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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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最終章:兆候

「二年前だ。 当時は今程異形の者共が湧いておらず、農業も漁業も安定していた。 この時勢故に領民が笑顔を浮かべる機会は少なかったとはいえ、首都に比べれば安穏とした日々を送っていたのだ」


 人々は僅かにせよ笑い合い、生活も上手くいっていた。

 これ以上の重税を課せられてしまえばその笑みも消えてしまうとはいえ、二年前の段階では然程大きな問題に発展はしなかったのである。

 だからこそ、突然湧き出た異形の群れに容易く領民は食い殺された。

 種々様々な生き物が牙を剥き、当然の如く人々を危機に追いやったのだ。騎士や猟師が対抗をしても長くは保てず、次第に領土の半分が異形の手に落ちた。

 土地も道具も、人も失った領土は著しく弱体化している。今も困窮に喘ぐ領民は多数存在していて、そこに二年前までの光景は一切存在しない。

 希望と呼べるものは最早無くなり、絶望ばかりが領土を支配していた。


「……私のような状況に陥っている貴族は他にも無数に居る。 誰も彼もがあの異形を倒す術を知らず、領土の過半を奪われているままだ」


 王家からは常と変わらぬ税の支払いを求められ、そんな税を支払う能力を民は持たない。

 必然的に口減らしを行う他無く、痩せ細った者達は日々僅かな食料で食い繋いでいる状態だ。このまま何も対抗策を得られず、人々は死に絶えるのみだと貴族の男は思っていた。

 だが、と彼は呟く。


「ナルセの家だけが、最近変わった。 異形の討伐を行う力を持ち、実際に彼の地は占領された土地を次々に取り返していった。 異様にも映る程にナルセの娘を筆頭に快進撃は続き、もうナルセの土地であれば安全だと民達は噂している」


 必然、貴族達はナルセ家を訪ねるようになった。

 利権を求める層も、ただ救いを求める層も、全員が最後の希望とでも言うべき一族に縋ったのだ。そこに宿ったのはある種の信仰のようで、王家よりも大きな力となっていたのは明白。

 しかして、ナルセ家はそのほぼ全てに話をしなかった。どのような方法で異形を退けたのかを言わない姿に、理不尽ではあれど怒りを抱かない訳にはいかない。

 王家の人間もそれは一緒だが、彼等は目先の利益よりもナルセ家と上手く付き合うことを優先した。

 爵位を上げ、担当する領地を増やし、明確な贔屓を彼等に行い始めたのだ。その殆どをナルセ家は辞退したものの、領土の安全の為にと領地の増加についてだけは受けている。

 貴族達は独自の方法でナルセ家の情報を集めた。内部も外部も調べ上げ、目の前の貴族の男は一つの情報に着目した。


 それが貧民街に入るシャーラであり、急に改善が進んだ貧民街であり、そこに居るとされる雷の剣士だった。

 曰く、その者は雷を支配する。曰く、その者は雷と共に生まれた。曰く、その者は雷の神である。

 曰く、曰く、曰く。次々に出てくる噂は、大部分が嘘に塗れている。それでも貴族の男はその人物に縋るしかなく、襲われることを承知の上で貧民街に立ち入った。

 全ては領民の明るい未来の為に。国を豊かに保つ為にも、その力は絶対に必要なのだ。

 全てを言い、貴族の男は息を吐く。これが男の持っている全てで、そこに宿った感情に嘘は無い。

 それよりも、俺は現在の状況に眉を顰めた。どの角度から見たとして、どれだけ希望的観測をしたとして、間違いなく外獣大侵攻の時期が近付いている。

 数年の猶予も無いのではないだろうか。早ければ数ヶ月後にも首都を目掛けて無数の外獣が進み、それを跳ね返す出来事が起きることとなる。


「貴族が平民を虐げているのは事実だ。 私の首一つで未来を繋げるならば、差し出すことに否は無い。 いや、差し出せるものであれば何でも差し出そう」


 だからどうか。

 頭を下げる貴族の男に、騎士達が御止めくださいと声を荒らげた。

 確かな忠誠、確かな信頼。騎士という役職に就く人間も貴族の事を好いてはいないだろうに、目の前の貴族にだけは深い信を寄せていた。

 死ねと命じれば死にかねない男の騎士は、俺を射殺さんとばかりに睨みつけている。

 きっと顔を此方に向けていないとはいえ、女騎士の方も一緒だろう。この貴族は高名な人物で、人々に優しい部類に入る。

 剣を向ける手を弱めるつもりはない。だが、とナジムと顔を合わせる。

 信用はしない。信頼もしない。この時代の中でも、ナルセを除いた家は基本的に信じないことを決めている。例えどのような信頼関係を構築出来たとしても、最後の一線までは踏ませない。

 常識的に考えるのであれば、このまま女騎士には顔を向けさせずに帰らせるべきだ。あるいは、平等である為に女騎士を殺すべきである。

 

「そこの女。 お前は読心を出来ると言われているが、事実か」


「はい」


「どのような方法で……いや、まだるっこしい言い方は止めよう。 何を付けてから読めるようになった?」


「――――ッ!?」


 俺の問いかけに、女騎士は息を呑んだ。

 何故それをと言い掛け、彼女は無言でゆっくりと自身の首に手を動かした。胴体部分の鎧を外し、その内側にある物――首部分にぶら下がったネックレスを外す。

 遺産がアクセサリーである例は多い。ナジムにそのネックレスを彼等から離れた机の上に置くよう頼み、剣を鞘に仕舞った。

 剣を戻したことで彼女が此方を向く。

 褐色肌に黒髪の美人は、俺に対して疑問符を浮かべている。言いたいことは解るが、それについては彼女自身が殆ど察しているだろう。


「装備はネックレス。 能力は読心か。 持つだけで心が読めるとは、随分と手軽な遺産だ」


「遺産? ……貴方はこれについて何か知っているのですか」


「知らないのか。 というより、そもそもあれを何処で?」


「拾い物です。 五歳の頃に家の玄関脇に放置されていたので、売れると思い拾いました」


 成程。どうして捨てられていたかは兎も角、彼女がそれを手にしたのは偶然であると。

 ならば遺産について知らないのは当然。そもそも、この時点では世界中のほぼ全てが遺産について知らない。その中で特異な力を持つ存在がいるとすれば、彼女のように偶然入手した場合が殆どだろう。

 今ならば遺産は手付かずの状態だ。調査に時間は掛かるし、まともに使えるようになる物は現代でも少ない。現時点で持っている遺産で対処するか、既存の兵を外獣向けに鍛え直す方が早いだろう。

 化け物のような素質を持っていれば、遺産無しでも遺産持ちに対抗は出来る。ネル兄様相当の人間がそう簡単に生まれるとは思えないが、何事も決め付けるのはよろしくない。

 

「取り敢えず、此方が直接の協力をするつもりはない。 最重要なのは貧民街であって、お前達ではないからな」


「承知の上だ。 では間接的な協力は受けると?」


「戦いに使える人間を送れ。 無作為に飛び込んでくるような雑魚なら潰せる程度に鍛えてやる」


「……あれを雑魚と呼ぶか」


「雑魚だとも。 本当の強者はもっと極端に馬鹿げた力を持っている。 傷を瞬時に回復する巨人に、海の底で今も眠り続けている海龍、彼等を相手にするのと比べればこの程度は何てことはないさ」


「それは驕り――ではないのだな」


「無論。 あれは決して人に倒せぬ脅威ではない。 領土の占領をしている個体は、極端な話殆どが人間の手で討伐可能だ」


 大丈夫だ、希望はある。

 そう告げると、貴族は安堵の息を吐いた。異形を雑魚と認識する為には相応に鍛錬を積まなければならないが、一度完成すれば残るは長所を伸ばすことと経験だけだ。

 戦えば戦う程に外獣の特徴は見えてくれるもので、数だけが多い集団は既存の獣を追い立てる方法が成功し易い。

 これまでの鍛錬が無駄になることもないのは俺が知っている。外獣は確かに厄介な性質を持ち易いが、決して刃が通らないような者達ではない。

 しかし、善意のままそれを教えるつもりも毛頭無かった。

 何かを欲するのであれば相応の対価を貰う。これは常識で、貴族との繋がりは今の俺達にとっては必要だ。

 嫌ってはいても避けられないのが彼等である。程々の付き合いに留め、条件を提示した。


「だが、此方の作業も手伝わせるぞ」


「勿論だ。 鍛えてもらえるのだから何も文句を言うつもりはない」

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