第七部:共闘前線
「や。 ちょっと前振りだね」
会議を纏め、全員が準備を終えてテントから出る。
その直後にヘッジを先頭にしたランク十組の冒険者達が姿を見せた。ヘッジは笑みを浮かべて気さくに挨拶をしてくれ、その他の面々も基本的に此方を敵視するようなことはない。
世話になるのは此方側だ。故に俺は下手に挨拶を行い、その場で軽い自己紹介が開始された。
俺達の集団は他と比べれば遥かに練度が高い。内の四人がナルセ家に関係する人間であることから、彼等はあぶり者集団とは思わずに少数精鋭部隊と認識したようだ。
ヘッジ達の自己紹介は短い。そもそも他人にその存在を認識されることを避けねばならないので、直接的な表現をすることが出来ないでいる。
それでも俺の知らなかった最後の一人であるラミスもまた、十分以上に強者の気配を滲ませていた。
職種は弓兵。装備している弓は一見するとただ豪華であるようにしか見えないが、小声で遺産であると教えてくれたことでただ豪華なだけの弓が化け物級の弓になった。
最後の一名はナードレスと同様に女性。
先天的に耳が尖っている色白の金髪美人であり、その姿は物語に出てくるような妖精族に近い。本人はその耳を隠す為に深めの麦わら帽子を被っているが、強風でも吹けば軽く飛んでいきそうである。
装備品は全て戦場で装備するそうで、話し合いが終わった段階で戦場に出向くとのこと。ジャミルの情報曰く既に敵も準備をある程度終えているそうだ。
正面からの戦闘では泥沼の様相を見せる間違いない。それを回避する為にも俺達やヘッジ達が本命を仕留めなければならず、そうならなければ最後の一人が死ぬまでの鉄火場が繰り広げられるだろう。
地獄のような戦場だ。眉を顰める此方を他所に、ヘッジ達は至って真剣な顔を見せなかった。
「……こんな場所に慣れているのですか?」
「戦争の現場に立ったことは無いけどね。 ……でも、苦しい戦いは此方も何度も経験している。 今更戦いが始まる前に緊張するようなことは無いさ」
その苦しい戦いとは、恐らく俺達が想像出来ない程の戦いだったのだろう。
遺産の入手を邪魔する防衛機能との戦いなのか、ランク九を超える外獣との戦いなのか。それが何であるかは解らずとも、俺との視線を切って遠くの空を見る姿からは苦労を感じさせた。
ランク十は国にとっての最後の防衛線。王宮から外に出る際には先ず間違いなく苦しい戦いが待ち受けていて、彼等の仄かな願いを残酷なまでに裏切ってくれた。
「全員無事で帰ろう。 こんな下らない戦いで命を失う必要は無い」
「勿論です。 全身五体満足で帰ってみせますよ」
「その意気だ。 ――じゃあ、戦場で」
最後に軽く握手を交わし、俺達は別れる。
ヘッジ達は戦場に。俺達はハヌマーンの元へ。先端を開くのは士気高揚を目的とした演説の後であるが、それを聞くことはないまま俺達は敵の屋敷を目指す。
今日この日だけは一部の王族が集まっていた。王本人は依然として隠れてはいるものの、あの人が直接指揮を執る現状は少々不味い。
弱腰だと思われようとも、王と第一王子は隠したままにしてある。第二王子は継承権として二位と高いものの、第三王子との間に明確な差があるとは言えないのでテント内で騎士団長と共に居る状態だ。
当然、ハヌマーンには継承権そのものがない。幾ら王が再考するとはいえ、その権利を付与する為には多数の承認を得なければならないのだ。
流石にこれまでの功績によって遮る人間は居ないと思うが、もう少し欲しいのは否めない。
本人は必要ではないと考えているが、無いのと有るのとでは選択肢が異なる。故に俺達はハヌマーンの勢力が精強であることも示す為にテント内に入った。
事前に騎士達には許可を貰っているので遮られることはない。
テント内で演説が始まるのを待機していた貴族達は俺達の登場に俄かに騒がしくなったが、少し視線を向けるだけで黙った。
爵位が高いこともあるが、やはり実家の影響力が尋常ではない。
こと戦いという場において、周囲の面子を黙らせられる力は重要だ。無駄話で遅れましたなど、笑うに笑えない。
ナルセの三兄妹。海龍を単身で撃破したランク十に相当する師匠。そして実績も何も無いランシーンであるが、俺達の肩書が肩書故に何かあると思われている筈だ。
そして、それは嘘ではない。正面切っての戦いにおいて、彼女が俺達に不足することはないだろう。あの暴風を前にまともに立てる人間は僅かしかない。
「ハヌマーン様、そろそろ我々は出発致します」
「……そうか」
テント内で全員がハヌマーン達王族の前で跪き、用件を簡潔に告げる。
戦意を隠さず、緊張を隠さず。これが周囲に向けた一種の演技めいていても、そこに宿った感情に嘘は無い。
この挨拶が終われば次に会えるのは勝利を手にした時。その際に俺達全員が此処に居られる保証は存在せず、同時にハヌマーンが暗殺されない保証も無い。
護衛は多く居るとはいえ、化け物の脅威をまともに受けては簡単に崩壊するだろう。そうなる前に全霊で止め、その瞬間に誰かが亡くならないとも限らない。
だからか、ハヌマーンの声も硬かった。今この場に居る面々の誰かが欠ければ、それは今まで日々に確かな傷が走ることに繋がる。
ハヌマーン自身が大事な誰かを失ったことはない。であるからこそ、これが初めての喪失になるかもしれないのだ。
その時に彼がどんな状態になるのかは予測出来ない。貴族に敵意を示し続けるのか、あるいは致し方無しと悲しみを背負って王族の責務を熟すのか。
「……多くは求めん。 勝ってくれ」
「――御身の名に誓って」
ハヌマーンは王族である。
それを再度周囲に叩きつけるように示し、俺達はそのままテントから出た。見張りや前線に出る騎士達は俺達の姿を見て無言で胸に手を当て、頭を下げる。
そんな人達に俺達も頭を下げることで応え、馬を使わずに陣地から離れていった。
見据えるは国内有数の山。人の手が多少は入っているとはいえ、自然の雄大さの前ではまるで意味が無い。それにそんな道を使う予定は無く、俺達が通る道は基本的に何の整備もされていない自然地帯だ。
剥き出しの地面が見えてばかりいる鉱山地帯ではあるが、僅かながらに木々の生えている場所もある。そこでは野生の動物達が生活を続け、時には屋敷の食料にもなっていた。
今頃は集めた兵達の食料として狩り尽くされているかもしれない。野生動物と出くわさない可能性を前提に、監視の目を先ずは確認する。
「事前の情報によれば監視の兵の数は三十です。 全員で穴を塞ごうとしているようですが、危険な場所には流石に兵は置かれていません」
「つまりその程度の練度ということでしょう。 ネル、崖登りに自信は?」
「指一本でも出来る自信がありますが、女性の方々が解りません」
「指は無理ですが腕一本でも登ってみせますわ」
「ノイン様と同じです。 柔な鍛え方はしていません」
俺も指一本で登れる自信はある。そう宣言するとヴァルツは良しと頷き、地図に書かれている監視の目が少ない場所を指差した。
その地点は崖が多く、縄等を使って本来は昇り降りする場所だ。しかし他の多くの採掘場と異なり、一般人には少々行き来が苦しい場所でもある。炭鉱夫の全員が身体的に優れている訳では無いし、中には無理矢理働かされている者達も居る筈だ。
その地点は放棄され、何の整備もされずに放置されている。きっと他の採掘場所が使えなくなれば整備をするのだろうが、それを迎えずに今日が来てしまった訳だ。
「行きましょう。 いきなり監視の人数が増えた場合も考え、三人と二人に別れてください」




