第六部:ベルモンド家
誰を戦力とし、誰を非戦力とするか。
王軍は多いものの、万全を期すのであれば別の戦力も欲しいのが本音だ。しかし、無闇に味方を増やそうとすれば確実に敵の人間が紛れる。それを確かめるのは難しいし、そちらに時間を割いてしまえば相手の思う壺。
故に、取捨選択が必要となる。王族に協力してくれる貴族と、王族を害そうとする貴族とを分け、例え打算的であっても味方となる戦力を多く確保するのだ。
既に王族側は行動を開始し、己の足で直接確かめに動いている。
ナルセ家の面々は貴族との関わりは殆ど無い。それ故、他者の貴族と深い関係にはなっていない。俺達の母親が元は平民であったことを鑑みるに、相手については厳しい制限があるかもしれない。
だが、ナルセの名声は異常だ。彼等が王族側に正式に立つことを発表した時、大部分の貴族は王に恭順を示した。
俺もその現場に居たが、彼等の顔色は随分と酷いものだ。真顔を貫けた者は僅かで、殆どは死にそうな顔色をしていた。
俺がナルセの人間であることはそれとなく流している。特に隠さずに兄妹達や王族と会話を重ね、今まで俺を蔑むような眼差しを送っていた人間は総じて萎縮した態度を見せてくれた。
貴族の粛清に俺が関わっていることも彼等は知っているだろうし、下手に此方の不興を買ってしまえば自身の家が没落してしまうと恐れている。
その中には俺達よりも身分の高い公爵の人間も居た。媚を売り続ける公爵家当主の男の姿に嫌悪感が湧くものの、そちらも家を守る為に必死なのだろう。
他の公爵家は静観の構えを見せるか、あくまでも王族の味方であろうとしている。変に此方を下に見ず、しかし上にも見ない姿は流石公爵家と言うべきだろう。
とはいえだ。大事な場面で尽力しない貴族を王は信用しない。
味方をしている貴族達はこの騒ぎの後も席を残し続けるだろうが、静観の構えを見せている貴族達は今後席が残るかどうかは不明だ。
手を出さないから大丈夫だと安堵するには、この王の性格は非常に苛烈だ。
特に戦いが近いとなれば、あの王の性格上気分は酷く昂っている。実際に何度か話をしている間にも戦気を滾らせ、腰に差したままだった巨大な剣の柄に手を添えているのだ。
傍に居る宰相はその姿に怯えているようで、あまりにも気を張り過ぎてしまった所為か胃の辺りを抑えていた。
今度良い薬でも送ろうと思いつつ、現在に目を向ける。
数ヶ月も前の頃には静かだったハヌマーンの執務室は、今では無数の報告者達で溢れ返っている。
ギルドにも依頼という形で各地に冒険者を募り、その結果について話しているのだ。提供される報酬は一人あたり金貨百枚で、千人も集まれば小国の国家予算に届きかねない。
それだけの資金を投じる。即ち王族の本気を市井の人間にも伝え、冒険者達は挙って参加を表明した。
「タペヤラは冒険者を三百は用意出来ます」
「グンナムは百五十人ですが、質は高いです」
「ガペルは六百は参加出来ますぞ。 命令されれば即座に動けます」
ギルドマスター達は自身の抱える冒険者達の名声を高めることが出来る。
同時に、抱えている冒険者が特に有名になればその街に人が集まりやすい。数が多くなれば多くなる程に玉石の玉を引く確率は高まり、いざという時の備えも潤沢となる。
反逆を起こされた際に戦力とされかねないが、今はその問題を気にしないこととした。
ハヌマーンは幼い身体を酷使して報告者達に次の命令を届けてもらっているが、目元の隈は濃い。明らかな過剰労働だ。
このままでは過労死になってしまう。今居る報告者達に命令を告げた後に俺は半ば強引にアンナにハヌマーンを任せた。
「何をする。 私はまだ……」
「今は寝てください。 過剰に働き続けて倒れるようではいざという時に間に合いませんよ」
「だが……」
「申し訳御座いませんが、問答無用です。 アンナ様、ハヌマーン様を私室に」
「解りました。 ハヌマーン様、食事の後に寝てください」
ハヌマーンが最も言う事を聞く人間はアンナだ。世話係のような役目も担っていたからこそ、彼が無茶をしている場面で諫められる。
ハヌマーンの身体を優しく支え、護衛のノインと共に私室に戻る。
扉が閉じるまで彼の姿を見つつ、消えたと同時に執務室に追加で用意された机に座っているナノに目を向けた。
「ランシーンさんからはどのような報告が?」
「港街の方は味方を募り、随分な数を集めたそうよ。 あんたが一番最初に健全化を進めた街だからか、善良な冒険者の方が多いみたいね」
港街にはナナエ達が居る。バウアーと彼女が先頭になるようにしていただけに、戦力の集中も早い。
質も彼等の指導によって向上している。家を攻めるだけならば過剰な域に届くのは間違いなく、俺とナノの二人きりだからこそ真意を共有することが可能だ。
「どんな外獣が来ると思いますか」
「予測は難しいわね。 あの家は様々な外獣に手を出していたから」
「戦場となるのは陸地ですので、海の外獣は居ないでしょう。 更にあの土地は山岳地帯ですので、単純な速度よりも脚力を重視する外獣を選ぶ筈です」
鉱山を複数有しているが故に、ベルモンド家の本邸も鉱山の表層にある。
山の一部を平らに均し、その上に家が建っている形だ。なるべく仕事場を直ぐに視察する為に家をその位置にしたのかもしれないが、お蔭で環境は人間が生活するには少々厳しい。
食料等は常に馬車で大量に購入せねばならず、未だに本邸に訪れる貴族は皆無。全てナノが本邸に居た時の情報だが、少なくとも貴族にとっては居たくはない場所で間違いはあるまい。
行けるとすれば冒険者や平民くらいなもの。平民は本邸に近付きはしないだろうし、外獣を人為的に生み出すには都合の良い場所だ。
いや、そうなるように家を鉱山に設置したのか。
当主の思惑は不明であれど、そう考えた方が立地については頷ける。
「考えられるとするなら、鳥や肉食動物。 後は地面を掘って進める土竜かしら」
「その辺りが妥当かもしれませんね。 ……ですが、複合型である線は無視出来ません」
この戦いで一番危険視すべきは、やはり複数の外獣を融合させた個体だ。
遺産持ちも危惧すべきではあるが、そもそも遺産を多く有することは国が直接管理しない限り不可能だ。集めるだけで消えていく資金や、無数の強欲者を退けるだけの大規模施設は絶対に欠かせない。
反対に外獣そのものは金が掛かっていない。特殊個体を生み出す作業に時間と金が飛ぶものの、管理体制が整っていれば餌も然程金は掛からない筈だ。
よって、特殊個体を多数用意されれば負ける可能性がある。
それについて王達と話をするかとナノに提案すると、溜息混じりにそうねと肯定してくれた。
「いい加減、全てを話すべきよね」
「王がどのような裁定を下すかは解りませんが、情報を与える貴方に対して厳しい罰を下すとは思えません」
「それは解らないわ。 可能な限り芽を摘み取るのならば、一族郎党全てを処刑すべきだと思わない?」
彼女の言葉は正しい。
如何に有用な情報を提供したとはいえ、同じ一族であれば殺される可能性はある。安易に守ろうとすれば、他の貴族からの突き上げを王は受けてしまう。
王の治世はこの戦い以後も続く。故に、貴族との関係は表面上であれど良好にせねばならない。
正論だ。だが、王は真実を示した相手に対して誠意を見せないとは思えない。もしもそれをするのであれば、ナルセ家の一員として正式な抗議をするつもりである。
憂いは全て断たねばならない。未来の為にも、ナノは覚悟を込めて拳を握っていた。




