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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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最終章:雷の喪失

 戦いは終わった。

 屋敷は潰れ、そこに住む全ての貴族は死亡。資金源であるアーサーを始めとしたベルモンド家もナノを除いた全てが死亡し、人工外獣もヘッジ率いる最高位冒険者達の手によって倒されている。

 前線はその知らせを聞き、一気に状況が傾いた。何も知らないベルモンド家に雇われた兵士達は悉くが降伏。その情報を嘘と断じた一部の戦力は戦いを続行するも、少ない戦力では長くは続かずに死に絶えた。

 屋敷に僅かに残った貴族の首を持ち帰り、潰えた証拠品の替わりとしてこれを市井の広場に展示。これをもってこの戦いは終わりだと世界全土に伝え、王宮に住まう者達は一時的な平和を肌に感じていた。

 だが、それは表面的なもの。より深く、より中枢に近い人間程未だ問題が残されていると理解している。

 帰ってきた者達の中で、ヘッジ達だけは五体満足のままだ。彼等の身体に致命傷は存在せず、衣服が多少なりとて汚れた程度。

 

 人工外獣は確かに他の外獣よりも能力が強化されていたとはいえ、それでも最高位の冒険者には届かなかった。

 彼等は褒美として金貨と休暇を貰い、今は一時的に自由の身となっている。今こそ警戒をすべき時ではあったが、それでも王は彼等の自由を許した。

 そしてもう一方。ザラが率いた者達は、その肝心なザラを残して全員が帰還した。

 ネル・ナルセとヴァルツの絶望を一身に背負ったかのような表情は関係者の中でも記憶に新しく、二人がこれほどまでに心を揺さぶられた場面を他の面々は見たことがない。

 貴族達は全て操られていた。全ての根本にあるのはベルモンド家であり、歴代の負の遺産が此処で爆発したからこそ面倒な事態にまで発展した。

 否、ハヌマーンという例外が発生したからこそ彼等は動き出したのである。それが無ければベルモンド家は動かず、全ての騒ぎに一切の関与をしなかったであろう。


「……」


「……」


 夜。

 与えられた王宮の一室で、ネルとノインが向かい合うように座る。

 両者の顔に喜びは無い。街は勝利に浮かれ、夜中に近付いているにも関わらず騒ぎ放題だ。その音はこの王宮にも届き、されど二人の耳には入っていない。

 一度、彼等は大切な人間を喪失した。才能と呼ばれるものによって家族殺しを起こそうしていた少年は、その心根を腐らせる前に姿を消して平民になることを選んでいる。

 偶然にも二人は港街で再会し、その別れは短いもので済んだ。対話を行い、剣をぶつけ合い、己の想いを吐露したからこそ以前よりも距離は近付いた。

 五年という別れはあったけれど、その時の二人には希望があったのだ。二度と別れることもなく、これから先の未来の中で再度ザラと過ごすことが出来るのだと。

 幼き日の頃の如く、純粋無垢にも確信を抱いて日々を過ごしていた。


「……ネル兄様。 ザラ兄様は何処に居るのですか」


「……すまない」


 輝く宝石は既に彼女の中には無い。

 王によってザラの捜索は始められたが、現状の情報はどれも絶望的なものばかり。遺産の特徴を聞いた王も管理担当達も転移に関するものではないかと当たりを付けて捜索区域を大陸全域としたが、全てを調べ切るのに膨大な時間が掛かるのは明白だ。

 その捜索に掛かる費用とて安くはない。王が生きている時代までに見つかれば僥倖ではあるが、もしも見つからなければ最悪捜索は打ち切られてしまうだろう。

 それはつまり、ザラの死亡を意味する。

 行方不明扱いのザラを死亡扱いとし、両名に諦めを促して事態の収束を図るのだ。ザラは今回の出来事によって大きく名を残し、ネル達と並んで英雄の席に座ることとなった。

 その人物が行方不明となったことは確かに騒ぎになるも、やはり事後処理の方が王宮側は忙しい。人間一人の捜索に人員を派遣するのすら手続きに時間が掛かったこともあり、出来れば今は放置しておけというのが貴族達の総意だ。

 

 この戦いで死んだ人間は多く居る。

 彼等の家族に対する慰安金や墓の設置もせねばならず、生き残った者達にも報酬を渡さねばならない。私兵達も厳密に審査され、活躍に応じて結果を出す。

 その最終的な判断を下すのはやはり王で、ハヌマーンを含めた王族達も今は忙しさで寝る暇も無い。

 ネルも解っている。今はザラの捜索に時間を費やすのではなく、事態が落ち着く方を優先すべきであると。

 しかし、そうだと言い切るにはあまりにもノインやナノがザラに傾倒し過ぎていた。最初はその知らせを受け、二人共に泣き崩れた姿をネルは見ている。

 一夜が経っても二人の表情に笑みは無く、半ば譫言のようにザラの名前を呟いていたのだ。最近になって漸く正気を取り戻したが、ナノは今にも自殺を行い掛けていた。


「もう、一月も経過しました。 何も情報は得られないのですか」


「あれが転移だと確信している訳ではない。 その確率が高いだけで、もうザラはあの空間に飲み込まれて死んでいる可能性も……」


「――そんな言葉を聞きたいのではありません」


 剣を引き抜く音がした。

 ネルが気付いた時にはノインは彼の首元に剣を突き付け、光の無い眼差しを送っている。希望の欠片すら残されていないその目に、ネルの背筋に強烈な怖気が走った。

 純粋無垢な輝きは光を放っている間は強力だ。だが、僅かな濁りすら許していないからこそ酷く簡単に闇に落ちてしまう。今の彼女は正しくその状態だ。

 心が闇に沈んでいる。彼の死を一切受け入れず、生きているのだという現実しか受け入れない。

 壊れそうな心を無理矢理繋げ、されど時間と共に確実に崩壊の一途を辿っていた。ほんの少しの切っ掛けによって彼女の心は壊れ、その身体は死へと向かうだろう。

 一月の間に彼女の心身は弱っている。頬も痩せ、眠っていないのか隈も濃い。

 それは今も居ないナノも同じで、彼女はハヌマーンによって強制的に休みとしている。その分ハヌマーン自身の仕事量が増えているが、今の彼はザラのことを考えたくない一心で仕事をしていた。


「結果を。 あの人が生きている情報を早く手にしたいのです。 ……そうでなければ私は、私は」


「解っている。 ああ、解っているとも。 俺だってザラが死んだと思いたくは無い。 生きているなら今すぐ飛び出したいくらいだ」


 ヴァルツは既に己の足を使い潰す勢いで探し回っている。

 ザラと親しい間柄だった冒険者達も捜索に参加し、王宮とは別の方法で動き出していた。ヴァルツは近々隣国の姫と結婚する予定を立てているが、最終的にその隣国をも動かすだろう。

 ザラの為に探し回っている人間が居る。二人はザラの情報を一ヶ所に集める役割として動くことを許されず、日夜ハヌマーンの護衛という建前で王宮に滞在している形だ。

 

「……最近、父上が来たよ。 正式にザラを死亡扱いにしろとしつこく言われた」


「母上もですか」


「そっちの意志は不明だが、父上が正式に言い出した時点で母上も頷いているだろうさ」


「そうですか。 ――――邪魔ですね」


 一言、ノインは呟く。

 なんてことはないような言葉だが、しかしそこに宿っている感情は極大だ。如何なる感情表現を飛び越えて、僅かな言葉にこれだけの殺意を込められるのかとネルは思う。

 しかし、ネルもまたノインの言葉に賛成だ。

 あの二人はザラに対して何の愛情も抱いていない。それはこの二人も一緒であるが、才能の差の所為で余計にザラは不要と判断されていた。

 明確を結果を出したにも関わらず、それは遺産に頼ったからだと言うだけ。別れた後のザラの尽力を知らず、活躍を知ろうともしないからこそ、何の色も浮かべないナルセ当主の言葉にネルは憤怒を抱いた。

 ここまでか。

 ここまで、ザラを要らない者とするのか。

 

 ネルの目には、当主の座が酷く安っぽく見えていた。その椅子に固執する意味が見出せず、何故幼い頃の自分は父親達の笑みを見たいと思っていたのか解らない。

 全てが全て、あの父親達から始まった。

 悲劇を生む引き金を押したのは間違いなく両親達で、彼等が僅かなりとて愛情を注いでくれれば家族の崩壊は起こらなかっただろう。

 だが、最早時間は戻らない。両親は愛ではなく、打算を選んだ。

 家の存続を選び、その為に不要な種を斬り落とした。ならば、兄妹達も同じことをするだけだ。


「何もしなければ俺達が不利なだけだ。 ……だが、もしもう一度動くようなら」


「はい。 もう、要りませんので」


 ――消してしまおう。

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