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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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第六部:王の女

 馬車は王宮の正門に止まり、堂々と正面から中に入る。

 荘厳壮麗な宮殿は見た目とは裏腹に無数の悪意が渦巻き、幾人もの罪人を生み出した。無数の血が流れ、無数の善意が踏み躙られ、此処が宮殿でなければ悪魔が蔓延る廃墟だと思ってしまいそうだ。

 だが、人間は時として悪魔を超える。如何なる罪悪をも感じないまま、笑顔のまま他者を殺すことが出来るのだ。

 王の背後を静かに、しかし迅速に歩く。当の本人が急いでいるからこそ、俺達も強制的に歩幅を合わせている。

 俺達の物々しい雰囲気に侍従達は怯えていた。王が怒りを露にしているのが原因だが、それを止められる人間は居はしない。この場に他の王子達が居れば来ていただろう。

 しかし、現在王子達は各々の職務の為に外に出ている。帰って来る頃には全てが終わり、事の顛末を聞くだけになる筈だ。

 王妃が居るのはこの宮殿の最上階。その階層に足を踏み込める人間は限られ、通常女性だけしか入ることを許されない。


 許可が出れば男性も入れるが、とはいえ殆どの場合は身内だけだ。

 その階層に足を踏み込んだ際、無数の侍女達が既に王達を出迎えていた。突然の事態故に多少乱れてはいるものの、左右に並んだ姿は非常に華になる。

 彼等の仕事はこの階層のあらゆる雑用だ。洗濯や掃除に始まり、配膳や細々とした王妃の要求に答える役も担っている。

 基本的に王族の傍で仕事をするような役職は総じて高位と見なされる。侍女の中には男爵や子爵の家の娘も存在し、少しでも身分の高い男性と結婚することを目的に生活していた。

 故に、華があるのはある意味当然だ。男を引き寄せる為に彼女達は自身を磨き、日々生活を続けている。

 こんな風景は宮殿でなければ見られない。外で華やかな恰好をすれば良からぬ輩が不必要に絡んでくるだろう。それを追い払えるか否かは、個人次第だ。


「王様。 本日はどのようなご用件でしょうか?」


「シーアに用がある。 急ぎ故取次は不要だ」


「しかし……」


「取り決めは知っている。 しかし、此度の事態は可及的速やかに解決せねばならない。 無駄な時間を消費する訳にはいかないのだ」


 侍女頭が前に出て、跪いて言葉を述べる。

 男性が入るには王妃の許可が必要だ。しかし、相手が今回の一件に深く関わっている以上は了解を求めて逃げられかねない。

 既に大きな騒ぎとはなっているだろうが、それでも僅かだ。まだまだ王妃が気付くには時間が掛かるし、その頃には俺達は部屋に到着している。

 跪いている侍女頭の横を通り、そのまま王妃の部屋へ。

 木製の品の良い扉を開けば、中の風景は更に現実離れしていた。シミの一つも無い白亜の壁に、やはり白い家具達。

 床すらも白く、総じて全てが白に染め上げられている。

 この部屋が古くからそのようになっているのか。或いは、今代の王妃がその色を望んだのか。

 そして俺達の視線の先に、目を丸くして此方を見ている白いドレスの女性が居た。まだまだ若さのあるその姿からは純血という二文字が浮かび、しかし同時に個性を感じない。

 部屋と一緒だ。彼女も、彼女の周りにある物も全て個性と呼べるモノが何一つとして存在しないのだ。

 長く伸ばした白い髪こそが個性と言えるのかもしれないが、それでもこの部屋の中で見てしまえばまったく印象に残ってはくれない。


「……どうしたのですか?」


 色濃い困惑を顔に浮かべた彼女は、言ってしまえばまだ二十代程度の女性だ。

 確かシーア王妃が婚姻を結んだ年齢は十六。適齢と言えば適齢であるが、まだまだ幼さの残る年齢だ。

 そこから現在まで時間が経過したとして、若いのは当然だ。美しさもあの王子を見ていれば納得と頷けるもので、一国の美女と呼べるだけの美しさを彼女は持っている。

 そんな彼女の部屋に王は無造作に入り、彼女の前に置かれた机の上に複数の書類を叩き付けるように出した。

 自然、彼女もその書類に目が行く。そして、直ぐにその目は見開かれる。

 瞳にあったのは驚愕。不思議そうな顔ではなく、彼女はただ単純にその書類が何故此処にあるのかという表情を浮かべてしまっていた。

 他人の感情に敏い人間なら同じものを感じ取った筈だ。現に王は溜息を吐き、鋭く王妃を睨みつけた。


「説明してくれないか。 嘘偽りなく」


 その声が幾分か優し気だったのは、やはり愛していた女性だからだ。

 家族であるからこそ、身内の情は取り除けない。王は確かに即断で処分する人間だが、人間としての感情を喪失してはいないのである。

 失望はある。怒りはある。それを今は飲み込み、静かに王は尋ねた。

 何故そのような事をしたのか。何故一度も相談をしてくれなかったのか。解り切った答えが返ってくるとしても、王は直接王妃に聞かねばならなかった。

 王妃は俯き、口を食い縛る。次いでハヌマーンに視線を移し、その目に炎を宿した。

 嫉妬の炎だ。相手はきっとハヌマーンではなく、ハヌマーンの母に対してだろう。――それだけである程度の事情は理解してしまうものだ。

 

「この子を王子として認めることに否はありません。 身分についても然程興味はありませんから。 ……ですから、私が気にしていることは一つだけです」


「……私が、他の女を抱いたことか」


「――ええ」


 目を窓に向けながら、王妃はそっと答える。

 嘘は無い。素直で綺麗なまでの言葉には、まるで感情そのものが宿っていないようにも感じ取れる。

 瞳にだけ感情を宿し、言葉には感情を乗せない。宮殿で過ごしていたからこそ起こる歪みは、元は純真だった心を容易く変えてしまった。

 彼女に未だ残るのは家族への愛。しかしそれさえも王が一人の女性を抱いてしまったことで黒い炎に変えてしまった。

 この場合、悪いのは王で間違いない。王が一夜の過ちを犯さねば、彼女が悪事に加担することなどなかった。

 美しさとは時に国を傾けさせる。ハヌマーンの顔が整っている以上、その母親も決して悪い見た目をしてはいない筈だ。

 此処に来るまでは怒りを見せていた王も、彼女の言葉を聞いていく内に胸の炎を鎮火させた。

 

「怒ってはならない。 無闇に不満をぶつけてもならない。 子供を愛せ。 ……例えそれが、他人の子供であっても」


 例え王が複数の女性を妻にしたとしても、表面上は問題無い。

 どんな理由で自身の子供が死ぬかも解らないのだ。周りからすれば他の世継ぎの居ない状態は避けたい。

 だが、女にとってそれは複雑なものなのだろう。恋も愛も知らぬ身空ではあるが、他の女と関係を持つということがどれだけ心を掻き毟られるのか。

 彼女が純真さを保てたのは王が自分だけを愛してくれていたからだ。それが無くなった以上、最早純真さなど保てる筈もない。

 

「――すまない」


 王は静かに謝罪を口にし、王妃は首を左右に振る。

 互いに解っているのだ。彼女が力を貸してしまったのは王の所為で、王妃の嫉妬で妻で居られる資格を喪失した。

 犯罪を行った人間は処罰される。それは王族においても適用され、このままであれば王妃は処刑だ。

 だが、と思ってしまう。彼女は確かに悪事に加担したが、その心根は悪ではない。裁かれるべきではあるものの、決して処刑に値するものではないと考えてしまうのだ。

 ハヌマーンも怒りの目を止めた。一人の女性の嘆きを知ってしまったから、自身の感情が子供染みたものではないかと悩んだのかもしれない。

 

「お前の事を見ていなかったのは事実だ。 だが、やったことがやったこと。 相応に裁きは受けてもらう」


「……解りました。 謹んでお受けします」


「ああ。 だがその前に――お前を唆した者共を全員処分する」

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