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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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第七部:雷神の戯れ

 なるべく隠れながら進む事を基本にしているとはいえ、それでも限界はある。

 遠くの空では既に赤い火が放たれていた。それが戦いの合図となり、何時始まるかも解らなかった状況を一気に進ませた。

 始まるのは俺の知る記憶の中でも最大の戦い。内紛と呼ばれる骨肉の争いが容赦無く人間を殺し、狂気の釜の蓋を開けている。

 これが閉じることは無い。釜の底に居る勢力がどちらか片方のみとなった瞬間に戦いが終わり、掬い上げられた者達は眼下に広がる血と肉と骨の海を見ることになる。

 外獣との戦いですらそれを見る機会は少ない。巣の中に複数の死体が居ることはあったが、それを遥かに上回る死者の軍勢を見ることは誰も予想していなかった。

 戦争だ。一心不乱の虐殺合戦だ。それを引き起こしたのは敵であるし、俺達でもある。

 互いの主張が激突した結果がこれだ。あまりにも愚かしい結末に不快感を覚えつつ、予想通り姿を現した外獣達を全員で迎い撃った。

 

 俺が進むのは前列だ。

 ランシーンとノインの三人で進み、後方にはネル兄様とヴァルツが居る。俺達が万が一罠や奇襲を受けて死んだとしても、最大の戦力である二人が生きていれば続行は可能だ。

 最初にその説明をした時は二人に反対をされたが、言い合いをする時間は残されてはいない。ノインもランシーンも俺の判断に頷き、一緒に前を進んでくれた。

 誰だって死ぬのは御免だ。死にたくないから自身を鍛えたのであるし、今も戦場で屋敷を目指している。

 敵の牙は鋭い。捕まえた外獣を全て解き放っているのか、襲い掛かる敵の種類は様々だ。明らかに鉱山地帯で活動する筈のない個体も目立ち、動きの悪くなった背中が棘だらけになった亀の首を一気に切断した。

 鉱山地帯で活動する敵と言えば、有名なのは鉱山内で襲い掛かる蝙蝠や粘液系の者達だ。彼等は生き物を発見したと同時に無差別に襲撃を仕掛け、骨を除いた全てを貪ろうとする。

 

「ブラウンウルフが二ッ、ニードルトータスが四!」


「サイコイーター六撃破! ……選り取り見取りね!」


「アンチバットを全滅しました! これで襲撃は終了です」


 外獣が解放されているとはいえ、その数そのものはやはり多くは無い。

 元より外獣を捕獲する自体が有り得ない話だ。捕獲して研究することが無いとは言わないが、基本的には自然界で活動する外獣達を観察して生態を調べる。

 強引に捕まえた所で完璧な調査は出来ない。攻撃手段や弱点を調べることは出来るだろうが、それだけで全てを攻略出来るのであればもっと研究は公に行われていただろう。

 鉱山地帯で働く炭鉱夫は多く居る。そのもの達に万が一にでも目撃されない為に、夜な夜な外獣を秘密裏に運び込んでいた筈だ。

 人工外獣誕生の為に何匹も犠牲にしていただろうし、元々の数は決して多くはない。

 今の俺達でも圧倒は可能だ。後方の最大戦力を頼らずとも、ノインもランシーンも手早く処理を済ませてくれた。斬った際に付着した血を軽く落とし、さっさと移動を再開させる。


「この外獣達は近場の穴から出てきたのでしょうね。 そうでなければトータスのように遅い個体と鉢合わせになるなど考えられません」


「無差別に開放していると見るべきだ。 俺達みたいな少数精鋭が潜り込んでいるのを考慮して、雑魚を放ったんだろうさ」


「ですが、この程度では大した障害になりません。 解放するだけ無駄だったのでは?」


「そうでもない、と俺は思っている」


 ノインの疑問に俺は否を突き付ける。

 王宮側が最大戦力を出すことを向こうは確実に予測している。俺の事も向こうは知ったであろうし、潜り込んでいないと考える方が間抜けだ。

 その上で全て潰されると解った上で放った。――そこから予測出来ることと言えば、単純な時間稼ぎだろう。

 無差別に外獣が解き放たれているとはいえ、穴の場所は決まっている。そこに出向き、戦闘音を掴めば俺達が居ると自然と解ってしまう。

 勿論、俺達が進むのが早過ぎて見逃す可能性はある。

 そうであれば屋敷で直接構えれば良い。最終防衛線になるとはいえ、戦力の集中は戦において定番だ。層を厚くさせて守り抜ければそれで良し。

 つまり各個撃破こそが俺達にとって都合が良くなる。――と、結論を出した直後だった。

 俺達の居る位置よりも高い場所から怒涛の勢いで大量の水が突如出現する。人一人は容易く飲み込める高さを持った津波は常人であれば驚愕と恐怖を抱くに十分だ。

 

 だが、戦力として弱くとも前衛の力は決して並ではない。

 横一閃の斬撃を放ち、直ぐにランシーンの斬撃の嵐が襲い掛かった。水の一部を斬った程度では元に戻ってしまうが、暴風の如き連撃であれば水を吹き飛ばすことも出来る。

 そこに追加で俺とノインが剣を叩き込めば、津波に大きな穴を開くことも出来る。

 その穴を全員で通り、津波の先に居る男に駆け出す。最初に辿り着いたのはランシーンで、振り被った剣を一人の男に叩き付けた。

 だが、その攻撃は水の激流によって威力を殺される。

 背後に背負った瓶から水が勢いよく飛び出し、吹き飛ばされたランシーンを追撃せずに龍の形を取って空中に留まっていた。

 

「やっぱり来やがったか、劣等共」


 水の瓶を持っているのは全身が筋肉に包まれた男だ。

 ギルバルト・ヘッケラン。ナナエが集めてくれた情報通り、この場には相応しくない灰色の礼服を着込んだ水の遺産を操る者。

 水という重要資源を供給する側であるが故に最も屋敷に近い位置に陣取っていると思っていたが、予想に反してこの男は最も麓に近い位置で待っていた。

 誰かが諫めるべきだろうに、恐らくは遺産の所為でまるで言うことを聞かなかったのだろう。今は他の遺産持ちも散開しているだろうし、自身の有用性を活用して好きに行動しているに違いない。 

 男の相貌は実に愉快気だった。此方のことを羽虫か何かにしか見ていないようで、それは言葉からも解る。

 他者を見下し、自身を至高と思うその考え。ナナエの報告通りであるとはいえ、中々に傲慢に傾倒しているようだ。


「良いのか、お前が居なければ水の維持なんて不可能だろ」


「はッ、少しは考えねぇのか? とっくに備蓄を用意してある。 俺が居なくても数日は困らねぇよ」


「そうかい」


 馬鹿な思想をしているから根本的に問題児だと思ったが、基本的な部分だけは守っているらしい。

 いや、それも命令されたからだろうな。他人の命令を大人しく聞くようには見えないが、単純な実力差で黙らせられたことを隠したと考えるべきだ。

 であれば、自意識は十分に過剰。口角を持ち上げ、敢えて嘲笑をギルバルトに送る。


「お前はもう要らないって訳だ。 奴等にとって重要なのはお前じゃなくて遺産の方だからな。 役目を終えたら何処に居ようと構わないってことだろう? ――随分なお荷物だったみたいだな」


「……どうやら、死にたいみたいだな」


 この手の輩は少し矜持に傷を付けただけでも爆発する。

 簡単に青筋を浮かべた男は片手を持ち上げ、水の龍を一直線に進ませた。その速度は確かに速く、激突した際の衝撃で身体の何処かが欠損したとしても不思議ではない。

 ……ああ、でも。

 迫る龍を見て、俺以外の全員が攻撃することを止めた。

 その様を見ていた男は勝ちを確信した表情を浮かべるが、勝ちを確信したのは此方だ。普段使いの剣を鞘に戻し、雷剣の柄を掴む。

 振るわねば発生しない雷も、あの模擬戦によっていくらか引き出し方も理解していた。

 力の一部を足と腕に流し、意識を落し、助走の為の一歩を踏み込む。

 刹那。俺の身体は自然と前へ進み、腕を振るい終えていた。まったく知覚出来ないまま反射任せで攻撃したが、俺の攻撃は目標物を全て仕留める。

 振り返った俺の視界の中で、水の龍は真一文字に両断されている。更に男の首も斜め横にズレていき、最後には生々しい音と共に勝ち誇った笑みのまま地面に落ちた。


「雷式・一閃」


 思わず雷神の技の一つを呟き、直ぐに胸から羞恥心が湧き出るのだった。

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