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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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第六部:脅迫行為

 俺の大声に真っ先に反応を示したのはランシーンだった。

 握っていたナイフとフォークを持つ手を止め、直ぐに周囲に視線を巡らせる。他の面々は困惑の眼差しを送りながらも手を止め、どうしたのかと視線で訴えていた。

 王子達の視線を認識しつつ、俺は魚料理に目を向ける。

 魚事態は市井の間でもよく見るような白身魚だ。正直に言って王宮で出てくるような魚ではない。ある意味これも虐めの一種なのかもしれないが、そんなことは今はどうでも良い。

 それにハヌマーンからすれば見慣れた魚の方がよっぽど良いだろう。王宮の食事が決して不味いとは言わないが、かといって全てが全て平民以上とは言い切れない。

 さて、問題なのはこの魚料理だ。焼き魚に黒いソースが掛かったこの料理は俺が見た覚えがある。

 とはいえ、それが並ぶ機会は殆ど無い。試しにソースだけを一口掬って舐めてみたが、やはりというべきか食欲を刺激する濃厚な味が口内に広がった。


「これはガゼルソースです。 魚料理で使われるようなものではありません」


「ガゼルソース? ……知らない名前の調味料ですね。 グランソースではないのですか?」


「グランソースはもっと味があっさりとしていますが、これはしつこい程に濃厚です。 主に焼いた肉に使われることが多く、平民達の人気調味料の一つですね」


「私は知っているぞ。 平民層で買うには少々高いが、中々に美味だった覚えがある」


 ハヌマーンの言葉を肯定し、更に説明を重ねていく。

 ガゼルソースには獣の脂に、複数のソースと香草を組み合わせて作られた代物だ。肉や野菜といったあまり味の付いていない食材に使うことが多く、食欲を刺激する味が一種の麻薬のようだと言われていた。

 だが、その中には絶対に使ってはいけない食材が存在している。それこそが魚であり、万が一魚にそのソースが使用されていれば即座に廃棄せねばならない。

 他の食材であれば有能であっても、魚が混ざれば毒と化す。一体どのような理論でそうなっているのかは定かではないが、この方法を利用して暗殺を企てる人間が偶に居た。

 あまりこの方法が広まっていないのは、単純に魚を食す機会が少ないからである。

 港街であればソースを使うよりも新鮮な味を楽しむ方が優先され、干された魚には腐敗を避ける為に様々な処理を施されている。

 

 距離が海から遠ければそもそも魚を食さない場所も存在し、中々にこの情報が広まっていないのだ。

 冒険者の中でも知っているのは少ないだろう。毒を扱う関係で偶然知り得ただけで、もしも本から知識を手にする方法を選んでなければ知らなかった可能性がある。

 この魚とソースの組み合わせ以外にも、本来ならば安全な物である筈の食品達が掛け合わさることで毒になる場合はあるのだ。

 だが、これに関しては食品を取り扱う人間でなければ学ぶ機会がそもそもない。

 それに教師役の人間が知らなければ自身でやはり身に付けねばならず、一度毒にやられたからこそ理解した人間も居るだろう。

 俺の説明を聞き、アンヌは大慌てで全ての食事を回収する。

 もしかすれば他の食事にも毒がある可能性が存在する以上、最早王宮の食事を信用することは出来ない。


「毒見役の侍女は大丈夫でしたか?」


「見る限りでは問題が無さそうでした。 ……ですが食べ合わせの悪い料理を食べたのに何の影響もないとなれば」


「その侍女が毒料理を用意した人間と繋がっていたか、もしくは組み合わせが悪いことを知っていて敢えて避けたか」


 どちらにせよ、黙っていた段階で侍女の行いは悪いものだ。

 直ぐに青筋を浮かべたアンヌは部屋を退出し、侍女が居るであろう場所へ走る。流石にハヌマーンも顔色を少し悪くしたが、表だけは普段通りだ。

 ナノは考え事に没頭し、まともに会話が出来そうな人間はランシーンとハヌマーンだけだろう。

 

「ランシーンさん。 アンヌさんを追って直ちに別の料理の手配を。 今度は監視をお願いします」


「解りました」


 ランシーンに指示を下し、天井を見上げ始めたハヌマーンに顔を向ける。

 毒を盛られたのは、今回が初めてだ。ある意味漸くといった罠だったが、それでも実際に遭遇した衝撃は並ではない。

 王族である限り、毒というものは一生切れない縁だ。遠隔で、かつやり方次第では的確に相手を殺すことが出来る。

 暗殺の場合は実行犯が捕まる可能性があり、正面から殺すなぞ論外。数多くの貴族達が無数の毒によって死に、最早それは一種の歴史にもなっている。

 無駄に凝った方法だが、それだけ確実性を求めたのだろう。食事一つにすら殺意を込め、敵はハヌマーンを狙っている。

 しかし、これは恐らくまだ小手調べだ。これから更に勢いを増していき、最終的に目的を達成するつもりなのだろう。

 

「今度は私が毒見します。 侍女への尋問も私が行い、必ず情報を引き出しましょう」


「いや、流石に働き過ぎだ。 此処ならば捕縛する道具類も多いし、ランシーン殿に任せても良いだろうさ。 ……しかし、本当に厄介だ」


「暫くは王宮で大人しくしていましょう。 その間に――ナノ様」


「何?」


 俺達が居ない間、王宮で彼等は日々貴族と対面したりギルド関係者と話をしている。

 目的達成を行う為にも強固な関係を築かねばならないし、それを今更止めてしまってはハヌマーンの地位はあってないようなものへと下落してしまう。

 それを回避するには、やはり一定の成果を見せねばならない。例え貴族側が反発したとしても、国の安定の為には現在の状況は決して良いとは言えないのだから。

 故に、王宮側は一時的に休みにする。相手が緩む隙が出てくるのを待ちつつ、普段から外套で隠している俺と最近入ったばかりのランシーンで行動する。

 具体的な内容は先程廊下で説明した通り。貴族達がギルドマスターをしているギルド施設を巡り、不正な事実を探り出す。

 発見しても証拠を押さえるだけで止め、機を伺って一気に公表する。

 これに関しては他の王子や王様にも手を貸してもらう予定だ。複数の勢力から一斉に責められれば、流石に相手側も少しは黙ってくれるだろう。

 

「護衛はあの二人が居ます。 協力も取り付けましたし、少なくとも武力という面では不足はありません」


「警戒すべきは搦手だけであると?」


「勿論暗殺の懸念はありますが、あの二人を相手に並の人間をぶつけても敗北するでしょう。 やるならば遺産持ちでかつ、かなりの実力者でなければなりません」


「……その二人はフェイ殿よりも強いのか?」


「そう、ですね。 あの二人は別格ですから」

 

 幼少期の頃と再会時の一戦のみだったが、それでも彼等の成長速度は普通ではない。

 妹に勝てたのは相手が此方の実力を完璧に把握していなかっただけ。次は負ける確率の方が高く、兄妹の中で最も強い兄であれば太刀打ち出来るかどうかも定かではない。

 正直な言葉に、ハヌマーンは重々しくそうかと呟く。


「フェイ殿がそう言うのならば私は信じよう。 これからは食事一つにも意識を配りつつ、読書に励むとするさ」


「では、私は準備をして出ます」


「ああ。 何時も何時も、すまないな」


 首を左右に振り、彼の言葉を否定する。

 悪いのは敵だ。彼もまた苦労している側であり、お互いに同じ悩みを共有している。それが晴れれば事態は一気に進み、彼が王道を進めるようになるだろう。

 その後、新しい料理が運ばれた。今度は毒が含まれておらず、随分と久方振りに王子と部下としてではない雑談に興じることになった。

 途中からランシーンも混ざり、俺の冒険話を一緒に聞くようになる。

 時にはこのような時間も良いだろう。そう思えるくらいには穏やかな時間が過ぎ――しかして、世は無情だった。

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