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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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第六部:証拠品

 女は俺達を見ている。そして、俺達は女を見ている。

 王族が視察に来たことで冒険者達は大慌てで支部から去った。誰だって厄介事には関わりたくないだろうし、冒険者の中には脛に疵を持っている者も一定数存在している。

 現状は今のままであるが、今回の件で騒いでいる貴族達を諸共全て処断すれば変えていくのも然程難しくはなくなっていくだろう。

 貴族社会に蔓延る膿は多い。一定数切除しても、直ぐにまた新しい膿が発生する。

 こんな処置も所詮は大したものにならないかもしれないが、少しでも現政権に対する評価を上方させるには必要不可欠。王を侮り、その子供すらも侮るようであれば、次第に彼等は王の政策を無視した行動を取るようになる。

 これは予測ではなく確定された未来だ。これまでの歴史の中でも同様の出来事が起こり、その度に誰かが処断を下した。

 時には身内が敵であった事態もあり、悲劇と呼ばれるものは人が生きている限り無くなりはしないのだと改めて実感させられる。


 女は俺達を見つつも、その意識は入り口に向いていた。

 きっと今直ぐにでもこの出来事を繋がりのある貴族に伝えたいのだろうが、それを許すつもりは一切無い。故に塞ぎ、門番達も俺達が王の護衛であることを知っているが為に手を出せないでいる。

 その間にも王族と兄妹達が証拠品を見つけ出してくれるだろう。あの男には知性をあまり感じなかったし、恐らくは木端の貴族だ。

 伯爵で木端と判断するのは早計かもしれない。それでも、事態は王家に強く影響を与えている。

 今更貴族位で警戒度を上下させても意味は無いのだ。対象は、全ての貴族に及んでいるのだから。

 黒幕の粛正が終わるまで、貴族達は全員恐怖に震えることになる。本当の意味で王を怒らせた結果が現状だ。

 暫くの間待ち続けると、支部全体が僅かに揺れた。突発的な振動は一瞬だけであり、自然のものではない。人為的に起こされたと考えるべきで、それを成した相手を想像して苦笑した。


「……どうやら何か見つけたみたいですね」


「先程の振動ですか?」


「ええ。 恐らく、この振動そのものは王の怒りの拳かもしれませんが」


 秘密の扉を発見して殴り付けたという線はある。何かを隠すには秘密の場所を作るもので、それは貴族でなくとも誰でも一度は考えるだろう。

 しかしどちらにせよ何かを発見した筈だ。その証拠に足音は徐々に近付き、同時に引き摺る音も聞こえてきた。

 受付席の奥にある扉が開かれるのを待ったが、突如として扉が吹き飛ばされる。

 受付嬢は悲鳴を上げ、俺達は咄嗟に身を屈めて回避。扉の方に視線を向ければ、扉だった欠片の他に怪我だらけの人間の姿がある。

 それが伯爵であるのを確認しつつ、出てきた王に対して跪いた。


「証拠品は見つけた。 さっさと行くぞ」


「解りました。 ……ですが、先に捕縛を済ませてしまいたいのですが」


「適当に縛って転がしておけ。 ――それよりも、今は王宮に急がねばならん」


「……王宮に何かあったのですか」


 出てきた王は最初の余裕ある姿とは異なり、怒りの形相を必死に顔に浮かばせないようにしていた。

 下がっている拳は青筋が浮かぶ程に握り締められ、そのまま放置すれば拳の形で固まってしまうかもしれない。他の三人も随分と険しい表情をしているが、中でもハヌマーンの顔は酷い。

 手にした情報が余程彼の怒りを煽ったのだ。その情報が気になるものの、今直ぐ情報を聞くのは難しい。

 一先ず、俺とランシーンはそれぞれ二人を縛って部屋の端に放置した。怯えていた受付嬢にこの二名を王命で街内の騎士の詰め所に運ばせるよう金と一緒に頼み、牢屋に叩き込むこませる。

 手筈を整えてから馬車に入り、ランシーンが御者として馬の手綱を掴む。

 行きとは反対に随分と急いで進み、室内は随分と揺れていた。俺達は慣れているが、ハヌマーンには少々堪えるだろう。


「情報共有をしよう。 ノイン、フェイにあの資料を」


「はい。 これです、フェイ様」


 ギルド支部で発見された証拠資料。それを持っていたノインは懐から数枚の紙を取り出し、此方に差し出す。

 受け取った書類には絵は無い。全て文字だけで、綺麗な字は貴族でなければ書けないものだ。

 内容は今回に関する計画内容。この数枚だけで全貌が解る訳ではないものの、参加している貴族の名前は俺でも知っているようなものだった。

 中でも、シーアという名前を目にした瞬間に王を見てしまう程の衝撃に襲われた。

 王は目を閉じて何事かを考えているようだったが、ハヌマーンは僅かに開いている窓を見ながら気分転換をしている。

 シーア。――シーア・エーレンブルグ。

 その名前は王宮で暮らす人間ならば、いいやこの国で生きている人間ならば絶対に覚えている名前だ。

 この国の王妃にして、ワシリス王の妻。そして、ハヌマーンを除いた三人の王子の母でもある。

 彼女が自身の実家を動かし、ハヌマーン排除に動いた。表面上は慈しみながらも、彼女はハヌマーンの存在を受け入れられずに消すことを選択したのだ。


「これは……。 嘘だと思いたいですね」


「嘘かどうかはこれから決まる。 予定ではシーアは王宮に居る筈だ。 そこで話を聞く」


「……この資料が偽物だということは無いのですか」


 衝撃的な証拠品だったが、これが嘘である線はまだ残っている。

 敵が此方を混乱させる為に偽の資料を用意したとすれば。その意見を口にしたものの、王は力無く首を左右に振るだけだ。


「その紙に書かれた文字は彼女のものだ。 筆跡が彼女と同じ時点で、少なくとも関与しているのは間違いない」


 断言するということは、真にシーアはハヌマーンの事を嫌っていたということだ。

 彼女が黒幕でなかったとしても、ワシリス王とシーア王妃との間には明確な確執が残る。王が彼女を排斥することを選べば、その時点で彼女の実家と事を構えることになるだろう。

 そして、王は彼女の排斥を考えている。先程から目を閉じているのは、その先の未来を想起していたからだ。

 家族は皆素晴らしい人格の持ち主だと思っていた。特に一番に愛していた女は、王にとって理想の女だった。

 それが裏切られ、しかも他の貴族と深く関わりを持っていたのだ。実際は彼女の実家が事を動かしているのだろうが、それでも繋がっていることに変わりはない。

 資金源も彼女の実家からに間違いない筈だ。王が格別の配慮を施したシーアの実家は酷く栄えている。

 それこそ、一つの組織を運営することくらいは造作も無い。本当に資金を提供していたとするならば、そこを潰そうと考えるのは自然な話だ。


「この分では王子達の身辺も一度徹底的に調査しなければならないのだろうな。 ……気が滅入る話だ」


「父上……」


「最も信頼出来る息子がまさかお前になるとはな。 人生何があるか解らんものだ」


 ハヌマーンの家族は確か王都に住居を移している。

 平民として今も生活している筈で、何か悪事に加担するにも理由が無い。今王族の中で一番信頼出来るのはハヌマーンだ。

 調査をすれば残りの王子達の疑念も払拭出来るかもしれないが、一片の悔い無く信頼出来るのはハヌマーン以外居ない。

 

「――万が一を考える必要があるが、今は先ず目先の問題を解決してからだ」


「戦闘の可能性があります。 常に傍に我々をお付けしてください」


「解っている。 それとネル、お前の父上と母上も呼び出せ」


「……は?」


 最初に王妃に事の真偽を問い、あらゆる隠し事を全て暴く。その次に資料に書かれていた貴族達を家族諸共に捕縛し、最終的に処刑か流刑かを選択する。

 頭の中で今後の予定を叩き込み、その最中に王はネル兄様にとんでもない要求をした。

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