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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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最終章:偽装商人

 ――あの少女との出会いから幾日か経ち、俺達の生活は少しずつではあるが向上した。

 元々人だけは多く居るのだ。その全てを動けるようにしなくとも、何割かを元気にすれば手足として動かすことも可能となる。

 例えば一々俺が食料調達をせずとも、戦いの術を教えて経験を積ませれば外獣の少ない地域で動物を捕獲出来る訳だ。

 栽培は直ぐに成功する訳ではない。時間が掛かるが故に一度完全に成長すれば俺達の食量源になってくれるものの、現状は水を与えるだけで野菜達は俺が安全を確保した場所で採集している。

 戦いを教えるなんてあまりにも分不相応だが、他に出来る人間が居ないのも事実。師の鍛え方を思い出しながら男性二十名を選別し、ランク三程度の実力を目標として週三回を目途に戦力を拡大していた。

 平和的思考を持ちつつ、危機察知に長ける者は貴重だ。殆どの住人は表通りを歩く人間に敵意を向けているもので、迂闊に戦う術を教えては犯罪行為に走りかねない。

 

「や、今日も良い結果だったそうだよ」


「そうか、それなら良い。 此方も此方のやりたい事に専念出来る」


 ナジムとは何時の間にか敬語を抜いた会話をすることが多くなった。どちらが先に始めたかも解らず、されど不快な思いは互いに無い。

 ナジムの語る良い結果とは、即ち食料であったり鉱石類の確保だ。人は食べ物だけで生きていける訳ではないし、かといって資金を稼ぐだけでは平民達の生きる糧を奪うだけ。

 俺達が俺達で食料を稼ぎ、金を貯め込んでいる貴族達から金を流させる。

 なるべく平民達から物を奪うような真似を良しとせず、貴族から金だけを出させ続け、平民を混ぜて強引に循環させていた。

 服も新品を買えずとも古着を用いればある程度は用意出来る。勿論全体にまでは行き渡っていないのでまだまだ完全とは言い難いが、数年もすれば何れ全てに渡るだろう。

 良いことばかりが続くが、当然全てが全て良い訳でもない。

 俺の持って来た鉱石類が商人達の間で噂となっている。更に子供達に菓子を餌に周辺住人の噂話を拾ってもらっているが、この近辺に数多くの武装した人間を見掛けているそうだ。

 

 十中八九俺を捕まえに来たか、もしくは交渉しに来たかのどちらか。

 なるべく話題になってほしくないとはいえ、何時までも同じことを繰り返していれば正体を確かめようとする連中は出てきてしまうもの。

 この首都から鉱石類は売られている以上、俺がこの首都の何処かに住んでいるのも掴んでいる筈だ。

 最悪、貴族が商人を使って俺を捕まえようとする。そうなる前に別の収入源が欲しいところであるが、その伝手については幸運なことに存在していた。

 会話をしていた俺達の耳に、子供達の大きな声が届く。

 同時に馬車の動く音も聞こえ、来たなと二人で顔を見合わせて外に出た。


「お待たせしましたー!!」


 御者の背後から俺達に向かって手を振るのは、最近になってこの貧民街に訪れるようになったシャーラだ。

 俺が雷の剣士であることを知った日から酷く此方に意識を向けているようで、少々の頼み事であれば簡単に頷いてくれる。軽く頷かれては出来なかった際に信用が傷付くと指摘したものだが、二回目に来訪した時には何と父親から許可を貰ってきたそうだ。

 彼女自身が私用で使える資金に、現当主が出せる予算の全てを教えてもらい、その上で俺が出した結論は商売の続行。

 今や平民達は明日を生きるのも苦しくなっている。なんとか貧民に落ちないように死に物狂いで働き、一日を過ごせるだけの費用を作り出している状態だ。

 金の巡りが悪いことに加え、品物の物価も随分と高くなっている。

 十年前は現在の物価の三分一であったことをナジムから教わり、なるべくその物価に戻そうとするのであればやはり貴族達から金を吐き出してもらうしかない。

 

「本日の結果です! いやぁ、随分と出してもらいましたよ!!」


「シャーラ様、何時もすいません」


 馬車を停止させ、降りたシャーラが騎士に命令を下す。

 その騎士は馬車内にある横長の木箱を運び出し、俺達の前に置いた。箱を僅かに開けると、中には大量の金貨が入っている。その輝きは実に妖しく、少し見ただけでもナジムは息を呑んだ。

 

「売れたのはどちらでしたか。 やはり宝石?」


「そうですね、彼等にとっては己を着飾る宝石の方が重要ですから。 逆に純粋な鉄は商人に喜ばれましたね。 原材料を武具商店に高く売りつけられると今頃は喜んでいるのでは?」


「ええ、そうなるでしょうね」


 共に現在の貧民街の状況を改善する為、彼女には偽装販路の役割を担ってもらうこととなった。

 商品そのものは俺達が集め、それを彼女が結成した偽装商人達が身分に合わせて売り払う。貴族には高価に、商人には格安とすることで均衡を保とうとする訳だ。

 勿論、いきなり原石を売り始める為には理由が必要となる。ナルセは剣の家なので、当然ながら商人としての知恵は多く存在していない。

 販売そのものは商人を雇えば問題無いが、外獣はこの時代において勝ちの目を拾い難い存在として有名だ。

 敵が無数に湧き出ているからこそ素材が集められず、金があっても商売を始められない。その解決として、俺はシャーラを連れて直接戦いながら指導をしていた。

 

「例の――外獣でしたか。 あれの討伐はザラ様の指導通りに動いたお蔭で可能になりました。 生態等も謎が多いとされていますのに、どうしてそんなに知っているのですか?」


「昔から戦ってきましたからね。 経験だけなら誰にも負けない自信がありますよ」


「本当に素晴らしいです! 流石は雷神様ですね!!」


「その名前は止めてくださいッ。 流石に分不相応です」


 ナルセ家が外獣討伐を可能とした。

 切り開いた領土から数々の素材を手に入れ、市場に流す。その情報が国中に流れたのは最近だが、当初は大きな騒ぎになったものだと過去を振り返る。

 実際にナルセの土地にも訪れ、鉱石類が取れる場所も確認済みだ。今はそこを起点として活動し、日夜資金を稼ぎ続けている。金が回れば生活も豊かになるもので、僅か数ヶ月であれどもナルセの土地には平和の風が流れ込んでいた。

 当主の性格も決して強欲ではなく、不必要な金は市井に流している。このまま更に拡大していけば、彼女の家を中心とした一大流通網が誕生するだろう。

 この時代の時点でベルモンド家の鉱山地帯を確保しておきたかったが、そちらは既に取られていた。

 試しに侵入を試みたものの、特に大きな動きは起きていない。野望を抱いていないか、或いは準備を進めている真っ最中なのだろう。

 

「近々我が家の爵位も上がるかもしれないんです。 国の平和に尽力した成果としてだそうですが、どうせ狙いは他所の貴族に取られるのを避けたいからでしょうね」


「王族で占有したいと?」


「ナルセ家は子爵ですから、何か一つ切っ掛けがあるだけで簡単に利権を持っていかれます。 なるべく王家は私達に利権を守らせ、育った段階で奪いたいんですよ。 ……性根が曲がっているとしか言えませんッ」


「――そうなる前に取返しが付かない所まで追い込みたいですね」


 爵位が上がれば、必然的に手出しをし難くもなる。例え成ったばかりと馬鹿にされようと、持っている権利そのものは任命された瞬間から発揮されるのだ。

 ナルセが子爵から上がる時、その爵位は伯爵だ。つまりまだ俺の知る侯爵ではないということで、更に追加で上がる時が何処かで起きるのだろうと俺は勝手に思っている。

 爵位が上がれば管理する土地も必然的に増えるもの。広がった土地に貧民達の作業場所を作れれば、ナルセ家が隠すことなく資金を此方に流すことも可能となる。

 全てはゆっくりと進行するように決めていた。俺が死ぬ前に基礎を作り上げるつもりだが、最悪の場合は外獣の種類や弱点などを全てシャーラに教えて倒れるつもりでいる。

 当人はそれを知らないまま、純粋に学べることを喜びながら剣を振るっていた。


「さて、仕事は終わりました! ということで、今日も稽古をお願いします!!」


「そうだろうと思いました。 では、広場に行きましょう」

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