第六部:迅雷
「王宮が管理している遺産の中でお前に適している物を持って来させた。 存分に改めておけ」
――どうしてこうなった。
思わず胸の中で呟いた言葉を必死に声に出さないように噤む。不可能だと思われた遺産の貸し与えは僅か八日で達成され、こうして俺の目の前には複数の遺産が並べられた。
傍にはハヌマーン。眼前には王が立ち、俺との間に長机が置かれている。
赤いテーブルクロスが敷かれた机の上には様々な遺産が並び、その内のどれかを貸してくれることとなった。数は多く、ざっと見た限りでは三十もある。
この国でどれだけの遺産が発掘されたのかは定かではない。しかし三十も並ぶ程にあるとなれば、物によっては国一つを堕とすことも出来る品があるだろう。
流石にそんなものを貸してくれるとは思っていない。今此処に並んでいるのは、国を堕とす程ではないにせよ強力な物の筈。
並んでいる物の中で一番多いのはやはり刀剣類だ。
長い間放置されていたにも関わらずに形状は確りと保たれ、未だに鋭さを保っている。一体如何なる技術が施されているのかも不明で、だからこそ解析不能な逸品として遺産になっているのだ。
手近な剣を持ち上げてみる。片刃の剣は俺の持つ一山いくらの鉄剣と差異は無さそうに見えるが、持ち上げた瞬間から剣を通して身体に力が漲ってくる。
今ならばどれだけ動き回ったとしても疲れる気がしない。一日二日走り続けても大丈夫だと根拠も無い自信が湧き起こり、その品について管理をしている侍従の一人が説明を行った。
曰く、この剣は無限に戦い続けることを可能とする剣。疲れを知らず、持っている間は永遠に戦うことが可能とのこと。
戦いを生業としていなくとも欲しい一品だ。継続をずっと続けられるということは、体力不足による行動不能を回避出来るということだ。
過剰に動き続ければ、何れ体力不足によって動くことも叶わなくなる。
そして酷使した身体を休める為に身体は強制的に睡眠を欲し、意識を喪失するに至ってしまう。これはそれを防ぎ、常に全力で戦える最高の武器だ。
無限の体力があれば技量に自信のある人間程強くなる。そして俺は純粋な筋力型ではなく、技量型だ。
速度や技で勝負する剣士であるからこそ、体力の問題は避けられない。一番最初に握ってみたが、いきなり大きな当たりを引くことになった。
だが、これだけで決定にするつもりはない。折角選択肢が多くあるのだから、全てを聞いてからでも遅くはない。
王達もそのつもりなのか、何時の間にか現れた椅子に腰掛け、何時の間にか手にしていた紅茶のカップを口に運んでいた。
「あの……職務は大丈夫ですか?」
「安心しろ、直近で済ませねばならない仕事は全て終わらせてある。 それよりも、俺はお前がどんな物を選ぶのか興味があってな」
好奇心に支配された目を向けられ、俺は何とも言えぬ感情を抱きながら様々な遺産を持つ。
無限に道具が入る袋、対象の行動を勝手に縛る縄、狙えば外れぬナイフに、達人の動きを再現する剣。何とも個性に溢れ、一つとして劣るものはない。
遺産と呼ばれるだけの理由が此処にはある。これだけの品々が世に出回れば大きな争乱に繋がりかねず、王の判断は正しいのだと再度認識させられた。
その中を眺めていると、ふと見知った剣が目に入った。
ハヌマーンを王子だと知らずに護衛を受けた際に襲撃してきた山賊の剣だ。尤も、それは王妃が王宮から外に運び込んだので山賊の物ではない。
能力は雷。振りの速さに合わせて雷の強さが増していく品物だ。
持って、剣を軽く振る。ゆっくりとした動作故に刀身が僅かに雷を帯びる程度だが、触れるだけでも死にかねない熱量をこの剣は秘めている。
「……懐かしい剣ですね」
「ああ、それは確か王妃に盗まれていた剣だったな。 シャルルが取り戻してくれた物だったか」
「ええ。 ハヌマーン様の襲撃に使われた剣です」
「成程。 そこに丁度お前が居たと」
「その時はハヌマーン様を王子だとは知りませんでした。 突然の襲撃に随分と驚きました」
懐かしい武器だ。しかも敵が一度それを使った為に使い方も解っている。
他に別の使い方もあるだろう。単純な底上げよりも、こちらの方が戦術を増やすには打って付けである。選ぶというのなら、少しでも知っている武器の方が習得速度も段違いだ。
暫く振り回し、刀身に走る雷を見る。緩やかな振り方をすれば黄色に輝き、激しく振れば青白く輝く。更に無限体力の剣のように全身に巡る感覚を用いると、雷は俺の身体にも宿り始めた。
その状態で走れば、自身が雷になったかのように部屋の端から端にまで一瞬で移動する。此処は名も無き大部屋ではあるが、部屋自体の大きさは決して狭くはない。その部屋を縦横無尽に駆け回れば、想像以上に己の中の何かと噛み合った。
速度が増すことによる感覚の差異はある。しかし、それを合わせるのに苦労する気はしない。
遅くなるならば大変だったろうが、こと速さが増すという一点においては一番馴染みやすいのである。
ならばこの剣しかない。他も色々試してみたが、この剣が一番自分にとって合う。
「決めたか」
「はい。 一度使ってみた剣故に、中々どうして馴染みます」
「巡り合わせが良かった遺産持ちは皆同じことを言う。 ――ならば、その剣こそがお前にとっての最上だろうな」
俺にとっての最上。握り締めた剣を見やり、納得が胸を支配する。
俺が決めた以上、他の遺産は直ちに元の場所に戻らねばならない。侍従達が集まり、そそくさとばかりに遺産達を元の保管場所に運び始める。
その様を見ながら、妙に興奮気味のハヌマーンが話し掛けてきた。
「先程の姿、まるで本に出てくるような雷神だったぞッ」
「持ち上げないでください。 雷神のように巨大な雷を落せる訳では御座いません」
何故興奮しているのかと思えば、想像よりも子供めいた理由に笑みが浮かんでしまう。
雷神と呼ばれているのは決して真の意味での神そのものではなく、神の如き使い手であった一人の冒険者のことだ。名前は無く、あるのは逸話ばかり。
逸話があれば誰かなど解ろうものだが、しかし説が幾つかあるだけで特定には至っていない。
一説には東にある島国の人間だと言われている。件の人物の服装が明らかにこの国の当時の服装と合致していなかったことからこの説は根強く、故に東の島国に旅行に行く人間も多いとか。
雷の神だったのは件の人物が主に使用する遺産が全て雷に関係することだったからだ。雷を攻撃手段とし、雷を防御手段とし、雷光が鳴る度に大量の外獣が死んでいたという。
此方の否定にハヌマーンは解っていると笑ったが、やはり遺産は人の興味を擽る。如何にハヌマーンが王の決め事に賛成であっても、実物を操る人間を見てしまえばもしもを想像してしまうのだ。
彼本人が冒険者になりたがっていたのは、その雷神が影響しているかもしれない。
素性の知らぬ英雄を超えた冒険者。本の中では推定ランク十を超えた英雄達を容易く屠る最強の一角であり、彼の前では殆どの戦いが戦いにならなかった。
彼は常に自由で、誰にも縛られず、己の成したいことを成していたのだ。彼の最後は嫁を娶らず、一人静かなものだったそうで、彼の装備がこの国の何処かにあるのではないかと発掘者達は日夜雷神の装備を探し求めていた。
自由でいたい。幼い時分で現在の状況を知れば、そう思うのも当然だ。
俺だって何の柵の無い生活に憧れはあるし、実際に冒険者をやっていた頃は意外に伸び伸びと出来ていた。
「今度は騎士団の訓練所でその剣を振るってみてくれ! 私は見たい!!」
「解りました。 私も慣れないといけませんからね」




