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甲殻の王者

 走る、走る。

 訓練通りに、師の教えた通りに、屋根の上へと再度登ってひたすらに目的地へと足を動かす。

 既に戦場は鉄火場となっていた。元より鐘が鳴り響く程に相手は接近しているのだからそれも当然であるが、あまりにも件の生物は街に近付き過ぎている。

 遠目で視認出来る限り、その姿は大型のヤドカリだ。巨大な竜の頭蓋骨と思わしき殻を背負い、今も縦横無尽に陸地を六本の足で駆けずり回っている。

 その足元には人間の姿が複数。豆粒と同等の大きさの冒険者達の姿に、件の生物の大きさが嫌という程伝わってきた。

 単純に見たとしても、相手は小規模な砦だ。それが動いて人間を襲っているなど悪夢にも等しい。

 高ランク帯であればこのような生物を見かけることもあるのだろうが、それでも俺が知るあらゆる生物よりも大きな姿はそれだけで畏怖を胸に抱かせた。


 勝てるだろうか――――否、勝たねばならない。

 此処で敵の侵攻を阻止出来なければ、待っているのは蹂躙だ。相手は陸路も水路も移動出来る甲殻類。

 実際には陸路しか移動出来ないのかもしれないが、水路について考えないのは愚策も愚策だ。

 冒険者の中で一番先頭を走っているのは小柄な双剣使い。俺よりは大きいにしても、それでも成人男性と同等の身長とは呼べないだろう。

 遠目で見えた顔つきも若い。その顔を必死の形相に染めながら二振りの剣を巧みに使い、呆気なくも簡単に甲殻類の紫の身体に弾かれた。

 双剣使いはその事実に、しかし一切動きを止めない。


 最初から解っていたのだろう。ランク八と認定されていれば、自分の攻撃が通らない可能性は極めて高い。

 ただでさえ難敵認定されているにも関わらず、前線を務めているのが双剣使いだ。他にもハンマー使いや大剣使いの冒険者も見えるが、彼等は彼等で好機を見定めていた。

 実戦はこれまでも複数回熟している。だが、その相手は決して強者ばかりだった訳では無い。

 世間一般的には弱者に相当するような相手を三人で協力して倒しただけで、俺個人での実績は皆無だ。

 自分の腕が震えているのが解る。衣服の下にあるのは致命箇所を塞ぐだけの金属板だけで、それ以外はただの衣服も同然だ。

 武器もショートソードが一本。何の細工もされていない純粋な鉄剣であの外殻を破壊するのは不可能だ。

 

 ――やるならば一番脆い関節部分。

 そう決め、ついに街から外へと身体は飛び跳ねた。

 空中で姿勢を整え、狙いは甲殻類の足。これから何をするにしても、相手の動きを阻害するのが最優先だ。

 全力を込めて跳ねた結果として、俺の身体は元々の建物の高さも含めて余計に高い。

 まともに受け身も取れなければ骨が折れるのは間違いなく、故に落下時の威力も普段とは比べものにならない。

 落ちる、落ちる、瞼を閉じたくなってしまう程に。

 


『――! ――!』


 誰かの大声が耳に届いた。

 だが、風の音によってその声の中身までは届かない。それよりも意識は剣に、柄は強く握り締め、切っ先は下を向き、未だ動きを見せない外獣へと一直線に落ちていく。

 この分ならば直撃は確定。相手も他の冒険者に意識を向いている所為でまったく此方に視線を寄越さない。

 いけると、頭の中にはその四文字が駆け巡った。

 落雷の如く貫く。その意義でもってついに刀身は外殻に触れ、その刹那に外獣と目が合った。

 黒い真珠の如き目には何の感情も乗せられていない。こうして生物を殺しているにも関わらず、この外獣は口から泡を僅かに零しているだけ。

 景色がゆっくりとなっていく。灰色のようにも見える世界の中で、焦燥すら感じる程刀身はゆっくりと足と胴体の付け根に入って行った。

 瞬間、景色に色が戻る。速度も元に戻り、地面に着地した衝撃で足に激痛が走った。

 

 あまりにも突然の事態に、一瞬だけ意識に空白が生まれる。その間は何も考えられず、相手の状態すらも片隅に浮かばなかった。

 

「おい! 避けろ!!」


「……ッ、オオオオオオオオオオ!?」


 無意識に身体を跳ねさせる。

 その下を紫の刃が通り過ぎていくのを視界で捉え、地面に突き刺さった剣を引き抜いて外殻を蹴り飛ばす。

 着地先は外獣から距離を開けた地面。

 今度は込めた力が弱かったので高度は低いが、距離を取ることはこれで出来た。

 俺の成果は――右足一本の切断。

 紫の細長い足が地面に横たわり、胴体部分からは黒い液体が流れ出ている。外獣は身体を震わせ、明らかに痛みに悶えているのが見て取れた。

 

「よくやった! 君も冒険者か?」


「はい。 最近この街に来たばかりです」


 声を掛けてきたのは頭髪の無い茶色い肌の男性だった。

 銀の全身鎧のうち、頭部だけを露出して話し掛けてきた男性は外獣に視線を向けたままで、未だ相手が降参したのではないということを肌で証明している。

 使用武器はその男性以上の身の丈を持つ両手斧。一振り一振りが遅い分、重い一撃を与えることが出来るだろう。

 

「君も運が悪いな。 来て早々にこんな怪物を相手にするなんて。 ……見ろ」


 男が顎で指し示す先には、既に他の足を駆使して立ち上がる外獣の姿がある。

 黒真珠の目は此方に固定され、明らかに狙いを定めているのが理解出来た。甲殻類に意思が存在するかは不明であるが、少なくとも相手は優先順位を決めることは出来ると見て良い。

 腕は恐怖とは別の理由で震えていた。一番柔らかい部分を攻めたとはいえ、それでも硬いのは事実。

 切断は出来たものの、もう一度同じ真似をしろと言われても出来ないだろう。その時は腕が先に折れる。

 切っ先は欠けていた。これでもう、この戦いの中で突きを行うのは不可能だ。

 初めてこの剣を購入してから、この切っ先は一度も欠けてはいない。そもそも刃先が僅かでも欠ける機会が無かった故に、それだけ相手の外殻が圧倒的だったのだろう。


 剣を前に構える。

 見た目は同じ甲殻類とはいえ、中身は別物。

 ゆっくりと進み出すその様子は酷く緩慢で、御世辞にも速いとは言えない。だが、俺が飛び跳ねる直前までに迫っていた刃は並ではない速さを出していた。

 冒険者の数は百人を優に超える。その中には上半身と下半身が別れた死体も存在し、今も引き摺って安全圏へと移動する冒険者の腕か足は無くなっていた。

 地面には雑草の生い茂る草原がある。緑ばかりの風景に鮮血の色と毒々しい紫が交じり合い、その場を一種異様なものへと変えていた。

 外獣の頭部が後ろに傾く。

 直後に何か来ると足は左に動き――――その真横を黒い何かが通過した。


「……は?」


 目玉だけが横へと動く。

 俺が一瞬前に居た場所には黒い液体がある。それなりに範囲もあるのか、先程まで会話をしていた男性はその液体に塗れていた。

 だが、問題なのはそこではない(・・・・・・)

 直撃を受けた身体は急速に溶けていた。一瞬前まで人の形をしていた存在が煙と共に消え去り、黒い残骸を残すだけとなっている。

 背筋に嫌な予感が過った。頭が判断を下す前に足は更に左に動く。

 やはり視界の横に黒いものが過る。背後から誰かの呻き声が一瞬だけ聞こえたが、それも直ぐに消えた。

 目が外獣の口を捉える。黒い泡の量が減り、涎の如く僅かに黒い液体が口周りを汚していた。


 命中することは決して許されない。当たれば即死は確定。

 しかもその速度は並ではない。致命の一撃が俺が認識出来る限界手前で迫るなど、冗談では済まされない。

 双剣使いはこれを警戒していたのだ。常に動き回り、例え効かなくても攻撃を打ち込み続けたのだろう。

 両腕に付いている鋏は飾りだ。実際の武器はこの液体であり、胴体から垂れ流し状態になっている液体も同様に溶かす類のものだと思って良い。

 必要なのは液体の完全消費。他からの供給が存在しない以上は、液体を再度溜める事は不可能だ。

 

「右ッ、!」


 回避。口元だけに視線を向ける。

 相手は此方へと前進し、進めば進む程に液体の射線を読み切る事は出来ない。

 下がり、距離を取り、接近を許さないまま戦う。剣を振るえる距離で戦えば間違いなくこの外獣に殺されてしまうだろう。

 

「今は私に注意が向いています! 何でも構いませんから、先ずは足の切断をお願いします!!」


 今、件の外獣は俺が足を切り落とした事で最優先で此方を狙っている。

 故に他への注意に意識を割いている様子は無く、そして俺の剣で切れた以上は彼等の武器でも破壊は可能であることを告げていた。

 その直後、後頭部が傾く。相手の発射の間隔は非常に短い。

 一発一発は速いものの、何とか相手の口元から射線を予想して回避することは出来る。だから次の攻撃もいけると自身を鼓舞し、冒険者達も勇気を振り絞って前に出た。

 一番前を進むのはやはり双剣使い。同じ剣を使い、俺の横に並ぶ。

 どうやら彼も俺と同様に回避に専念することを決めたのだろう。狙いが複数になれば、自然と狙うまでに時間が掛かる。

 その間に本命が一気に接近し、足を切って液体の排出量を増やす。

 先の攻撃によって関節部位が弱いのは証明済みだ。だからこそ、彼等も自信を持って攻め込むことが出来る。


 俺一人で戦うのであれば絶望的だが、他の仲間達と一緒であればその絶望も覆せる。

 街は一切荒らされず、これ以上の犠牲も出さず、相手は何も出来ぬまま死ぬのだ。それで決まりだと相手の出方を窺い続け――――突如として背後から液体が発射された。

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