第七部:悪足搔き
切断した上半身は頭部と同じように地面に落下した。
剣によって貫かれた頭と心臓は再生する素振りを見せず、巨人側の身体も一切動きを見せない。完全に死んだことを警戒しながら確かめ、これで本当に終わった筈だと周囲を見渡した。
俺が端に寄せていた遺産持ちの姿は消えている。全身のあらゆる部位が折れている状態で逃げられるとは思えないので、やはりアーサーの融合によって取り込まれてしまったのだろう。
残念なことだが、今は生き残ったことを喜ぶべきだ。疲れ切ってはいるものの、心を満たすのは歓喜だった。
身体中は怪我だらけだ。擦り傷、罅、風穴等々。少しでも動かすだけで痛みが全身を駆け巡り、穴の開いた足からは靴を濡らす程の血が流れている。
師が慌てて渡してくれた回復薬を飲み、傷が塞がるのを待つ。
兄妹も少なくない被害を受けている。その殆どの傷は回復するとはいえ、失った血や体力までは元には戻らない。
「……一先ず、誰か二人を選んで本営に向かわせましょう」
「行かせるならノインとランシーン殿です。 女性のみとなりますが、出来るだけ早く二人には安全になってもらいたい」
「そうだな。 これ以上の役目は俺達だけで十分だ」
男尊女卑と言うつもりはない。だが、女性は出来る限り守ってやらねばならないのも事実。
女性の仕事は決して戦うだけではないのだ。結婚して、子供を産み、次代を育てる一助も担っている。男側も手伝うのは当然とはいえ、やはりどちらが主軸かと言われれば女性側だろう。
ノインとランシーンが結婚するかは解らない。解らないが、こんな危険な場所に二人をこれ以上置く必要性は皆無だ。
女性二人は少々不満そうにしているものの、俺の顔を見てから溜息を吐いて承諾してくれた。
体力をある程度回復させた二人が走り出す。その背を見つつ、自然と目はアーサーだった死体に向く。
転がった死体に動きは無い。二度も復活されるような事態は避けたいが、それを判別する術を此方は知らないままだ。例の融合を発生する遺産も目に見える範囲では発見出来ず、一度完全に解剖しなければ見ることは出来ないだろう。
「師匠、今回はありがとうございました。 お蔭で全員無事に生き残ることが出来ました」
「お礼を言う必要はありません。 私にも目的がありましたし、何より弟子の成長を直に見ることが出来ました。 ……皆、私が想像している以上に強くなってくれましたね」
「まだまだ並ぶことも出来ませんが」
「当たり前です。 そう簡単に並ばれるようでは私が形無しですよ」
師との他愛もない会話に不意に笑みが零れる。
警戒はしているものの、今度こそ終わった筈だ。願望も込めて胸中で呟き、周囲を見渡す。
戦いの終わった場所は酷く静かだった。屋敷の中でも騒ぐ声は聞こえず、やはり貴族達は全滅してしまったのだろう。遺産持ちが出てくる様子も無く、此処に集まっていた戦力はこれで全部だ。
例え生き残りの貴族が居たとしても、所詮は有象無象。剣を突き付けるだけで降参を示してくれる。
少なくとも、新たな異常が発生するまではこの風景は同じままだ。
帰ったら先ずは報告だ。予測も交えたものになるとはいえ、俺達の報告を聞いた王やハヌマーンも同じ内容に到達する筈だ。
此度の結果は遺産の管理に問題があったからこそ起きたもの。
より遺産管理に力を入れ、これから一斉検査でも入る可能性は十分にある。というより、ナノが絶対に提案するだろうな。
「帰ったら報告に、慰労パーティーに、勲章授与ですよ。 忙しい日々が続きますね?」
「他人事ではないですよ。 師は隣国で結婚するんでしょう?」
戦いそのものも大変だった。だが、王宮に戻ればもっとやることが増える。
パーティーよりも授与よりも、先に遺産管理の見直しをしてもらいたいのが本音だ。だが、そちらを先に優先しては貴族達から不満の声が王に届けられてしまう。
実際、前線を維持しているのは王の騎士団以外にも私設軍や冒険者だ。だからこそ、彼等の慰安も兼ねて式典はしなければならない。
一斉検査が出来るのは早ければ一ヶ月も後だろう。自分から隠し持っていた遺産を提示すれば王はきっと軽い罰で済ませるだろうが、もしも最後まで隠して露見すれば重い罰にされる。
そんなことは貴族達も解っている筈で、検査が開始される前に自分から遺産を提示する人間が出てくるだろう。
問題があっても無くても管理は王家の役割だ。だからこそ、提示しても返されることはない。これがあって余計に貴族達に遺産を持たせるのは不味いとする風潮が発生し、王が定めた人間のみに遺産が渡されることは確実だ。
俺の雷剣も返却予定だ。これがあったからこそ生き残れたが、本来これは参戦する予定が無かった。
「あははは、そうですね。 ザラ様も結婚ですし、忙しくない時間の方が少なくなると思いますよ」
「そう言えば、お前が兄妹の中で最速か」
「……まぁ、彼女を守る為のものですから。 恋愛感情がある訳ではないですよ。 落ち着いて、彼女にとって本当に好きな人間が出てきたら密かに結婚させるのも良いと思ってます」
少しだけ二人が茶化す雰囲気を発しているが、俺は彼女を守る為に結婚するのだ。
そこに真の愛があるかと言われれば首を傾げるし、その点は彼女も一緒の筈。一度結婚すればそう簡単に離婚は許されないが、内縁の旦那としてなら彼女は好いた異性と一緒に過ごせる。
俺はそれで構わないと思って口にしたが、他二人は何とも言えない目を向けていた。
呆れているような、微笑ましいような、怒っているような。複雑な視線は俺を責めているようで、何とも肩身が狭くなる。
「ザラ……本当にナノ嬢が拒絶の意志を示すならもっとはっきりと言うだろう? あの人がお前に対して言葉を選ぶ姿はちょっと思い浮かばんな」
「私も少しだけしか会話をしていませんが、貴方に対して好意を持っているのは確かです。 その話をすれば悲しまれますよ」
ナノは確かに、俺との結婚に対して特に文句を言ってはいなかった。寧ろ申し訳無さそうな顔をしていて、もしも俺が内縁の旦那を許容していると言えばどんな表情を浮かべるのだろう。
喜ぶのか、怒るのか。解らないが、少なくとも二人の話を聞いた後では後者の方に意見が傾いた。
確かめる必要はある。だが、もしも本当に好意を持ってくれているのであれば此方にとっても申し訳が無い。まだ彼女に対しては友人のような気持ちを持っているだけで、愛している訳ではないのだから。
本当の恋も、本当の愛も俺は知らない。
それを育めるかどうかも俺は解らないままだ。けれども、それをそのままにするのは違うだろう。
真摯に向き合い、互いに最良の結果を導き出す。隠し事なんてせずに本音をぶつけ、その上で結婚の意志を固めたい。
友人同士だったのだ。多少異なる事情があるとはいえ、仲を深められないなんてことはない。
だからやれるさと決め――その瞬間に地が揺れた。
痛む身体に鞭を打ち、武器を引き抜いてアーサーを見る。巨人の身体に異変は無い。上半身も特に動いてはいないようだが、その代わりに見開かれた眼球だけが動いた。
震える口を動かし、何かを呟く。
しかしそれは音として外には出ず、最後に歪んだ笑みを見せるだけだった。
何が起きているのか解らない。だが、何かが起きている。屋敷に仕掛けでも施されていたのか、それとも別に遺産持ちが潜んでいたのか。
解らない。解らないことだらけで、何も知らない俺達の足元の地面が急に沈んだ。




