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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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最終章:血鮮花の姫

「――何がそんなにおかしいのか、聞いてもよろしいかしら。 ノイン」


 マリアの質問に、嘲笑の声が止まる。

 されど罅割れたような笑みは変わらず、その目は両親二人を蔑視すべき相手として心底に見下していた。まるで取るに足りぬと言いたげな眼差しに、ネグルとマリアの眉に不快を示す皺が生まれる。

 そこに嘗てのノインの面影はまるで存在しない。以前から険悪な関係は続いていたが、これはそれまでの比ではなかった。

 ザラに事になれば兄妹の枠を超えて執着を示すのを、この二人は知らない。

 何処までも家族としての時間を使ってこなかったからこそ変貌の理由に思い至らず、唯一この場で彼女の狂気が進んでしまった理由をネルは知っている。

 ザラが永遠に戻らなくなる可能性が示唆された状況で、更に追い詰める言葉を二人は送ってしまった。

 今一番触れてはいけない領域に二人は触れ、それが彼女自身の最後の一線を踏み越えてしまったのだ。既に取返しのつかない場所に踏み切ってはいたが、ネルはこの瞬間に人が墜ちる場所に限界は無いのだと理解した。

 

 だから、これから起きることを止める術は存在しない。

 力技でも、言葉でも、最早彼女を止められはしないのだ。唯一それを止められる人間が居なくなったからこそ、暴走は加速の一途を辿ることとなる。

 剣を引き抜かったのは、王宮内で事件を起こせば己に不利となると解っているからだ。

 冷徹に状況を分析し、可能な範囲で自身に有利となれるよう思考している。烈火に燃え盛る嚇怒を胸に沈め、極寒の思考の中で出てくる言葉は常に人間らしさを持ち得ない。

 

「ザラ兄様の捜索が打ち切られることは有り得ません。 それはこれまでの王族達の態度で解っていらっしゃるでしょう? あの人が懸命に平民出のハヌマーン様を王子と認めてもらえるよう動いたからこそ、その恩に背く真似を絶対にしない」


「どうだろうな。 幾ら恩を返そうとしても、周りが騒げばそうも言っていられまい。 時間を掛ければ掛ける程、何処かの国が戦争を引き起こすかもしれんぞ?」


「それこそ有り得ませんわ。 隣国は師匠によって止められていますし、鉱山地帯は調査をしつつも通常通りに稼働させています。 他国が輸出入についてとやかく言われることはありません」


「では玉座を狙う別の勢力が動いていたらどうする? 戦力の一部を現在は捜索に充てている訳だが、その一部が欠けたことで王族の誰かが死亡すればどう責任を取るのだ」


「では怪しい組織を全て潰しましょう。 何千人単位で死ぬことになりますが――あの人の為ならば王族達も納得してくださいますわ」


 淡々と、怖ろしいことを平気でノインは口にする。

 不穏分子はどんな国にも存在するものだ。それを全て潰そうとしても、潰した先から敵が湧き出る。

 ならば、その湧き出る組織も含めて全て殺してしまおう。一大虐殺となってしまうが、組織の中には平気で他人の人生を奪う輩も存在する。

 麻薬に、御禁制販売に、奴隷。

 禁止されているそれらを保持している人間が居れば、牢に繋がず殺してしまおう。牢に送ってしまえば管理する人間が必要となり、騎士団達がその管理に人員を割かれる。

 なので、あらゆる人間を殺し尽くす。罪科の重さに関わらず、全てを悉く死刑として滅ぼすのだ。

 お前達が死ぬのは致し方ないことだ。罪を犯したのだから、死んであの世で自省しろ。――――あまりにもの暴論に、ネルがそこに待ったをかけた。


「言い過ぎだ。 それ以上言えば、ザラに会っても顔が合わせ辛くなるぞ」


「いやですわ。 私は問題に対する根本的な解決策を提示しただけですのに」


「今のお前ならやりかねない。 根本的な解決を望むのであれば敵対組織を潰していくのは当然だが、かといってそんな真似をすれば襲われていない別組織を煽るだろうさ。 その結果として襲撃を仕掛けてくれば、やはり余計な手間が掛かる」


「……解りました。 今はまだ、何もしないでいればよろしいのですね?」


「ああ。 ザラのことが心配なのは解っているが、かといって過剰な行動に出れば余計な騒ぎに発展するのは自明の理――そして、これは父上達にも言えることです」


 諫められ、表面上はノインも納得を示した。

 例えその裏側で何を抱えていようとも、ネルはその一切を構わないと思っている。ネル自身が打ち込んだ楔によって、暫くの間は彼女は足を止めてくれるのだから。

 卑怯な手段であるが、ザラを出せば多少なりとて効果が出る。そしてノインが何を仕出かすか解らない以上、ネグル達も迂闊な方法を取ることは出来ない。

 ただでさえザラの行動によってナルセが貴族社会に進出したと思われているのだ。この上、ノインが無茶な要求をすれば騒ぎ出す貴族が出てくるだろう。

 それはネグル達自身の首を絞める事と一緒だ。故に、彼女の狂気を刺激しない為に行動してはいけない。

 追い出すのも、死んだこととするのも、最早ネグルとマリアには出来ない。

 

 英雄。

 その二文字が世界全体に伝わり、そう遠くない内に吟遊詩人が歌を作り上げる。その過程でザラのこれまでの軌跡は調べられ、逆賊を止めた哀れな貴族と民衆は知るだろう。

 王族もそれに対して否を告げず、寧ろ積極的に彼のことについて幾つかの話をするかもしれない。さてそうなれば、待っているのはネグルとマリアの破滅だ。

 愛情を持たずに子供を育て、才無しと判断すれば即座に捨てる。例えどのような功績を立てたとしても、一度見捨ててしまえば助けることもしない。

 貴族の間であれば間々あることとはいえ、決して良い話ではないのは明白。継承権を持っているネルが公の場所でネグルを責め立てれば、忽ち噂話の種として広まっていく。

 そして家族を愛する現王は、そんな現当主であるネグルを見て何を思うのか。

 注意ではもう遅い。既に破綻を迎え、子供達に隠しようがない傷を残している。表面上は今まで通りに過ごせていたとしても、自身を支える精神的支柱を他者に委ねている状況では不安定だ。

 

 その支柱が誰であるかも王は見抜いている。

 全ての騒動の中心人物こそが、今回の戦いで活躍したハヌマーン派閥の人間の柱となっていた。それが失われた今、柱の存在しない派閥が弱体化していくことは避けられない。

 その弱体化を促進するネグルの存在を王は許容しないとこの場の全員が理解している。故に、余計な騒ぎはただただ自分の首を絞めるだけだと突き付けた。

 これまではネグル達の願いの通りに子供達の想いは却下されていた。

 だが、ザラの行動から始まった一連の全てによって今度はネル達の意志の方が優先される。この集まりは秘密にするとネグルとマリアは決めていたが、本当に秘密にするかどうかを握っているのはネルだ。

 

「もう私達は貴方達に従うだけの存在ではありません。 私達は私達がしたいようにする。 そこに嘗ての因習はありません」


「……私達を敵に回すと」


「そうしたいのであればそうすれば良い。 ただし、私達の敵対とは国家との敵対です。 今度は私達が王家の剣としてハヌマーン様を排斥しようとする御二方を殺しましょう」


 剣の腕?ナルセのしきたり? 

 諸々全て、どうでも良いのだ。古いものを捨て、新しいものにただ変えるだけ。これからのナルセにおいて、他者との関りを断つ真似は絶対に行わない。

 例えその結果として苦しい思いをしたとして、ネルもノインも挫けることは無いのだ。

 既に苦しい思いを持った人間の背を兄妹は思い出し、そっと席から立つ。これが最後の会話だと言うように退室する二人を、ネグルは一人静かに見つめていた。――――その下にある、固められた拳をそのままに。

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