第六部:別れ
始まりがあれば終わりがある。
王女の実家が資金源となった今回の騒動は関係者の大粛清という形で表面上は大人しくなった。王宮内の風通しも随分と良くなったそうで、ハヌマーンやナノは時折やり易くなったと言葉を零している。
また、急激に領地を任せられる人間が減った。その分だけ能力の高い人間を貴族に変え、更に元々能力がありつつも位の所為で満足に動けなかった貴族の一部を格上げ。
減った貴族分の領地を分割して統治するよう指示を下し、位の上がった貴族達は総じてハヌマーンに従う姿勢を示している。
今回彼等の位が上がった原因がハヌマーンにあるからこその行動だろうが、本人はそんな彼等を一切信用していない。
元平民というだけで差別をしていた貴族も中には居たのだ。彼等は利益を与えてくれる存在に従う姿勢を示しただけで、他にもっと良い人間が居れば容易く乗り換える。
忘れてはならないが、今回の件で多数の貴族がハヌマーンの味方になった訳ではない。
「ギルドマスターの一部も貴族にすることに成功しました。 彼等の位は男爵や子爵ばかりですが、以前よりも発言力は多くなるでしょう」
「ああ、彼等は平民出身のギルドマスターだ。 今も平民の身でギルドマスターをしている者達の気持ちに寄り添えるだろうし、予算申請も直接王宮に届けることも出来る」
俺達はやっと前に進めるようになった。
国家の計画内に正式にギルド支援が組み込まれるようになり、その為に消費される予算は全て粛清された貴族達が肥やしていた金をそのまま使う。
貴族になった者達の予備費として宛がわれる予定だったが、彼等には独自に資産を生み出すことを選択していた。
実際、没収された領地には金になる産業が多くある。このまま放置されてしまえばその産業は立ち行かなくなり、最悪終焉を迎えてしまっていただろう。
平民に寄り添える貴族になったギルドマスター達が支部を運営しつつ、自領を盛り上げる。
激務となるのは避けられないが、理不尽によって自身の意見が通らなくなった分だけ彼等は喜んでいた。
結果を残す努力をすれば、その分だけ領民も応えてくれる。互いに持ちつ持たれつつを維持するからこそ、発展という二字は起こりえるのだ。
「我々の活動も徐々に軌道に乗り始めた。 これがずっと続くとは到底思っていないが、それでも今は喜ぶべきだろうな」
「ええ。 学舎の子達も働く選択肢が増えたと喜んでいましたわ。 貧民を一市民にまで引き上げられれば、この国はますます発展することでしょう」
「ギルド支部の規模も一律にするつもりだからな。 人員の多い場所は減らすなり異動させるなりやりようはあるが、少ない場所では増やさねばならない。 未だ荒くれ者が多い場所で働ける人間となれば、金を稼ぐことに貪欲な貧民の方が都合が良い」
貧民救済はどこの国家も掲げる目標だ。
人間は差を作りたがり、実際に様々な差を作り上げた。貧富の差はその中でも最大と呼んでも過言ではなく、その差を最後まで同じにすることは出来ない。
しかし、限りなく同じにすることは可能だ。その為には国が地盤を用意せねばならず、これまではその地盤構成を完全に捨てていた。
人とは、役割が異なっても何かを残せる生き物だ。
例え健常者ではないとしても、記録を残すことが出来る存在は本に載っている。であれば、出来ないことだと諦める理由にはならない。
出来ないのならば、出来る領域にまで引き上げれば良い。今回は正しくそれであり、これから多数の貧民達が働き始めるだろう。ギルドの資金管理はナノが行い、出来る限り不正を起こさないようナノの学舎で学んだ者達が職員として紛れ込む。
「ナノ殿が学舎を建てようと行動したことが私にとって良い事に繋がった。 本当に感謝する」
「私もまさかこのような事になるとは想像しておりませんでした。 偶然と言えば偶然ですが、それでも今は建てて良かったと思っておりますわ」
「ああ。 それにフェイ殿やランシーン殿も私を守る為に常に奔走してくれた」
ハヌマーンの嬉しそうな声に、俺もランシーンも頭を下げるだけで応える。
ランシーンは特に嬉しいのか先程から口角が上がりっぱなしだ。ナノも最近は穏やかな表情を浮かべることが多くなり、王宮内の護衛をしているアンヌも優しい眼差しをハヌマーンに送っている。
今、間違いなく彼は幸せだ。信頼出来る人間とやりたい事を行い、それが成功へと傾きつつあるのだから。
これからも暗殺の危機や揉め事は起きる。今回の一件が片付いたとしても誰かは何か事件を起こすもので、王宮で問題が発生しない方が異常事態だ。
故に、もうそろそろなのだと理解させられた。
先日のシャルル王女との話を思い出し、自然と顔が強張っていくのを自覚する。外套に隠しているので誰も気づかないので表情を歪めても問題はない。――そう思えたのは刹那の間だけだ。
「……ん? どうしたのだ、フェイ殿。 様子がおかしいぞ」
他でもない、ハヌマーン本人が俺の異常を看破した。
思わず小さく息が漏れ、言葉が詰まる。そんな真似をすれば何かあると言っているようなもので、全員の視線が俺に向けられるのも自然だ。
今この場で話すべきか否か。少しばかり思考を重ねるも、やはりこういった話は出来る限り早い内に済ませてしまった方が良い。
ハヌマーンの前に跪き、何時からか所持を許されていた剣を床に置く。
困惑した眼差しを送るハヌマーンと視線をぶつけ、そっと外套に隠していた顔を外に晒した。
この場で俺の素顔を知らぬ人物は居ない。全員が信頼に値すると思っているからこそ、晒すことに対する戸惑いは皆無だ。
「ハヌマーン様。 私と貴方の間で交わした依頼内容を覚えておりますか」
「依頼内容?」
「――――ハヌマーン様が王子として世の中に認められること。 それが私が依頼された内容でした」
「そうだな、覚えているぞ」
俺達の始まりはそこだった。
まだまだ不安に支配されていた当時。こんな風になるだなんて彼は想像だにしていなかっただろう。
人生は山あり谷あり。正しく彼はそれを体現し、今や王族の身内として王宮内でも認められ始めている。王も特にハヌマーンには信頼を寄せ、もしかするならばと考えさせられる一幕もあった。
まだ落とし穴は残されている。あの事件が起きた際に遭遇した男は捕まってはおらず、資金源や関係者の一部を排除しただけに過ぎないのだ。
何れ行動を起こすのか、それとも油断している今を狙って行動を起こすのか。
どちらかは不明であれど、彼の人生に闇を落とすのは彼等で間違いない。
出来れば彼を最後まで守りたかったが、やはり俺の存在は異質だ。どれだけ時間が経過したとしても、王宮内で浮いた存在となっているのは自分でも理解している。
「今やハヌマーン様は王子として周囲に認められつつあります。 このまま自身の仕事を完遂すれば、やがては国家運営にも携わるようになるでしょう」
「……フェイ殿?」
「そうなった時、私の存在は貴方の弱点となります。 出自の明らかでない人間を傍に置くなど、貴族達が見過ごす訳がないでしょうから」
俺の言葉の意味を察するのは今のハヌマーンであれば容易の筈だ。
現に理由を淡々と説明する姿に彼の唇は震えていた。認めたくない現実を突き付けられた人間の見せる顔と一緒だ。
「私は自身の生まれを知らぬ怪しい人間です。 どうか、賢明な御判断を」
始まりがあれば終わりもある。
俺達にとっての終わりは、今正に此処だ。断じた俺の言葉に、室内は静寂に包まれた。




