第七部:兄妹との語らい
明くる日。
準備は終わらず、今日も今日とて街に戦力が集まっている。その殆どを指揮するのは騎士団長だ。
今や殆どの貴族は意見を出すのみ。最終的な決定権を持つのは騎士団長となり、身分的に下の人間に従わなければならない事実に不満を溜めている。
本来ならば王族の誰かが指揮を執るべきなのだろうが、狙われている現状では柔軟に指示を出すことは出来ない。
王族達も各々隠され、この街に居る王族はハヌマーンと王だけだ。この二名は指示を出す為に街に居る訳ではなく、戦後の後処理の為にこの場に残っている。
危険な場所に向かったのは少しでも可能性に賭けてのことだ。万が一敗北を喫したとしても、彼等が求めているのは王族の死のみ。
その首と玉座でもって他の人間が見逃されるならばと、有り得ないもしもを想定していた。
当然、誰しもそんなことは考えてはいない。
この国はあの王族でなければ早い内に割れるだろう。今は王の圧倒的な力によって貴族達は謀反を起こしていないが、本人が死ねば自身の好きに活動が出来るだろうと画策し、国同士の乱れは加速する。
王子達は決して無能ではない。互いが互いに会う頻度は少ないものの、決して連携が取れない訳でもない。仮に第一王子がそのまま王に即位したとしても、王としての役割を至極真っ当に熟す筈だ。
だがそれでも。人々は嘗ての王と比べてしまう。
力の差を感じ、覆せる隙間が先代よりも多いと皆が感じてしまえば荒れる未来が訪れる。だからこそ、王子達は明確な結果を国民達に示さなければならない。
知も、武も、何もかもを。父親に並ぶか超えでもしない限り、何処かで落胆の声は漏れる。
「これは良い機会だ」
丸テーブルを挟み、向かい側に座ったネル兄様は口を開ける。
場所は喫茶店。その中でも端の席に座り、周囲の話声よりも一段落として彼は喋る。他にもノインも同席し、三角の形になるように今は座っていた。
朝に直接呼び出されてからそのまま喫茶店に入り、俺達はそのまま雑談に興じている。
くだらない話や準備の進み具合を騎士団経由でネル兄様に教えてもらい、その後にこうした話に発展していた。
「現在の王室は正直に言って揺れている。 本来ならば有り得ない平民の王子に、王妃の裏切り行為。 謀反を起こすには都合が良い不祥事ばかりが起き、実際にその準備は着々と進んでいた」
「もしもザラ兄様があの王子を守らなければ今頃は王室の持ち主が変わっていたでしょうね。 ……こう言っては不遜に取られかねませんが、ハヌマーン様は随分と運がよろしかった」
ノインの言葉は間違ってはいない。
当時のハヌマーンの存在を知っていたのは一部の貴族だけ。王妃経由でベルモンド家も知っていたであろうし、この機会を好機と捉えて活動を加速させていたとしても不思議ではないだろう。
第二王子派の人間を動かすにも平民という身分は都合が良かった。純血主義を煽れば自然と排除に動き、このまま何も無ければハヌマーンは賊に殺されていた筈だ。
偶々護衛を引き受け、俺の護っていた集団の中にハヌマーンが居た。本当にそれだけの理由でハヌマーンは生き延び、今もまだ生きている。
自分の力量を見誤るつもりはない。少なくとも普通よりは強くなった自覚があるし、その上でまだまだ上位層には食い込めないと確信している。
これまでの相手は普通の騎士では対処出来なかった。幼い頃より師の鍛錬を受け、自己鍛錬も突き詰めていたからこそ、遺産持ちが出てきてもまだ何とかなっている。
「ノインの言葉を否定するつもりはない。 寧ろ此方も同じ気持ちだ。 ザラが居たからこそ突破が出来ている。 他の人間に任せたままだったら失敗はしていただろう。 あの頃の強者達は知っている限り港街には居なかったしな」
「冒険者の中でしたら居ましたよ」
「でも、護衛の依頼を受けなかった。 その場に居なかったのであれば意味が無い。 ……お前が居たからこそ、あの方の命は今も続いている」
ネル兄様が俺を特別視することはない。それはノインに対しても同じことで、それらを踏まえた上で兄様は俺を称賛している。
例え偶然であれ、お前は王子の命を救ったのだ。それを誇りに思うことはあれど、決して謙遜してはならない。
今やハヌマーンも立派な王子。その始まりの道を作ったのは俺達であるのは言うまでもないのだから。
ナノもそう、アンヌもそう。あの時に居た面々は総じて偶然による出会いを起こしただけで、こんな未来が待ち受けていることを知りはしなかった。
そして、世の中の全てはそういうものだ。全てが仕組まれたものだと知らぬまま問題を解決することも多く、解決していった人間には名誉が与えられる。
俺の成したことは誇らねばならない。そうでなければ、ハヌマーンもきっと自信を深めることは出来ないから。
兄様に指摘され、昨日のジャミルの言葉を思い出す。
最も発言権を持っているのは俺。それはつまり、ハヌマーンが最も心を許しているのも俺だということ。俺の影響を大きく受け、俺が間違えたことを彼は間違いではなかったと考えかねない。
「今は王室にとって良い機会だ。 王は絶対強者としての地位が揺れ、新たな王子は市井の人間の好意を集め始めている。 ギルドの現状を改善していくとなれば、その恩恵を一番に受け取れるのは国民だ。 施設が拡充されることでより確実に道具を揃えられ、成功率も上昇している。 冒険者達の選抜にも試験を設けることで彼等の犯罪数も減少し、その影響で物流を担当する王子も随分と助かっているだろうな」
「外交は第一王子の担当ですからね。 外獣の脅威を取り払い、犯罪数も減れば他国の王族を招き易くなる。 勿論、視察だってより安全になるでしょうね」
「ハヌマーン様の役割は極めて重要だ。 金や信用を第一とする冒険者だからこそ、それを守れば強大な国力に数えることも可能となる」
「資金面はそれこそ交易という手段があります。 その交易品を売り捌くのは商人の役割であり、更に商人の安全を守るのは冒険者。 ――全ては回っている状態ですね」
冒険者の役割は多岐に渡る。
そして、これまでは冒険者本人の信用が然程高くはなかった。高いのは一部の人間だけで、殆どの者達はその日暮らしの生活を余儀なくされていたのだ。
そこを改善出来れば、人々の生活は自然と向上していく。
準備を整え、犯罪者を厳しく取り締まり、成功数を増やして信用を獲得する。ギルドの実績が積み重なればなる程に敬遠していた者達も徐々に依頼を出すようになっていき、経済活動とより密接な関係になるだろう。
人々は安心出来る地にこそ根を下ろす。他国から定住を求める人間にも手を差し伸べれば、国力が増すのは必然だ。
そこまで論ずるのは流石に皮算用が過ぎるものの、夢がある。
そして、俺がそれをハヌマーンに語ればナノと相談して夢に向かうかもしれない。――――いや、そんな真似をせずともハヌマーンは自分で夢に向かっていくことだろう。
「次の玉座を任せられる子供が居る。 王子達の仲も悪くはないし、此度の戦いに勝利すればハヌマーンに擦り寄る貴族は更に増していくだろう。 ……ならば、王自身の存在が多少揺れたところで問題は無い。 寧ろこの場合は好都合だと言える」
「ずっと考えていたのですか?」
「まさか。 現在の状況から軽く推測してみただけだ」
軽く肩を揺らすネル兄様だが、きっと以前から考えていただろう。
改めて自身の兄に尊敬を送りつつ、テーブルに乗せられていた紅茶を一口啜った。此度の会話は全てここだけの話で、外に持ち出すことはない。
これは所詮兄妹の会話。故にこそ、ネル兄様も外に出れば何時も通りになる。
俺達には特に何も通達は来ていない。決戦のその時まで身体を休め、ハヌマーンの護衛に関してはアンヌが率先して行っている。
だから喫茶店に入ることも出来て、家族三人で何も含まない言葉を交わしていた。
そう思っていると、ふとノインが顔を此方に向く。その目には奇妙なことに光が存在せず、俺ではない誰かを睨みつけているかのようだ。
「どうした?」
「……あ、いえ。 まったく関係無い話ですのでお気になさらず」
「なんだ、気にするな。 別にどんな話をしたところで構いはしないよ。 言ってみな」
笑って彼女に告げると、ノインはではと続ける。
「ザラ兄様の婚約者についてお聞きしたいのです」
その言葉に、俺は間違いなく目を見開いた。




