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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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最終章:王弟と近衛

 判断するのは一瞬だった。


「俺は居ないことにしてくれ。 すまないが、応対を任せても良いか?」


「構わないけど、何を考えたんだい?」


「例の近衛が来たというのなら、内心を読まれるのは避けたい。 それに本当に心を読んでいるのか確かめたい気持ちもある」


「それなら僕に教えない方が良いと思うけど?」


「解ってる。 だから、今話すのはこれだけだ」


 話すだけ話し、俺は玄関とは反対側にある窓から外に出る。

 ナジムの家は最近大きくなった。別に纏め役だから巨大な家に移り住んだのではなく、前の家はあまりにも風通しが良過ぎたのだ。

 その所為で雨も砂も入り放題だったので、修理された内の一つを住居として新たに引っ越した。

 外に飛び出た俺は地面に着地しないように窓枠を掴み、腕の力だけで登る。木材は質を問わずに使われたので、全てが綺麗に揃えられている訳ではない。

 凹凸を足場に屋根上まで登り、そのまま頭半分程を玄関に向けた。

 騎士の数は三。内二名は鉄素材の標準的な鎧を身に纏い、片方は男で片方は女だ。そして一歩後ろに離れた騎士は濃紺のマントを付け、明らかに二人よりも役職が上であることを証明していた。

 マントを付けた騎士については一切問題無い。あまり周囲警戒をしておらず、鎧も随分と綺麗だ。お飾りの騎士だと考えた方が自然で、ならば警戒すべきは前方二名のみ。

 どちらかが読心の力を持った人間であると解っていれば、判別方法も難しくはない。


 態と少しだけ情報を与え、ナジムは玄関から外に出た。

 読心の範囲がどれだけかは不明であれども、少なくとも居ると解っていなければ読むのは難しい筈。そして一度でもナジムの内心を読んでしまえば、間違いなくナジムの発言を嘘として追及するだろう。

 

「申し訳御座いません。 現在ザラさんは別の仕事に出向いてしまったようで……」


「ふむ――アンジェ、どうだ」


「はい。 ……嘘ですね?」


 決定。前方二人の内、読心の力を持っているのは女の方だ。

 長い黒髪を持った褐色の騎士は、ナジムの顔を見ながら周囲に視線を向けている。俺の言葉を読心内で聞き、何をどう試すつもりかと警戒しているのが明白だ。

 そして、一度嘘だと暴かれれば騎士達は容赦をしない。

 三十前半もの男性騎士は剣を抜き、ナジムの首筋に切っ先を突き付ける。言葉にはしないまでも、その態度から早く真実を言えと催促しているのは確定だ。

 

「御会いしたいのでしたら、一つお願いを」


「なんだ」


「読心を御止めください。 あの方は心を読まれることを良しとはしていません」


「……すまないが、それは出来ない。 何が起きるか解らないのが貧民街だ」


 何が起きるか解らないのが貧民街。

 騎士の言葉は実に真実で、であるならば此方がすることも決まっている。認識させることすら出来ない速度で、相手の背後を狙うのだ。

 雷を足に巡らせ、屋根を軽く蹴る。

 その物音に騎士達は視線を屋根に向けるが、既に俺の身体はマントを付けた騎士の背後だ。されど、狙いはマントを付けた騎士ではない。狙うべきは読心されないことで、故に女騎士の首筋に剣を添えた。

 突然の事態に、騎士達は動揺を隠せない。男の方は振り返って此方を睨むが、女の方は首筋に剣を当てられていることで一切身体を動かせないでいる。

 読心がもしも壁を突き抜けて周囲全員の心を読むのであれば、この攻撃が成功する筈がない。

 つまり、彼女の読心が発動するのは対象を見た時だけ。そして、背後を取られて動けない状況では読心を発動することは不可能だ。

 

「動くな。 ……どうやら、その読心能力は壁を貫通するまでは出来なかったようだな」


「貴様!」


「動くなと言っている。 貴重な読心能力者を殺してしまうかもしれないぞ」


 能力を認められて近衛にまで登った以上、それが失われる事態は出来れば避けたい筈だ。

 貧民街出身だと侮られる中ならば見捨ててしまうかもしれないが、少なくとも目の前の騎士達は彼女のことを見捨てる様子は無い。

 それどころか彼女を心配する視線を向けていて、俺の聞いた情報とは少し異なると疑問を抱いた。

 一先ず、このままでは周囲に目立つ。既に無数の目が此方に向いていたので今更かもしれないが、安易に話をするには少々此処は広過ぎる。

 

「騎士は全員武器を仕舞ったままで。 ……ナジム、部屋を使うぞ」


「解ったよ。 それじゃあ、此方へ」


 悔し気な眼差しを送られつつ、俺達が話をしていた部屋で全員を座らせた。

 鎧の着脱も武装解除も指示するつもりはない。俺達に対して何もしないことを約束してもらえれば良いだけで、もしも今回の一件で此方に攻撃を仕掛けようとするならば――相応の報いを受けてもらうだけだ。

 普段は隠している戦意を最大にする。気配を殺す時や手加減をする時には見せなかった戦意を前に、ナジムを含めた全員が肩を跳ねさせた。

 これでも地獄を体験した側だ。騎士の練度は高いには高いものの、それでも人外の集団と戦ってきた王宮騎士団と比べてしまえば数段下回る。

 化け物を倒すには相応に化け物にならねばならない。故に、彼等が委縮するのもある意味必然だ。

 

「話は簡潔に済ませたい。 名前と訪れた理由を話せ。 そこの女性は此方を見るなよ」


「解った、解った。 私はアルバルト・エーレンブルク。 ナッシュ地方の領主だ」


「――エーレンブルク? ……王族の方が来るような場所ではないぞ」


「その言い方、信じていないようだな。 まぁ、私はあまり外には出ない。 顔が知られていなくとも不思議ではないな」


 マントを付けた騎士はフルフェイスの兜を脱ぎ、精悍な顔立ちを見せる。

 金の髪を短く刈り込み、口元には小さな髭。翡翠の瞳は澄み渡るように透明で、脅されている側であるにも関わらず冷静さは微塵も揺らがない。

 王族であるとは信じていないが、有名な人物だと想定した方が良いだろう。

 姿形は不明であれども名前が世界中に響いている人間は多く居る。この人物も他と変わらない。

 

「此処に来たのはついでだ。 最近、貴族達の間では貧民街の急速な立て直しが話題になっている。 誰がそれを主導したのか、または誰が援助をしているのか。 その正体を確かめ、吸収しようと考えているようだ」


「その話題にあんた達も食い付き、此処に来たと?」


「最近は近衛の仕事も暇だったからな。 陛下から何人か借りて貧民街に足を運んでみたのだが、こんな様だ」


 肩を竦める貴族に、成程と内心で頷いた。

 全てが全て本当ではないだろう。だが、近衛を借りてきた部分は恐らく本当だ。王を守護する役割を近衛は持っているだろうから、離れるとすれば暇である以外無い。

 王が賢ければまた別の要因を想像出来たが、現在の状況からはとてもそうとは思えていない。

 されど、興味本位なのは嘘だ。明確な理由が無い限りは絶対に動かない。俺の時代でもそうなのだから、自身の身体を何よりも重要と考える人間が危険地帯に出向く訳が無いのだ。

 その上で簡単に見抜かれる嘘を吐いたのであれば、今回の状態を引き起こした人間に用がある。

 この場合は俺だ。厳密に言えば表の主導者であるナジムも含まれるだろうが、最重要視しているのは間違いなく俺である。だから読心を行える人間をこの貴族は連れて来た。

 如何なる力を持っているとはいえ、その心の内を全て暴かれてしまえば交渉なんて簡単に済む。自身が上の立ち位置に付く為にも、彼女の力は必要だ。


「――俺は簡潔に話をしたいと言った。 腕か足でも斬り落とせば全てを話すか?」


「……急かすな。 その前に確認をさせてくれ――お前がこの貧民街を立て直した人物なのか?」


「俺はただ食料を持って来ただけだ。 この街の住人は食を満たせば自発的に行動する」


「その食を満たすのがどれだけ難しいか……まさか解らないとは言うまい」


「さてな。 俺は恩を返しただけだ」


 短く、そして情報を与えず。

 優位なのは此方だと言外に告げ、貴族の男は溜息を吐いた。


「私が此処に来た理由は一つ。 味方が欲しいのだ」

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