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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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第六部:雷光の代償

 得物を手にしたからとはいえ、訓練は大切だ。

 観客が居ない状態であれば幾らでも失敗をして良かったが、今はそれなりの人間が見ている。最早おなじみとなったハヌマーンとアンヌの組み合わせに、これまたおなじみとなったネル兄様とノインといった四人が騎士団の訓練広場に集まり、俺の一挙手一投足を真剣に見つめている。

 別に楽しいものではない。そもそもこれは無様に倒れることが決まっている素振りめいたものであり、それでも彼等は遺産の能力を気にしているのだ。

 しかもこれだけの面子が集まったことで騎士団の面々も視線を向けている。騎士団長に事前に許可を取ったことで話題が広まり、無数の視線が突き刺さっていた。

 衆人環視の中で剣舞を見せろと言っているようなものだ。しかも練習らしい練習も無い、ぶっつけ本番の剣舞である。

 滅茶苦茶の域を超え、既に諦めの極致で今此処で立っていた。


「――あの、人多過ぎません?」


 それでも最後の抵抗と言葉を漏らすが、その大部分が無視を決め込んだ。

 唯一まともに応えてくれたのがノインくらいなもので、その内容も極めて的外れなもの。世間に俺の勇ましさを示す時ですと声援を送られ、苦々しい思いを抱えながらも苦笑だけを顔に浮かべた。

 今この場に諜報の手が入っていれば気付けるとは思えない。俺が遺産持ちに急遽なり、それを相手に知らせてしまうこととなる。

 普通ならば俺が鍛錬していることを他に漏らさないようにせねばならないが、能力の関係上露見は避けられない。

 使い方を選別の場で多少学んだ故か、握り締めるだけでも僅かながらに雷が刀身に走る。その度に騎士団員からはどよめきが響き、何とも言えない気持ちが湧き上がった。

 その気持ちを胸の奥底に強引に沈め、意識を変えて構える。

 周りの騒音を外へと追い出し、刀身の先にまで神経を巡らせるような感覚を思い浮かべた。それをそのまま維持しつつ、先ず最初は選別の場でやったことと同じ動きを行う。


 剣を振るえば振るう程に黄色の閃光が刀身から発し、一定の速度を超えると雷が外へと飛び出す。

 それは振るい方を変えれば頭上から降り注ぐ自然災害めいた雷となり、横に振るえば雷の性質を宿した斬撃が飛ぶ。訓練場に並べた藁で出来た案山子達に斬撃が命中し、見事なまでに綺麗に切断された。

 普通の剣であれば斬撃を飛ばすことなど不可能であるが、雷が疑似的に刃を形成してくれるお蔭で中距離攻撃も手にすることが出来ている。

 これによって戦い方に一気に幅が生まれ、その勢いのままに更に動きを加速させていく。

 軽い動きを徐々に激しくしていき、回し斬りや打ち上げも織り交ぜて実戦に近い振り方を試す。その途中で剣筋がズレたり足が滑る所が多々発見され、修正箇所を嫌になるくらいに伝えてくる。

 これは一定の技術を持っている人間であれば誰であれ見抜けるものだ。特に兄妹や騎士団長であれば俺が感じている動きの違和感を見抜いているだろうし、独自に修正方法も考えている筈。

 

 もしも教えてくれと言えば彼等は教えてくれるだろうが、その前に直せる場所は全て直しておきたい。

 暫くは雷光を辺りに轟かせながら立ち回りの練習を行い、昼に差し掛かる時点で一度剣を腰の鞘に納める。発掘された時点では抜き身のままだったそうだが、運搬時に赤い鞘が嵌められた。

 俺はその鞘ごと借り受けている形だ。武器の形状は体型と比較すると少々長いが、しかし許容の範囲に何とか収まってくれている。

 休まずに振り続けた所為か、一度動作を止めると酷く喉が渇いた。

 まだまだ息切れには至っていないものの、やはり誰かに見られながらの鍛錬は精神に負担を強いる。……いや、これは過去のトラウマが起因しているだけかもしれない。

 飲み物が欲しいと辺りを見渡した時、ノインが真っ先に駆け寄って水の入った木の筒を持ってくる。

 騎士団員が常備する木の水筒は円柱形の単純な構造であるが、その分使うことに戸惑いはない。彼女が何度も使っている物だろうが、お互いに口を付けたものを飲み合ったことは何度もある。

 今更妹が飲んでいた物に口を付けることに戸惑いなど無く、特に何も考えずに俺は水を一気に飲んだ。


「――あれ、これ水じゃないな」


「水だけですと補給には不十分でしたので、厨房の方に頼んで塩と砂糖を入れてもらいました」


「塩と砂糖? ……その割には甘さの方が強いな」


「割合は塩一、砂糖三、水六ですから」


 ノイン特製の飲み物は喉を潤しつつも、日夜身体を動かす人間のことを考えた構成をしているそうだ。

 人間は水分と一緒に身体中にある塩分も消費しているそうで、だから汗は塩辛いし目に染みる。そして人間が活動する以上、水分を絶対に補給しなければならないように塩分も補給しなければならない。

 この飲み物はそれを一気に補給するが、塩分と水だけでは塩辛い水が出来るだけだ。それを飲みやすくする為に砂糖を含め、女性にも人気が出やすくなっている。

 王宮騎士団の間では流行らないかもしれないが、民主騎士団の間では十分に流行るだろう。砂糖の入手が最大の懸念であるものの、それを解決すれば市井の間にも流行らせたいものだ。

 感謝しつつ、半分程飲んだ俺は再度剣を構える。

 先程までは雷を攻撃手段として用いていたが、今度は肉体の強化に重きを置いた鍛錬だ。

 剣を振りながら雷を足に巡らせる。そのまま一歩を踏み締め、一気に加速した。

 自身が雷になったような感覚が急激襲い掛かり、思わず足を止める。しかし足を踏む力が足りず、最初に止まろうと決めていた地点よりも遥かに外れてしまった。

 

「ネル兄様、見えましたか」


「……一瞬だけだな。 足に雷が纏わり付いたのは解ったが、その直後には今居る地点に移動していた。 驚異的だと言わざるをえない」


「同感です。 ですが……」


 想定通り。二人で顔を見合わせ、そっと息を吐く。

 ハヌマーンや騎士団員は先程の光景に随分と興奮していたものの、遠くに居た騎士団長も眉を寄せている。

 あまりにも加速に掛かる時間が短すぎた。人間は走った際に少々の時間を掛けて最高速度に到達する。その間を縮める手段はあるものの、どれだけ鍛えたとしてもやはり助走は存在するものだ。

 しかし、この剣を使って走った時にはそれがない。いきなり最高速度に到達し、俺が思考する時間を見事に喪失させてくれた。

 速度を重視して鍛えている人間でなければあの場で足を止めることは出来ない。俺が止められたのも長年の鍛錬による反射であり、地獄のような日々を経てもこの剣をいきなり御すことは不可能だった。

 しかし、例え反射であっても足を止めることには成功したのだ。ならば俺が港町でやったような極限の集中の中であれば、例えこの剣が全開を出したとしても御し切れるかもしれない。

 絶対ではないが、確かめる術はある。一度でも極限の状態にまで自身を追い込めるような戦いを体験すれば、現時点での自分の限界を知ることが出来る筈だ。


「ネル兄様。 少しお相手願ってもよろしいでしょうか」


「願ってもない話だ。 鍛錬ばかりじゃ鈍ってしまうからな。 ――それに、漸く斬り合うことが出来る」


 どうせ見られているのだ。であれば、精々盛り上がらせるのが騎士団達への礼と言うもの。

 ナルセ対ナルセ。兄弟同士の対決に誰もが目を見開き、何時もは落ち着いているノインまでもが俺とネル兄様の顔を交互に見ていた。

 何時かは戦おうと決めていたのだ。解消するには都合が良く、ネル兄様も好戦的な笑みを浮かべた。

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