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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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第七部:最上位冒険者

 使用人を名乗る侍従はただ王が居る部屋への案内だけを行った。

 そこで何が起きるのかまでは言わず、如何なる質問も聞いてはくれない。ただただ王が呼んでいるだけだと告げ、否応なしに不信感を煽ってくる。

 武器の携行だけは許可してもらい、両腰に一本ずつ剣を差した。

 王が過ごす部屋は現在この街にある最上級の宿にある。この情報を握っている人間は一部だけで、当たり前ではあるが末端の兵や冒険者達は一切王が居る場所を知らない。

 両騎士団も場所を知るのは王からの信頼厚い者だけ。それ以外の面々には別の場所を王の過ごす部屋だと偽って護衛させている。

 影武者も用意し、王は退避用の遺産も所持済み。護衛そのものが強いとは断言出来ないものの、木端に負けるような力量ではないと王宮騎士団長は太鼓判を押している。

 

 宿の裏口を通り、そのまま一階へ。

 高級宿と言ってもその質は階層ごとに異なり、より上の階ほど質が向上していく。贅沢が好きな貴族達は挙って上層の部屋を借りようとするが、やはり最上階ともなれば最低でも公爵家程の資産を持っていないと泊まれない。

 故に、一階とはこの宿屋の中では一番質が低い。王が泊まるべきではない部屋に現在は泊まり、戦いの火蓋が切って落とされるのを今か今かと待ち受けている。

 これを最初に決めたのは王本人だ。反対の声は幾人かからは挙がったものの、シャルル様を含めた複数人の賛成の声によってその案はそのまま進められた。

 見破られることも考慮して角部屋を取り、隣には子爵家の人間が泊っていることとなっている。

 案内された部屋の前には騎士団長の姿があった。此方を見て無言で頭を下げ、俺も同様に頭を下げて応える。


 此処での会話は基本的に御法度だ。やるならば確り防音状態となっている室内に限られ、もしも廊下で言葉を交わせば即座に裏切者として捕縛されてしまう。

 王の護りはどれだけ分厚くしても足りはしない。この処置でも安全とは決して言えず、強行手段を取られた場合は宿屋そのものが消えて無くなるかもしれない。

 本音を言えば王宮に居てほしいものだが、王本人曰く護りの減った場所で構えてしまえば戦場の結果を知るよりも前に死んでいるだろうとのこと。

 同じ死があったとして、王は確り全てを見届けてから死にたいのだ。そうでなければ未練だけが残り、幽霊になってでも結果を知ろうとするだろう。

 困りものだ。その性質が王子達に引き継がれてしまえば、臣下達は代が変わっても苦労を続けてしまう。王は他者を振り回すものだが、我等の国の王は他とは異なる振り回し方をする。

 

 ノックを六回。それを合図に内部に居る副騎士団長が扉を開け、俺を中に入れる。 

 巨大なベッドが一つに、質の良い箪笥や化粧台に黒のソファが並ぶ面積の広い部屋。されど最高級を知ってしまえば不満が残り、王族が泊まるにしてはあまりにも格が足りていない。

 件の王はワインを飲んでいた。頬には僅かに赤が混ざり、既に二本目を開いている。

 酔っているとは思っていない。そう判断するには王の目は確り此方を見ているし、身体は脱力し切っていない。態と化粧で頬に赤を塗り、酔っている風を装っているのだろう。


「待っていたぞ、ザラ」


「お待たせして申し訳御座いません。 ……そちらは、水ですか?」


「ん? ああ、果実水だ。 ワインだと思わせる為に葡萄を使ったんだが、中々に酸味が強い。 お蔭で眠気も吹き飛んでいる」


「あまり起き続けるのもよろしくありません。 眠れる時には眠っておきませんと……」


「解っている。 お前までそんな言葉を言うな」


 見た目はワインの如き赤い色をしているが、実際は子供でも飲めるような果実水か。

 それをしているのは万が一此処を偵察する人間が居た場合、王は慢心していると思わせる為だろう。ふざけた態度の一つや二つ見せれば、敵も気を抜いてくれるかもしれない。

 だが、そんなものは末端の人間だけだ。中枢に近付けば近付く程に相手は油断しなくなっていき、王の振舞いも全て嘘だと断じていく。

 それも折込済みの筈だ。目の前の男がそれをするのは、所謂勢いを付けたいが故だ。

 戦いは時に勢いが必要となる。集団となれば士気が大きい方が勝てる見込みも大きくなり、初戦を勝利で飾れば誰もがいけると意気込んでくれるだろう。


「それよりもだ。 今日お前を呼んだのは会ってもらいたい人物が居たからだ」


「……会ってもらいたい方、ですか?」


 片手に持っていたグラスを置き、真剣な顔で俺に要件を口にする。

 それが何なのか尋ねるも、王は次の言葉を言わない。無言の間隔は大きくなっていき、遂には二の句を言おうとして――即座に雷剣を引き抜いた。

 

「――よくぞ感じた」


 何時の間にかと言うべきか。自分でも訳が解らず、完全な反射で背後に迫っていた刃を剣で受け止めていた。

 意識が追い付いた時には一気に口から息が漏れ、何だと凶刃の持ち主を見る。

 刀身は短く、しかしナイフと呼ぶには少々長い。柄も含めて一切が漆黒に染まり、その持ち主も全身が黒に包まれていた。

 金属製の鎧を持たず、纏っているのは全て布だ。頭も含めた全てを黒い布で隠し、顔の部分には目と口に穴が開いた何の模様も描かれていない黒い面が嵌まっている。

 端的に言えば、不審者だ。咄嗟に王を背後に庇いながら相手を見据えるが、軟体の生物が如く構えを見せる様は異常極まりない。

 何が異常か。それは勿論、相手の気配の希薄さだ。

 そこに居るのにそこに居ない。自分の目が捉えているから姿を認識出来ているのであって、もしも視界から外れてしまえば気配を読むことも出来ないだろう。

 

 そんな芸当が簡単に出来る筈が無い。

 装備から察するに暗殺者だ。それもきっと、馬鹿げた力量を持つ本物の怪物。無意識で一撃目は回避出来たが、それは確実に相手が手を抜いてくれたからだ。

 

「若いながらに某の攻撃を防ぎ、決断も悪くない。 王よ、次世代の候補が見つかりましたやもしれませぬ」


「……その言葉遣い、直さないか?」


 侵入者という単語が脳裏を過るが、目の前の暗殺者と王は酷く仲良さげだ。

 このような人物を見たことは無いし、話にも出た覚えは無い。こんなにも目立つ姿をしているのであれば間違いなく王宮中の噂の種となる。

 ――――この男は、一体何時侵入したんだ?

 情報が入る可能性は限りなく絞った。例え流出したとしても直ぐに追えるよう整え、今も扉の前では騎士団長が入室を制限している。

 なのに、騎士団長が突撃してくる気配が無い。剣での衝突が防音によって聞こえなかった可能性は十分にあるにせよ、無断で入室する人間が居れば流石に止めてくれるだろう。

 異常だ。目の前の布を巻いた人物は異常が過ぎる。いっそ恐ろしさすら漂わせる人物は自身の武器を背中に戻し、仮面を取った。

 その顔に若さは無い。年齢にして六十も後半といったところか。

 白い口髭と白髪を持った人物は柔和な顔で此方を見つめ、年不相応に子供じみている。


「某、名をジャミルと申す。 そちらの名前は知っているぞ、ザラ殿」


「は、はぁ……」


「いきなりで悪いな。 こいつがどうしても試してみたいと聞かなくてなぁ。 何でも未来ある若者を探しているんだと」


「某も老い先短い身ですからな。 未来を託せる人間を探しているので御座いますよ」


 何と言うべきか、この御老人は王を前にしても畏まったりしない。

 寧ろ気安い関係を構築し、互いに良好だ。ますますその正体に疑問が募るが、答えは簡単に本人の口から放たれた。


「ランク十にもなれば色々考えることもあるのです。 王とて後継者問題はあるでしょう?」

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