするのであれば、生温い手を使っている場合ではない。

 選民思想は相手が上位であればある程に従い易くなるものだ。であれば、あの王弟が真に未来の王様であることを願って一時的に芝居を打とうではないか。 

 僅かに流していた雷の威力を引き上げ、周囲に人が当たらないよう雷撃を落す。突然の轟音に誰もが警戒し、建物から姿を現した俺に驚愕の眼差しを送る。


「――騒々しい。 何事だ」


 雷神。

 その名の通り、神として振る舞ってやる。

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