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怪物の足音

「どうもありがとうございました。 お蔭で今回の農作物も無事に済みそうです」


「いえいえ、此方は依頼を受けただけですから」


 夕闇が差し迫った時間に、俺は猪の肉を貰いながら街へと帰還する。

 老夫婦には優雅に紅茶を飲んでいてもらい、その間に農作物を虎視眈々と狙う猪は出来る限り駆除した。

 付近には森が存在するので他の猪達が居る可能性は極めて高い。一先ずは出現しない程度に駆除したものの、また新たに出現するだろうと推測を立てていた。

 その度にあの老夫婦は依頼を出すのだろう。単純に金の無駄遣いになると思わないでもないが、それでも畑を手放してしまう損に比べれば安い。

 誰だって生命線は絶対に守りたいもの。それに依頼してもらえるのならば此方とて有難いものだ。

 猪の肉は新鮮そのもの。これを燻製にすれば保存食分の資金が浮く。後は売ってしまえば金にもなる。

 

 干す作業をする以上、宿屋には一度了承を得なければならないだろう。

 そう思うと数日は依頼を受けれない。その間はナノの護衛として活動すれば、資金が得られないということも無くなる。

 彼女を助けたのは偶然であったが、それが良いモノを贈ってくれた。

 今後もそうなるとは思えないものの、出来れば少しでも危険は少ない方が良い。だが、俺が今後目指すランクには危険地帯も多く存在する。

 例えば毒を噴出する山岳地帯。例えば外獣が無数に出現する砂漠地帯。例えば生活するだけでも難しい火山地帯。

 深くまで入り込まないだけで立ち入る機会は度々発生する。


 街の気配は朝と比較すると酷く静かだ。

 夜になりかけているというのもあるだろう。だが、それにしては外に人間の影があまり見受けられない。

 今も殆どの人間が家の中で過ごしていることだろう。

 昨日のあの噂話が人々にも広がり、ついには街全体にまで知れ渡ってしまった。更に調査として出動したチーム達が帰って来ず、それが冒険者達の不安を煽っている。

 最高に近いランクの人間が来るまでの間に情報を集めておく筈が、その行動そのものを封じられてしまったのだ。

 冒険者の中にはこの街からの避難も始めている。今の所はまったく関係の無い街で宿でも取っていることだろう。

 俺もそうするべきかと考えたが、逆に此処で動くのは目立つ。


 どれだけ幼くても、俺は冒険者だ。冒険者が逃げれば情けない者として同業者に認識される。

 他者の記憶に残られるのは可能な限り少なくしておきたい。此処で件の敵が現れたとしても、俺は一冒険者として限界まで戦わねばならないだろう。

 宿屋に戻り、そのまま自分の部屋に向かう。扉を開けると既に彼女は寝ていて、起こさないようにゆっくりと荷物を床の上に置いていった。

 彼女も疲れている。どれだけ前向きになっていても、元が貴族である時点で慣れ切るのは難しい。

 男性であればまだ身体を鍛えていれば問題にはならなかっただろう。だが、女性陣が身体を鍛えるなんて恐らくかなり珍しい筈だ。

 

「……ん、帰ったのね」


「起こしてしまいましたか。 申し訳ございません」


「別に良いわ。 私に誰かが近付くとどうにも起きてしまうだけだから」


 荷物を置ききったと同時にナノが目を覚ます。

 瞼を擦りながら起き上がった彼女は此方を見て、少しだけ安堵の籠った吐息を出す。

 顔には普段以上の疲労の色があり、何か問題が起きていたのは間違いなかった。俺が居ない間に厄介な男性に声を掛けられたか、或いは彼女を知る人間に遭遇したか。

 どちらにしても放置出来る問題ではない。話を聞く為にも床の上に俺は座った。


「何かあったのですか?」


「……私自身に何か問題があった訳じゃないわ。 今日も普段通りに終わったし、子供達もその親も満足して家に帰ったわ。 問題なのはこの街で流れている噂よ」


「もしや、この街には出現しないとされる外獣についてですか?」


「ええ、そうよ」


 苦虫を嚙み潰したような顔をする彼女を見て、しかしどうにも俺は解せない。

 強大な外獣が姿を見せて不安を感じた。それ自体は普通であるし、何の違和感も無い。

 だが、苦虫を嚙み潰したような表情はしないだろう。そうするのは、何かその現象に対して知っている側がする表情だ。

 何も告げず、ただ相手の言葉を待つ。

 彼女がそうした表情を見せる時点で、その何かを話してくれるだろうとは確信していた。

 平民でも、貴族でも、隠したければ隠すのが人間だ。何かを話そうとする気が無ければ、そもそも表情にも出さないのが人間である。

 

「この近辺で高ランクの外獣が出るなんて情報を私は知らない。 他に発生する場所からも離れているし、海側から出現するなんて甲殻類でも無い限り有り得ないでしょう」


「例外はありますが、確かにそうでしょうね」


「外獣は人間の敵。 友好的な存在なんて一体も居ないし、奴等は人間を食料としか見ていない。 だから私達も外獣を発見次第倒している。 でもね、世の中にはそんな外獣に対して異常な程興味を示している者達が存在しているの――――それが、私の家」


「…………」


「あなたはベルモンド家を知っているかしら?」


「鉱石系を扱う貴族ですよね。 彼等の保有する鉱山からは無数の鉱石が発掘され、莫大な富を築いているとか」


「そ。 でもね、それは表だけの情報よ。 実際はその富を使って外獣を捕まえ、異種交配を行っている悍ましい家。 失敗すれば世の中に放逐して、野生の外獣として冒険者に討伐させるの」


 衝撃的な話だった。

 外獣は決して人間に懐かないし、世の中に放逐すれば街道を進む商人やランクの低い冒険者が襲われかねない。

 外獣が外獣を襲う情報そのものはあるので共食い状態にさせて数を減らす事は出来るが、件の人口外獣が強化されないとも限らないのである。突然変異は全世界で報告されているものの、その内の数割が彼女の家からであれば絶句する他無い。

 

「普段なら、まだそんな問題にはならなかった。 でも、今回はかなり良い結果を出してしまったのでしょうね。 制御不能となってしまうくらいには」


「冗談ではありません! それが出来るというのならば、今後も同じ事例が生まれるということですッ。 阻止出来ないのですか!?」


 初めて、彼女の前で大声を出した。

 その声に彼女は一瞬目を見開いたが、直ぐに諦めの感情に支配された目に変わる。緩慢に首を左右に振る様子から、少なくともまともな方法では解決が望めないのだろう。

 彼女の家であるベルモンド家の領地は此処から近い。解き放たれた外獣が此処に行き着いたと考える事も十分に可能であり、これからもこの港街が脅威に晒されることも予想出来る。

 解決方法は元を断つこと。ベルモンド家の解体か、当主とその協力者の確保だ。

 現状において証拠らしい証拠は無い。彼女が持っているというのも、発見時に死に掛けていた時点で有り得ないだろう。

 つまるところ、ベルモンド家に文句を言うことは不可能だ。

 情報を集めても集めている最中で相手側が気付くのは目に見えている。――――ならば、今は素直に外獣そのものを殺し続ける他に無い。


「外獣のランクは八です。 確認されている実力者の中で八に相当される人物は極僅か。 来てくれるかどうかも解らない状況ですよ」


「解ってるわ。 このままだと、その外獣は人を狙いに街にまで来るでしょう。 あれ等は大概人への憎悪を更に高めているから」


「最悪じゃないですか。 どうやってその事をギルドに伝えれば良いんだ……」


 頭を抱えたくなる気持ちを無理矢理抑え付け、頭は考え続ける。

 ギルドに報告するにしても確証が一つも無い。調査を担当していた冒険者は未帰還となり、俺が調査に出向いても信用には程遠いだろう。

 無策で訴えても負けるのが関の山。みすみす自分から危険になるような道を選んでは、俺だけではなく彼女も危険になってしまう。

 だが、頭の中で思い浮かぶ人物達が居た。あの人達ならば何らかの手段を講じてくれるだろうと考えつつ、それではただの甘えだとその思考を切り捨てる。

 何の為に自分は失踪しているのか。それを端から無視するような真似を俺は絶対に許さない。


 時間は過ぎていく。過ぎてしまう。

 夕闇が闇に、闇が徐々に晴れていく。一睡も出来ない状況の中で悩み続ける俺達の耳元に、不吉を知らせる鐘の音が聞こえてきたのだった。

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